23.ハヤシライス①
◇◇◇
「今日はこんなとこだろ。帰るぞ、幸木」
「はい!」
トーキスさんにそう言われた所で射撃訓練を終いにし、ドラセナショップへと戻る頃には既に日が落ち、辺りはかなり暗くなっていた。
トーキスさんから助言やら叱責やらを受けながらひたすら銃を撃ち続け…俺の右手はグリップを握った状態を形状記憶。開くことすらままならない程消耗していた。
肝心の成果はといえば…正直あまり伸びていない。
たまに狙い通りの場所に当たるが、そんなのはほぼ紛れ。俺の実力じゃない。
元より1日2日でどうにかなるもんじゃないってことくらいは分かっている。
研鑽と慣れ。日々の繰り返しでモノにしていくしかない。
それに…静止物相手にようやく狙える程度では実戦に使える筈もないことくらい、素人の俺でも分かる。
実戦なら、相手は当然動く。
そしてこちらも動かければ狙われる…つまり、自身も動きながら、動く的を確実に狙えるようにならないと話にならないということ…だよな。
俺とトーキスさんが裏庭から戻り、裏口を開けようとした時。
バサバサッ
聞き覚えのある羽音が背後で響いた。
「崇影! お帰り!!」
俺は笑顔で振り向く。
「あぁ…今戻った。」
着陸するなり人の姿へと変化する崇影。
俺はその姿を見て、一瞬固まった。
……ボロボロだ。そして、ドロドロだ。
「随分可愛がってもらってんじゃねーか。」
トーキスさんが楽しそうに言う。
俺は一瞬状況が飲み込めず…崇影の全身をまじまじと眺めた。
怪我は…していないようだ……良かった。
ただ、服も顔も擦れて随分汚れている。
崇影の修行の相手は…あのセイロンさん、だよな…?
神々しいまでに美しいセイロンさんと今のボロボロの崇影の姿に差がありすぎて、俺の頭は一体何が起きたのかを理解しきれず混乱している。
「トーキス、感謝する。良い師を得た。」
崇影は静かにそう言ってトーキスさんへ頭を下げた。
「礼は俺じゃなくてセイロンに直接言えよ。その様子じゃ相当ぶっ飛ばされて来たんだろ?」
「……あぁ…いや、ぶっ飛ばされたというよりは…」
崇影は思い出すように空を仰ぎ、真顔で続ける。
「縛り付けられ、締め上げられた。」
マ ジ で。
頷く崇影に、俺は開いた口が塞がらなくなった。
トーキスさんは「そーかよ、そりゃ結構だ。」と楽しそうに笑っている。
縛り付けられて? 締め上げられた?
セイロンさんに? 崇影が?
ますます想像が出来ない。
確かに初めて森に入った日…トーキスさんが攻撃を仕掛けた時にセイロンさんの強さはこの目で見た。
けど……あの温和そうな、争いを好まない印象のセイロンさんが崇影の師になることを受け入れ、あまつさえ崇影を縛り付けていたのかと思うと…
いやいや、戦闘訓練なのだからそのくらいは当たり前のことなのかもしれない。
けど何となく、セイロンさんが先生ならもっと優しく…何なら手取り足取り教えてくれるのではないかと想像していた。
セイロンさんが女の子じゃないってことは理解してるけど、それでもあんな女神みたいな人と一対一で相手をしてもらえるんだろ?
内心ちょっと羨ましいとさえ思っていたのに!!
縛り付けられ、締め上げられてボロボロのドロドロは……さすがにちょっと勘弁だ。
意外と厳しいんだな…さすがは森の主。
だが崇影はどこか清々しい表情をしている。
多分……楽しかったのだろう。
最近何となくコイツの気持ちが読み取れるようになってきた。
無表情だから分かり辛いが、今は多分割と喜んでいる。有意義な時間を過ごせたのだろう。
「崇影…ボロボロだけど、平気か?」
「あぁ、怪我を負っても師匠が全て治癒を施してくれる。問題は無い。」
……てことは、怪我はしたんだな。
セイロンさんも意外と容赦無いな……恐らく手加減はしていたのだろうけど。
俺達が揃って扉を開けると、店長が笑顔で出迎えてくれた。
「お帰り。皆お疲れ様。夕飯は出来ているよ。」
店長の言葉の通り、ダイニングには美味しそうな匂いが広がっていた。
豪華な夕食が所狭しとテーブルの上に並べられ、ふわりと湯気を立てている。
何だか懐かしい匂い…これって…
「店長、この料理って」
「ハッシュドビーフだよ。」
「ハッシュドビーフ!!」
一気に俺のテンションが上がる。
俺でも聞き覚えのある料理名だ。
ハッシュドビーフってあれだろ? ビーフシチューみたいなやつ。
正直料理に詳しくない俺には違いはよく分からないけど……ビーフシチューやクリームシチューは俺の大好物だ。ついでに言うとカレーも好きだ。
この島に来る以前は自炊が基本だったため、作りやすいメニューをルーティンしていた。
その中でも気に入っていた馴染みのあるメニューがシチューやカレーのため、何となくその香りに癒される。




