25.俺だけの強み①
結局その日ー…二体目のゴーレムを仕留めることは叶わなかった。
一体目と比べてスピードが早い上に、攻撃も小玉の泥を連射で投げて来る。
俺はそれらから逃げるのに精一杯で…走りながら迫って来るゴーレムに照準を合わせるのは至難の技だった。
結果、当然の如く…俺は泥まみれのドブネズミのような姿でドラセナショップへ帰ることとなった。
先日の崇影の姿をとても笑えないな…今の俺の方がひどい姿をしている自覚がある。
帰りがけに一言、トーキスさんに言われたことがある。
「まだまだ動きもぎこちねぇから、そこはトレーニングで慣れるとして、だ。オマエには『オマエだけの強み』があんだろ? それも利用したらどうなんだ。」
「俺だけの強み?」
そう言われても正直全然ピンと来ない。
元々運動神経が良い訳でもない。頭の回転が速い訳でもない。
射撃の腕前は褒められたが、多分そういう話ではないんだろう。
「強みと言えるかどうか微妙なラインだけどな。要は状況次第でもっと応用を利かせろってことだ。」
「はぁ…」
俺は曖昧に返事を返す。
強みと言えるか微妙な俺の強み? そんなもんあったっけ?
けど、わざわざそんな助言をするということは、今日使わなかった方法で何か俺に出来る戦法があるということなのだろう。
応用か……まだまだ課題は山積みだな…
◇◇◇
それから三週間。
俺は毎日ゴーレム相手に実践訓練を重ね続けた。
連日連戦。
ゴーレムの戦闘レベルは日を追うごとに明らかに強くなっている。スピードも、パワーも。
俺は毎度何度もゴーレムに泥まみれにされ…それでも何とか五体のゴーレムを制覇した。
三週間かけてたったの五体だ。
初回のゴーレムがいかにサービス個体だったのかがよく分かった。
そして五体目を何とか撃破した時、トーキスさんにこんなことを言われた。
「そろそろ土人形と戯れんのも終いにするか…幸木、明日からは訓練場所変更だ。俺の狩りに付き合ってもらう。」
「トーキスさんの狩りに同行…ですか?」
狩りに同行ってことはつまり…
「カルムの森まで行くんですか?」
「いや、カルムはお前にゃ遠すぎるからな。近場の森で十分だろ。」
近場に森なんてあったっけ?
俺は脳内で地図を引っ張り出す。
確かにカルムは遠い。俺の場合はカペロを使用しなければ行けない距離だからな…
となると、カペロなしでもたどり着ける範囲にある森だよな?
朝のジョギングで崇影と走ったコースを脳内でなぞる。街の外れに木が生い茂り、小川が流れている場所があったな…と思い至った。
俺が初めて崇影に出逢ったのは、その小川の手前にある公園の奥の雑木林だ。
小川を越えれば、カルム程の規模ではないが森が広がっている。
恐らくそこのことを言っているのだろう。
我ながらこの街の地理は随分覚わったと思う。
「動物を…狩るんですか?」
俺の問い掛けにトーキスさんは訝しげな顔をした。
「他に何狩るんだよ。」
そうだよな……トーキスさんは狩人だ。
いつも店長が作ってくれる上手い料理は、トーキスさんの食材調達あっての物だ。
「ちなみに動物って…何が出るんですか?」
恐る恐る聞いた俺に呆れたように溜息を吐くトーキスさん。
「んなもん行ってみねぇと分かんねぇよ。猪とか鹿とか狩れる日もありゃ兎とか鳥程度の日もある。熊が出る可能性だってあるしな。」
「マジか……」
その返答に俺は色んな意味で動揺した。
いたいけな動物を相手に…撃てるのか?
もし熊とか猪が出たら…仕留められるのか?
けど、それこそがトーキスさんの狙いなのだろうということは説明されずとも理解が出来た。
生身の生き物相手に発砲出来なければ実践に活かせるわけが無い。
この抵抗感や嫌悪感やプレッシャーを乗り越えるのが次の俺の課題……
そして当然ながら相手の動きに合わせて有効な戦術を考える必要もある。
何にせよ例の如く『やるしかない』ということだけは確かだ。
日本で生活をしていた時にだって肉は食っていた。
俺に関わりの無い誰かが牛を屠殺していたことで、俺は今まで何の違和感も抱かずに『食品』としてそれを口にしていた。
これは営みの上で必要なことなんだよな…生きるために他の生物を殺す。
嫌だなどとゴネている場合ではない。
「上手く身を隠して仕留めりゃ今の練習よか楽にクリア出来んだろ?」
事も無げに軽く言うトーキスさん。
さすが天性の狩人は感覚が違うのだろう。
「っつーワケだから、明日は閉店後に森へ向かう。そのつもりでいろよ。」
「了解です!!」
先に知らせてもらえただけ有難いというものだ。
その時になって突然「狩りに行く」と言われても心の準備が出来なかっただろうからな…
俺はその日、夕食と風呂を終えて自室に帰ってから何度も頭の中でシュミレーションをした。
射撃の腕前は確実に上がっている。落ち着いてやれば無理難題では無いと思えた。
そして仕留める時の手数は最小限に抑えるのが正解。
下手に急所を外す方が相手を苦しませることくらいは俺でも分かる。
シュミレーションしたからと言ってその通りに上手く立ち回れる訳もないということは百も承知の上だが、それでも何の準備もしないより幾分か意味はあるはずだ…
俺は、そう自分に言い聞かせながらベッドに潜り込むのだった。




