26.衝動を抑えられなくて②
「リ、リネットちゃん、こんにちは。今日は何をお求めで?」
俺は引き攣り笑顔を浮かべながら平静を装ってそう返す。
リネットちゃんは「そうでした!」と両手をぱん、と小さく叩き、ワンピースのポケットから綺麗に折り畳まれた羊皮紙のメモ紙を取り出した。
「七戸さん、ごめんなさい……実は急に鍾乳石晶がたくさん必要になってしまって…以前にいただいた在庫が無くなってしまったんです。」
リネットちゃんはしょんぼり、という言葉がピッタリな悲しそうな顔でそう告げた。
そして「それから…」と続けてメモ書きに視線を落とす。
「月光蝶の鱗粉と、無光蝶の羽、月桂樹、アロマオイル、乾燥剤もお願いします。」
思ったよりたくさんあるな……
店の在庫は確認するとして、前回渡した鍾乳石晶は俺が収穫した分とトーキスさんが収穫した分を合わせて割と量はあったはずだ。
それがもう無くなったということは、店の在庫を出すにしても、早めに次の在庫確保をした方がいいかもしれない。
「分かった、ちょっと在庫確認してくるから、そのメモ、借りてもいい?」
俺の言葉にリネットちゃんは頷き手元のメモを差し出した。
「よろしくお願いします! あ…七戸さん、今日は元のお姿に戻らなくていいんですか?」
在庫確認のためにカウンターへ向かおうとした所でリネットちゃんにそう尋ねられ、俺は笑って振り向いた。
「あぁ、大丈夫! 今この姿に慣れるための特訓中なんだ。だから…」
そこまで言いかけた所で、ふわりと色白の手が頭の上に降ってきた。
「偉いです! 特訓だなんて…! よしよし、無理はしちゃダメですからね…」
リネットちゃんが、手を伸ばして俺の頭を優しく撫でている……
袖口からほのかに甘い香りがするのは、調合で使用しているアロマだろうか?
この姿でなければ、こんな風に頭を撫でられることも無かっただろう。やっぱりラッキーだ…じゃなくて。
「り、リネットちゃん…」
「あぁ! ごめんなさい!! 七戸さんが子どもじゃないって分かってるんです! 分かってるんですけど、つい…!! 衝動を抑えられなくて…」
衝動って…俺は思わず吹き出した。
意外と面白い子なのかもしれないな、リネットちゃん。
「いや、いいよ。優しくしてもらえるのは嫌な気しないし、俺が1人で動揺してるだけだから…リネットちゃんは気にしないでくれ!」
「動揺…?」
とリネットちゃんが首を傾げている。
「いや、大丈夫、何でもない! とりあえず待ってて!!」
ヤバイヤバイ。
俺が意識してるとバレて変に距離を取られたりすんのも嫌だからな。俺は誤魔化すように急いでカウンターへ向かった。
店内商品の在庫はカウンター奥の壁に全て記録されている。
一見不便なアナログ方式に見えるが、実際は魔道具を使用しているため、売り上げがあった時点で壁の羊皮紙に自動的に数量が記録される仕組みだ。
俺はリネットちゃんから受け取ったメモを元に在庫の確認をする。
それぞれの素材の収集場所も、随分覚えた。
「店長、この無光蝶の羽って…採れるのはネブラでしたっけ?」
カウンターで発注の確認をしていた店長に尋ねる。
店長は顔を上げて「よく知っているね」と微笑んだ。
やっぱそうだよな……
とりあえず今日リネットちゃんに渡す分は揃うが、鍾乳石晶と無光蝶の羽は近々仕入れる必要がありそうだ。
ネブラか……脳裏にあの日の悪夢が蘇り、俺はそれを掻き消すように首を横に振った。
もう二度とあんな事態にはならない。なってたまるか。
気を取り直して…一先ずカウンター下の棚と、奥の在庫棚からメモに書かれた商品を一通り用意してトレイに乗せ、リネットちゃんの元へ運ぶ。
「お待たせ、リネットちゃん。」
いつもなら片手でも余裕で運べるサイズのトレイだが、子どもの姿だと随分大きく感じてバランスが取り辛い。
「ありがとうございます、七戸さん! 小さな体で運ぶ姿……可愛い…」
リネットちゃんがうっとりした顔で俺を眺めている……
俺は思わず視線を逸らした。
ちょっと、その視線は止めて欲しい…分かっていても変な勘違いをしてしまいそうだ。
「これで間違いないか確認して、良ければ会計するよ。」
「はい。確認しますね…」
視線を外したまま、トレイをリネットちゃんの前に差し出す。
するとリネットちゃんはスッと表情を引き締め、一つづつ丁寧に商品の確認を始めた。
仕事モードというやつか…先程までとは別人のようだ。
真剣な横顔が美しく、急に大人びて見える。
アリエスさんと店長が『一流の薬師』と評価するのも頷ける。
リネットちゃんは一通り確認を終えるとふぅ、と息を着いて俺を見た。
そして柔らかく微笑む。
「大丈夫です。お会計いいですか?」
言いながら俺の手を取り、ユーザーカードをそっとその上に乗せるリネットちゃん。
さり気なく微妙に掌を撫でられている気がする…
「可愛いお手々ですね…」
「……」
俺はもう…何と返していいか分からない。
とりあえずこれは男女の手が触れてドキドキ、とかそういうシュチュエーションでないことだけは確かだ。
なんか微妙にムニムニされてるしな……
「あっ、ごめんなさい。七戸さん! 私ったらまた暴走を……!!」
うん、なるほど。とりあえず子どもが目の前にいると触りたくなるって感じか…
ちょっと理解した。ドキドキしてんのは俺だけだ。それは間違いない…哀しいことに。
「じゃあカード会計して商品梱包するよ。」
「はい、お願いします!」
俺は再びカウンターへ戻って商品を紙袋に収納し、預かったユーザーカードで支払い処理を済ませる。
「いつもありがとう、リネットちゃん」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。」
商品を笑顔で受け取ったリネットちゃんは店の出入り口へ向かおうとし…ふと足を止めて振り向いた。
「一つ…忘れてました。」
そう言ってワンピースの反対のポケットから小さなノートのような物を取り出すリネットちゃん。
「七戸さん、これを……受け取ってもらえませんか?」
俺はその小さな…A6程度のサイズのノートを受け取り、パラパラと中を巡ってみた。
「これって……!」
そこには、薬の調合に使用可能な原材料の一覧と、それぞれの詳細な説明が綺麗にまとめられていた。
しかもビッシリと……
これだけの量を纏めるには相当の時間と労力がいるはずだ。
俺は驚いてリネットちゃんを見つめる。
「迷惑でしたら、捨てて下さい。私のお節介ですので…」
「迷惑なわけ!! これ、俺のために?」
「…はい。先日の…命がけでネブラへ収穫へ行って下さったお礼にと思ったのですが、私に出来るのはこのくらいしかありませんから……」
何てことだ!!
俺は嬉しさのあまり泣きそうになってしまった。
優しすぎる…!
白衣の天使とは彼女のことだ。間違いない…!
「ありがとう、リネットちゃん!! めちゃくちゃ嬉しいよ。これ…見やすいしすげぇ助かる。」
興奮気味に言う俺に、リネットちゃんは少し目を見開いて頰を赤らめ…それから笑った。
その笑顔が眩しすぎて、一瞬俺の時間が止まる。
……可愛い。
本気で惚れたらライバルが多そうだ。
「良かったです!! ……七戸さん、今度一緒に薬草採りに行きましょうね!」
「勿論! …って、え?」
今、何て?
聞き返した俺の声は届いていないのか、リネットちゃんは足取り軽く上機嫌に店を出て行ったのだった。
一緒に薬草採りに? それって、2人で?
もしかして…今俺、デートに誘われたのか!?
ドキドキと胸が高鳴る。顔も火照っているような気がする…
いや待て、落ち着け、俺。
今俺は子供の姿だ。だから誘われただけかもしれないし、ただの社交辞令かもしれない。
そうだ、調子に乗るな…今まで女子にモテたことなんて一度も無いんだから。
そう自分に言い聞かせながらも、俺はどこか期待を捨てられないまま、リネットちゃんが去っていった扉を見つめるのだった……




