24.出来ねぇとは言わせねぇ②
「まぁ、イキナリ俺を狙えっつーのは流石にハードル高ぇか…」
言いながらトーキスさんは銃を下ろし、俺の胸に押し付けた。俺は銃が落ちないように慌ててそれを受け取る。
「…コイツに頼むか。」
そう言ってトーキスさんは足元の土を無造作に掌で掬い上げた。
そして手の上の土の塊に向けてふっ、と軽く息を掛ける。
途端、土の塊がウネウネと動き始めた。
何だ…? 虫でもいたのか…?
いや、違う…土が僅かに光を帯び、ムクムクと膨らみ始めた。
『gnome』
トーキスさんが小さく呟くと、土の塊は周りの土を引き込むように巨大化して一気に形を変え…俺と同じくらいの大きさの泥人形が現れた。
「手始めにコイツを仕留めてみろ。」
「これって…ゴーレムですか?」
「あぁ。人の形にしてあるがただの土の塊だ。これなら遠慮なく撃てるだろ?」
遠慮なく、か……
俺はそのゴーレムを見つめる。
土が固まりゴツゴツとした茶色い体。形は人間そっくりだが、顔に当たる部分には目や鼻、口といったパーツが無く髪の毛も生えていない。
ゴーレムは無言でそこに佇んでいる。
動く…んだよな?
「使う弾の種類は何でも構わねぇ。自分で最も有効だと思う手を考えろ。そんでコイツには多少反撃もさせる。心して挑めよ。」
動くどころか、反撃されるって…マジか!
いきなり難易度爆上がりなんじゃないのか?
動く標的を狙う特訓なんだよな? 動く標的狙いながら、追加で反撃も避けろってことか?
動揺する俺の胸中を察してか、トーキスさんは言葉を続けた。
「自主的に攻撃はさせねぇよ。こいつが行うのはあくまで反撃のみ。っつってもそれは今回だけに限った話だけどな。」
なるほど…こちらが手を出さなければ攻撃される危険は無い…つまり、一発で仕留めれば反撃をされることも無くクリアが可能。
「わかりました、やってみます!」
俺が頷き、弾を込め直したのを確認し、トーキスさんはニヤリと不敵に笑った。
「当然だな。じゃ開始だ。行け!」
トーキスさんの合図でゴーレムがゆっくり動き出す。
そしてそのスピードは少しづつ上がり、まるでダンスでもしているかのように敷地内を自由に動き回り始めた。
重そうな図体だと思ったが、意外と動きが早い。
…と言っても先ほどのトーキスさんの速度を見た後ではまるでスローモーションだが…
感覚としては俺のジョギングの速度と同じ程度かもしれない。
俺は地を滑るように移動するゴーレムに銃口を向けた。
ハンマーを下ろし、相手の動きを目で追いかける。
やはり相手が動いている分…簡単には狙いが定まらない。
だが、トーキスさんを狙おうとした時のような恐怖や震えは無かった。
ゴーレムだって人の形をして動いているというのに、俺の脳はゴーレムを「物」として認識しているらしい。
ゴーレムは敷地内を旋回するように弧を描き、動き続けている。
単調な動き。これなら先が読み易い。
反撃を避けるためにもここは一発クリアといきたいところだ。
俺は神経を研ぎ澄ましゴーレムの軌道の少し先に照準を絞った。
ーここだ!!
銃をブレないよう固定してトリガーを引いた。
パアンッ!!
軽快な音とともに銃口から弾丸が飛び出した。
これは行けたんじゃないだろうか!?
ゴーレムの左腕が吹き飛んだ。
土の塊がゴロリと落ちる。
当たった。けど、狙った場所では無い。
くそ、読みが甘かったか…
今までの標的が静止物だったため、狙いの感覚がズレる…真ん中を狙ったつもりだったが、僅かに右に傾いていたようだ。
俺の弾丸が通過した直後、ゴーレムがぐるり、とこちらへ体ごと方向転換をした。
ヤバい、反撃が来る!!
ゴーレムは思い切り右手を振りかぶった。
飛び道具か!?
俺は慌てて左側へ向かって地を蹴った。右から飛んで来るなら、左に逃げれば避けられるかもしれない!
ぶんっと何かが投げられる音。
びちゃっ!!
先程まで俺が立っていた場所に大きな泥だまりが出来ていた。
あっ…ぶねー!
泥玉なら大怪我をするようなことは無いだろうが、頭から泥を被るのは勘弁だ。
ゴーレムは速度をそのまま保ちながら俺との距離を真っ直ぐに詰めてくる。
待て待て、反撃ってのは一発に対して一発じゃないのか!?
俺は慌てて走って逃げながらハンマーを下ろす。
トーキスさんは敷地の隅で腕を組み、無言で俺の様子を見ている……この状況で何とか倒せってことか!!
俺はトーキスさんに言われた言葉を思い返す。
『使う弾の種類は何でも構わねぇ。自分で最も有効だと思う手を考えろ』
わざわざそんな説明を入れたということはつまり…魔弾の力を借りた方が有利になるってことかもしれない。
考えろ、有効な手立てをー…
相手は土のゴーレム。
何に弱い?
実弾は単純に破壊するなら有効だが、急所に当てなければ一撃突破は難しい。
とすれば…俺が使えるのは風の弾と氷の弾。
風なら多少外しても範囲攻撃でダメージは与えられる…けど、カマイタチであの堅そうなゴーレムを壊せるのか?
いや……
氷弾か…!
俺はそう判断し、三口銃の後方に嵌められた魔石のうち、白と水色の斑模様の魔石…氷結石をぐっと押し込んだ。カチリ、と確かな手応え。
びちゃっ!
再び背後で泥団子の潰れる音がした。
脹脛に冷たい感触。飛んできた泥が跳ねたらしい…
マジでこれは油断すると泥ダルマにされかねない。
俺は走りながら背後を確認した。
速度的には追いつかれることは無さそうだ。
崇影とのトレーニングの賜物だな…スタミナもついたおかげで、ある程度の距離は速度を保って走り続けられる。
とはいえ、走りながら遠くにいる相手を狙撃できるほど銃の腕前は良くない。
となれば、俺にできる道はただ一つだ。
俺は即座に態勢を沈めてブレーキを掛け、真逆に…ゴーレムに向かって走り出した。
距離が遠いほど狙い辛い。なら確実に当たる距離まで詰めるしかない!
真正面から接近する俺に向け、ゴーレムは再び右手を振りかぶった。
このまま突進すれば間違いなく直撃コースだ。
左右に避けるか!?
いや、それより…このまま突破だ!!
俺はスピードを上げた。
向こうの狙いの軌道上にいなきゃいいんだろ?
恐らくあいつも俺の速度に合わせて投げる位置を調整しているはずだ。
なら、スピードを変えれば狙いからは逃れられるというのが俺の計算。
一か八かだけど、左右に避けるより有利に動ける方を選ぶ!
ゴーレムが巨大な泥球を投げるー…俺は足を踏み込み、持てるだけの力で思い切り地を蹴った。
ここは惜しまず全速力だ。
目の前に迫る泥球。
俺は下半身を前に滑り出しー…横腹を地に滑らせるようにしてゴーレムの足の間へと滑り込んだ。
見事ななスライディングが決まった!…と思う。
俺を狙った筈の泥球は何もない場所に泥だまりを作っている。
そして俺はー…思惑通りゴーレムの背後を取ることに成功だ。
すぐさま半身を起こし、近距離からの発砲。
キィィィン…
氷の粒を纏った弾がゴーレムの背中に吸い込まれた。
ガラスを叩くような甲高い音が響き、ゴーレムの背中を霜が這っていく。
数秒のうちに、ゴーレムは氷像と化し、動かなくなった。
「よっしゃ!」
俺はすぐに魔石を解除し、反対の魔石…風来石をセットした。ハンマーを下ろし、ゴーレムのど真ん中をしっかりと狙う。
相手が動かなければ外すことはない。
確実に照準を合わせ、トリガーを引いた。
ギュンッ!!
とカマイタチを纏った弾丸が銃口を飛び出し、氷塊となったゴーレムを鋭い刃でバラバラに破壊した。
…クリアだ! 泥球も食らってない!
「よしっ!!」
俺は思わずガッツポーズを取り、トーキスさんを振り返る。
トーキスさんは満足そうにいつものように片頰笑みを浮かべ、こちらへ歩み寄ってきた。
「やるじゃねぇか幸木。その判断は大正解だ。」
言いながら、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられた。
撫でられた…んだよな? 多分。めちゃくちゃ雑だけど。
「ありがとうございます!」
「タカとのトレーニングの成果も出てんじゃねぇか。一先ず最低ラインはクリアってとこだな…」
それって順調に成長出来てるってことだよな!?
俺は嬉しくなって自然と頬が緩む。
「……オイ、何マヌケた面してんだよ。今のはあくまで小手調べ用のゴーレムだ。次、レベル上げんぞ」
「へ?」
何て?
小手調べ? レベル上げる??
俺は弛んだ表情のまま固まった。
「まだ時間はあんだ。行けるとこまで行くぞ。」
「えぇぇぇぇぇ…」
「あァ?」
「いえ、やります! やらせてください!」
「当然だっつーの。」
トーキスさん、褒めてくれたし今日はいい感じに優しいと思ったのに…!
いや、優しい。これだけ付きっきりで俺を鍛えてくれてんだから、間違いなく優しくて面倒見がいい人だ、トーキスさんは。口が悪いだけで。
ただ…容赦ない。厳しさはブレないんだよな……
俺は諦めて…いや、気合を入れ直して、もう一度三口銃に弾を籠めた。
トーキスさんは…いつの間にか既に次のゴーレムを作り出している。
次の相手はこいつか…
見た目は先ほどと変わらないけど…いや、少し小柄な気もする。
「こいつはさっきの奴よりスピードが速い。ついでに攻撃の頻度とバリエーションが微妙に増えるからな。ま、今のお前じゃ苦戦すんのは目に見えてっから、クリア出来たらラッキーくらいで挑め。」
「マジで…」
さっきのゴーレム戦ですでに体も精神も消耗しているこの状況で、レベル上げすぎじゃね? と思うが反論は許されないだろうな……つまるところ、やるしかない。
「んじゃ、スタートな」
心の準備もそこそこに、開始の合図。
マジで容赦ない。
崇影のトレーニングもヤバイけど、トーキスさんの訓練も相当ヤバイ。
ゴーレムは既にこちらに向かって進撃を開始している。
さっさと気持ち切り替えて全力投球だ!!
俺は銃を握る手に力を入れ、地を蹴った―




