23.ハヤシライス②
様々な国の料理や、この島独自の料理… 店長は毎日実に色々なメニューを振る舞ってくれる。
『ボルシチ』や『ビーフストロガノフ』など、何となく聞いたことだけはあるメニューも度々登場した。 店長のレシピの幅の広さにはマジで脱帽だ……
にしても……未知の島とはいえ、こういった郷土料理を店長が知ってるってことは、色々な国の文化や情報は島に入って来てるってことなんだよな…?
ちなみに一応、米も出てくる。
日本で食べる米と比べると少し粒が細長くて堅いが、日本人としては白米が食べられるだけでも有り難いという物だ。
「確か、七戸くんはお米が好きだったね…ご飯にかけようか?」
店長が土鍋の蓋を開けてそう提案してくれた。
土鍋の中には炊き立ての白米が入っているのが見える。ほかほかつやつやの白米。
それを見るだけで腹が鳴りそうだ。
しかもご飯にかける…それって…
「ハヤシライスですね!! それでお願いします!」
思わず嬉しくなってそう返すと、店長が笑った。
「へぇ…七戸君の国ではご飯にかけると『ハヤシライス』というメニューになるのかい? 覚えておこう。」
「旨いのか? んじゃ、俺もそれで」
トーキスさんが俺に便乗する。
「崇影くんはどうする?」
「俺もそれで頼む。」
店長はふふっと笑う。
「じゃあ今夜は皆で七戸くんの国の食べ方を味わってみるとしようか。多めに炊いておいて正解だったね。」
手際よく全員分のハヤシライス……いや、正確にはハッシュドビーフライスなのかもしれない…を注いでくれる店長。
そうか、この島にハッシュドビーフはあるけど、ハヤシライスは無いのか…確かに『ハヤシライス』って明らかに日本名だもんな……などとどうでもいいことを考えてしまう。
「素朴な疑問なんですけど…店長はこの料理、どこで覚えたんですか? 店長って色んな物作れますよね?」
俺の質問に「あぁ」と店長は微笑む。
「導入はレシピ本だね。気になった物は全て作るようにしているんだ。後は適宜味見をして、好みの味になるように調整をしているよ。」
「なるほど…レシピ本があるんですね。それって、この島の本ですか?」
「そうだね。ほら…こういった異国の文化についての情報は、そのほとんどがラボから発信されているんだよ。」
言いながら店長がキッチンの棚からレシピを取り出し、見せてくれた。
『発行:オルタンシア研究所』となっている。
研究所か……
脳裏に、この島の景観にそぐわぬ近未来的なあの建物が浮かぶ。
正直ずっと気にはなっている。研究所って、一体何を研究しているのか…あのデカい建物の中はどうなっているのか…
魔道具のレプリカを作成したり、こういった異国の文化を発信したり…島の発展に一役買っていることは間違い無いのだろうが、それにしてもあんな高い場所にあえて無機質で巨大な建物を据えるなんて、まるで住民が下手に近付かないように牽制しているようにも思える。
きっとセキュリティとかも凄いんだろうな…
「今度君にも料理を教えてあげようか?」
「はい、ありがとうございます!」
店長の提案に俺は二つ返事で頷いた。
店長の作る料理はどれも絶品だからな。一つくらいレシピを覚えて帰国するのもいいかもしれない。
北斗さんにご馳走したら、きっと驚くだろうな…
「君の国の料理にも興味がある。今度どんな物があるか教えてもらえると嬉しいね。」
「分かりました!」
日本の料理って言ったら、やっぱ寿司だよな。
けど、この島で生で食える魚は採れるんだろうか…?
などと考えていると、店長が小さく手を叩いた。
その音で俺の意識がテーブルの上に戻る。
「さぁ、冷めないうちに食べよう。今日は皆疲れているだろう。おかわりは十分ある。たくさん食べるんだよ」
「はい!!いただきます!!」
「いただきます…」
「召し上がれ」
俺と崇影が合掌し、店長がニッコリ笑って食事が開始される。
多分…この「いただきます」の文化が、この島には無い。
最初のうちは合掌する俺を店長が不思議そうな顔で見ていたが、最近ではこのように「召し上がれ」と返してくれるようになった。
崇影は…俺の真似をしているのか、元の主が俺と同じ文化を知っていたのか定かではないが、俺と同じように食事前には合掌をする。
トーキスさんは、俺達の合掌には興味を示さず既にマイペースに食べ始めていた。
ハヤシライスを頬張りながら、テーブルの上のロールパンにも手を伸ばしている。……食べ合わせが独特だな。
いや、多分単純にこの島ではパンが主食だから、無いと落ち着かないのかもしれない。
俺にとっての米がトーキスさんにとってはパンってところか……
俺は横目に崇影の姿を盗み見る。
崇影はパンには目もくれずハヤシライスをかきこんでいる。
コイツは…和服っぽい格好してるし、もしかしたら主が日本人だったって可能性もあるのかもしれないな…
俺に似てたとも言ってたしな……
崇影については色々と気になる点が多いが、本人が過去を話したがらない以上、詮索も出来ない。
もっと仲良くなれば、いずれ色々教えてくれるかもしれないよな…
そう考えながら、俺は美味すぎるハヤシライスを口に運ぶ。
トマトの旨味と甘みが堪らない。肉がたっぷり入って米との相性も最高だ。
「店長、おかわり!!」
「俺もだ」
「了解。順番にね」
同時に皿を上げた俺と崇影にふふっと笑い、店長は嬉しそうに席を立った。
今日はいつも以上に腹がペコペコだ。あと3杯はいける!!
「オマエら、しっかり英気を養っとけよ。修練期間の目安は三ヶ月だ。それまで毎日手ぇ抜くな。」
トーキスさんが顔を上げ、おかわりを待つ俺達に釘を刺すように口を開いた。
「最終的にオマエらにはタッグ組んで実戦に対応出来るようになってもらう。最終試験会場はカルムの森。俺とセイロンの課題をクリアするまで森から出さねぇから、そのつもりでいろよ。」
「……」
俺と崇影は思わず顔を見合わせる。
崇影は元々戦えるからまだしも、問題は明らかに俺の方だな…コイツの足を引っ張らないようにしないといけない。
「ゴール決めねぇと、闇雲に鍛えたってやり甲斐ねぇだろ?」
トーキスさんの不敵な笑み。
俺と崇影は店長からおかわりを受け取り、トーキスさんと視線を合わせた。
「が、頑張ります…!」
「承知した。」
こりゃ明日からはこれまで以上に地獄の特訓になりそうだ…気を引き締めないといけないな…




