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25.俺だけの強み④

「無事、捕獲です。」


 俺がルナジェネットを差し出すと「よくやった」とトーキスさんが褒めてくれる。


 そうか、トーキスさんは、褒める時はちゃんと褒めてくれるのか…

 この特訓の日々の中で、知らなかったトーキスさんの本当の人柄を少し理解出来たような気がする。


「血抜きと内臓の処理、やってみろ」

「は、はい!」


 俺はトーキスさんが取り出した狩猟刀を受け取る。

 

「その前に、戻ったらどうだ?」


 …言われてみれば。

 どうりで狩猟刀がデカくて扱いにくいわけだ。

 

「ホラよ。」


 トーキスさんは徐ろに周囲に生えていたススキに似た草を千切ると、俺の鼻をふわふわと擦った。


「…っくしゅん!!」


 突然の鼻元への刺激であっさりくしゃみ爆発。


 俺の体は元に戻った。

 有り難いけど…やり方がマジで雑だ。鼻の中に草の一部が入った気がするぞ…軽く鼻水が出て来た…


 まぁ…トーキスさんだし、仕方無い…むしろわざわざ手を貸してくれただけ有り難いと思おう。


「ありがとうございます」


 一応礼だけは伝えつつ鼻を啜り上げ、俺は見様見真似で仕留めたルナジェネットの頸動脈と思しき箇所へナイフを入れた。


 ブシュッ、と肉を断つ嫌な感触が伝わってくる。

 血は出たけど…トーキスさんがやったように勢い良くは出て来ない。


「角度が悪ぃんだ。もっと、こう…しっかり刃を入れろ」


 トーキスさんが隣から手を添え、ぐっと刃を押し込んだ。

 ブシュッ!!

 先程より勢い良く血飛沫が上がる。

 死骸の体を動かして血を出して…それから、内臓を取り出すんだったよな…


 続けて横腹に狩猟刀を走らせた。

 

「……っ…」


 生臭い匂いと、鮮血。

 生々しい内臓が視界に飛び込んで来る。


 さっきフクログマの処理を見ていたおかげで覚悟は出来ていたが、それでもやっぱキツイな……

 俺はなるべく手早く内臓を掻き出した。

 それらは全て早急に土に埋める。

 1秒でも早く自分の視界に入らないようにしたいから…というのはトーキスさんには内緒だ。


「初めてとしちゃそんなモンだろ。洗いに行くぞ。着いてこい」


 俺の処理が終わったのを確認して、トーキスさんが再び歩き出す。


 少し先の下流は、川が広く緩やかで、川緑まで近づけるようになっているらしい。


「ようやく使い道に気付いたみてぇだな、幸木」


 前方を歩くトーキスさんに意味深な言葉を掛けられるが、俺は何のことか分からず首を傾げた。


 気付いた? …何に?

 仕留め方の話か? 


「オマエのその特性は、普通に考えりゃ不利だが、使いようによっちゃ役に立つ。もっと上手く使えよ」

「特性…って、この変な体質のことですか…?」


 俺の疑問にトーキスさんが立ち止まり、振り返る。


「他に何があんだよ」


「もしかして、トーキスさんが言ってた『俺の強み』って、特異体質のことだったんですか!?」

「んだよ、分かって無かったのかテメェ」

「だって、こんな体質…変化したら弱体化するだけだし、強みって感じじゃ…」

「強みに出来るか、弱点になるかは、オマエ次第だろ? 少なくとも俺は今までそんな妙な体質の奴は見たことがねぇ。」


 そうか…この島で長く生活をしているトーキスさんでも、同じような人間に会ったことは無いのか…


 この島に来れば何かしらの手掛かりが掴めると期待していたのだが、有力な情報は未だに掴めないまま…

 北斗さんは…いや、俺の親は…何故この島に俺を来させたのだろうか…?


「体が小さい方が有利なこともある。突然変異すりゃ相手の意表も付ける。オマエはそれを『良くない体質』として治したがってるみてぇだが、悪いことばかりじゃねぇだろ。」

「悪いことばかりじゃない…?」


 意表を突かれたのは俺の方だ。


 そんな考え方、今まで全く思いつかなかった……

 俺は思わず目を見開いてトーキスさんを見上げる。


 トーキスさんは「真面目な奴は大変だな」と笑った。それから再び前を向いて歩き出す。


「ま、戻るためにくしゃみしねーとならねぇってのが大分ネックだけどな。利用出来るモンは利用して上手く世渡りしろよ、幸木」

「トーキスさん…ありがとうございます!」


 今までずっと俺は…この体質を治すことばかりに囚われすぎていたのかもしれない。


 いや、治したいことは間違いないけど、それでも…考え方を変えればもう少し要領良くやれたかもしれないな…と今更になって気付かされた。


 心の中に微かな光が差し込んだような、そんな気分だ。

 俺は晴れやかな気持ちで足取り軽くトーキスさんの後ろを着いて行く。


「幸木…ここまでの道は覚えとけよ。明日から道案内はしねぇ。オマエに先頭切って動いてもらうからな」


 釘を刺すようにトーキスさんがこちらをジロリと睨んだ。


「は、はい!」


 俺は慌てて返事を返す。浮かれてる場合じゃなかった。


 明日からは案内無しで、自力で狩りをしろってことか……


 周囲を木で囲まれたこの空間の中で…通ってきた道のりを覚えられた自信は皆無だが、それを言えば「甘えんな」と返されることは目に見えている。

 訓練においてトーキスさんの指示は絶対だ。反論は許されない。

 やっぱりトーキスさんは厳しい。

 けど…


 俺は密かに前を歩く頼もしい背中に視線を送った。ウェーブのかかった薄紫の髪が肩で揺れている。


 俺は…この人が師で良かったと思う。

 戦闘についての知識や技術は勿論だが、トーキスさんには生き方そのものについて教えられることが多い。

 俺もいつか…こんな頼れる背中になれるだろうか…

  

 数メートル先に、少し広い水場があるのが見えた。

 俺とトーキスさんはその水場で軽く狩った獲物を洗い、ドラセナショップへの帰路に着いた。

 

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