26.衝動を抑えられなくて①
それからの一ヶ月は、とにかく森でのサバイバル訓練を徹底的に仕込まれた。
狩った獲物をその場で簡単に調理して食料とする方法も教えてもらった。
今なら俺、無人島に辿り着いても生き抜けるかもしれない。
ちなみにトーキスさんが率先して獲物を狩ったのは初日のみで、翌日からは木の上で寛ぎながら高見の見物だった。
俺は1人で兎を狩ったり、フクログマを狩ったり…猪に追いかけられて逃げ回る羽目になったり、突如熊に遭遇して死を覚悟したりもした。
更には慌てて走って山道を転げ落ちたり、踏み出した先が大穴でそこに落下したり…
本当に危険な時以外はトーキスさんは手を貸してくれないため、マジで何度も死ぬかと思った。
それでも…その鬼畜特訓のおかげで俺は周囲を警戒することにも慣れ、ある程度どんな獣に対しても状況を判断して戦略を練り仕留められるまでに成長した。
トーキスさんは元々好きで狩りをしている人だ。
とすれば、敢えて狩りをせずにただ俺を見守ってくれているというのは、最大限の優しさなのかもしれない。
木の上から「その程度で手こずってんじゃねぇよ」とか厳しい言葉は飛んでくるけど…
優しさ…だよな、きっと。…そう思いたい。
毎日の狩りの中で、俺は自分の体質である『子ども化してしまう現象』も、上手く利用出来ないか意識するようになった。
この考え方の変化だけでも得られたものは大きい。
だからこそ今…俺にはやりたいことがあった。
それは……
「店長、ちょっといいですか?」
俺は入荷商品の検品をしていた店長に声を掛ける。
「どうしたんだい、七戸くん。」
店長が相変わらず眩しい程のイケメンスマイルで振り向いた。俺は一瞬息を呑む。
エルフが美形な種族だとしたって限度があるだろ…この顔面はマジで卑怯だ。
俺が女だったらコレで落ちてる自信があるぞ……
いや、今はそんなこと言ってる場合じゃなくて。
「あの、一つお願いがあって……」
「あぁ、言ってご覧?」
何もかもを受け入れてくれそうな、寛大な笑顔。
やはり店長は器の大きい人だ。俺もこんな大人になりたい…
「俺、子供化した状態の体も鍛えたいっていうか…縮んだ体での感覚を養いたいんです。」
「うん…なるほど?」
店長はニコニコと笑いながら俺の話の続きを促す。
「なのでしばらく…子どもの姿で仕事をしてもいいでしょうか? それなら、鏡の掃除とかも出来ますし……」
俺の言葉に店長は「ふふっ」と小さく笑う。
「面白い提案だね…私は構わないよ。」
「本当ですか!?」
思ったよりすんなり許可が出た。
…けど大丈夫なのか?
「この島って、子どもがアルバイトしていても問題は無いですか?」
とりあえず気になるのはそこだ。
労働基準法とか…この島には無いんだろうか?
俺のせいで店長が罪人になってしまうような事態だけは何としても避けたい。
しかし店長は笑顔を崩さぬまま、俺の頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫…この島では進んで仕事を手伝っている子どもも少なくはないからね…何も心配はいらないよ。」
全てを包み込むような、深く優しい声色。
俺は心から安堵した。
店長が『大丈夫』だと言えば、全てが上手くいく気になってしまうから不思議だ。これが包容力というものなのだろうか……
「ありがとうございます!」
俺は店長に深々と頭を下げる。
そして辺りを見渡し…近くに置いてあった手頃な鏡の商品を手に取り、自分の姿を映した。
俺の体は一瞬で圧縮される。
この潰されるような感覚にも大分慣れて来た気がするな……
慣れるより前に治したかったけど、長期戦になりそうだし仕方が無い。
―よし、今日は一先ずこれで生活をしてみるとしよう。
可能ならば明日は崇影とのトレーニングをこの縮んだ状態で試してみたい。
…次の日動けなくなりそうだけどな。
普段と比べて手足は短く、歩幅も狭い。
それだけならまだしも、バランスが大分違うため油断すると何もない所で転ぶんだよな…
そういや小学生の頃は普通に走っててもたまに派手に転んで怪我をしていたな…などと思い出す。
体に対して頭がデカいため仕方の無いことなんだろうけど…
この姿に少しでも慣れて、臨機応変に動けるようにしておきたいところだ。
トーキスさんの言うように、これは俺だけの特別な体質。もっと上手く付き合えば、治るまでの生活をより良く出来るかもしれない…
「七戸、鏡の掃除なら俺が代わろう」
鏡を磨いていた俺を見つけた崇影が歩み寄ってきた。
この姿で見上げると、コイツもデカいんだよな…
見下ろされると圧を感じる。
本人にそんな気は無いんだろうけど…
「崇影、ありがとう。けど、大丈夫……今はわざと子供になってるんだ。もう少しこの体質と仲良くなろうと思ってさ。」
俺の返答に、崇影は少し目を見開き…そして僅かに微笑んだ。
「そうか……それもいいかもしれない。」
「サンキュ、崇影!」
…カランカラン
来客を知らせるベルの音が店内に響いた。
俺は入り口へ視線を向ける……が、いつもは視界を遮らない筈の棚も、今の俺には十分な障害物になり、お客さんの顔が見えない。
俺は背伸びをして「いらっしゃいませ!!」と声を掛けた。
確認出来たのは来客の頭だけだが、見覚えのある淡い栗色の髪が視界に入った。
あれって、もしかして…!
俺は入り口の方へ近付いてみる。
「!!七戸さん!!」
やっぱり、リネットちゃんだった。
リネットちゃんは俺の姿を確認するなりこちらへ駆け寄って来る。
そして目の前で膝を折って俺の視線に高さを合わせて笑顔を向けた。
「まぁまぁ! 今日はどうしてこの姿なんですか? お久しぶりに会えて、この可愛い姿をまた見せていただけるなんて…!!」
俺が子供の姿だとリネットちゃんは饒舌だ。
目をキラキラさせて、ぐいぐい距離を詰めてくる。
嬉しそうな表情のリネットちゃんは眩しいほど可愛い。
俺はいきなり至近距離に詰め寄られ、ドキドキしてしまうのを必死に抑える。
めっちゃ近いんだが…この距離って子ども相手だと普通なのか!?
普段はあんなに大人しいのにな……それだけ子どもが好きなんだろう。
てことは、これはある意味ラッキーなのか? 体質を利用すればこういう所でも美味しい思いを…と、そこまで考え、俺は都合の良い思考を強制ストップさせた。
ちょっと待て…俺の体質を知った上でこの態度ってのは、もしかしなくても、俺は男として見られてないのか!?
俺の胸の奥にチクリと痛みが走る。
……ちょっとショックだ。
そりゃ俺は店長みたいにイケメンじゃないし、トーキスさんや崇影みたいに男らしくも無いしな……
ぶっちゃけ今までモテたことなんて一度も無い。
俺にモテ要素が無いことは、他の誰でもなく自分が一番よく分かってる。




