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22.手合わせをお願いできますか?①

 崇影(たかかげ)はトーキスから預かった羊皮紙を口に咥え、真っ直ぐにカルムの森まで飛行していた。

 鷹の姿で空路を使用すれば、カルムの森までの距離も大したことは無い。

 夕焼けに染まり始めた空の中、雲を裂くような勢いで飛んでいく。その胸にあるのはただ一つ…「強くなりたい」という想いのみだ。



 崇影がカルムの森へ着陸し、数歩足を踏み入れた所で、すぐにソラが姿を現した。


「崇影だ! 久しぶりだね!」


 以前に会った時と変わらない、明るく鈴の音のような声。

 崇影はその姿を人へと変化させてからソラと視線を合わせた。()の姿を見せるのは今回が初めての筈だ。

 だがソラは迷いなく『崇影』と呼んだ。


「俺が鷹だと、知っていたのか…?」


 首を傾げる崇影に、ソラは屈託無く笑う。


「ううん! 全然知らなかった!! ビックリしてる!! でもオーラが一緒だったから、崇影だってすぐ分かったよ。」


 『ビックリしてる』という言葉の割に動揺を一切感じない口調でソラが答えた。

 ニコニコと笑っている。


「……そうか。」


 カルムの森には様々な動物が生息している。グリーズを見るのは初めてでは無いのかもしれない。

 それからソラは崇影の周囲をキョロキョロと見渡し、尋ねた。


「今日は七戸(ななと)は一緒じゃないんだね?」

「あぁ。今日は俺の用事でここを訪れた」


 そこで一旦言葉を切り、崇影はトーキスからの文をソラの目の前に差し出した。


「…これを、森の主に渡して貰いたい。」


 崇影の手元を確認するとソラはにっこりと笑い、明後日の方角に向けて「だって、セイロン!」と呼びかけた。


「僕にですか?」


 突如背後から澄んだ声が響いた。


「!?」

 

 崇影は本能的にその場を飛び退く。

 息がかかりそうなほどの至近距離だったというのに……気配を感じ無かった。


「驚かせてすみません、崇影さん。」


 いつの間にか崇影の背後に立っていたらしいセイロンが柔らかく微笑む。その笑みには一点の曇りもない。

 これが敵であれば完全に首を取られていた…と崇影は微かに眉を(ひそ)める。


「いや…」


 若干の動揺を見せる崇影を気にも留めない様子でセイロンは言葉を続けた。


「それで、僕に用事というのは何でしょう?」

「トーキスから、これを…」


 崇影が改めて文を差し出す。


「トーキスからですか…」


 セイロンはその羊皮紙を受け取ると細く華奢な指で紐を解き、中を確認した。

 その横顔は美しく、相変わらず透き通るほど白い肌をしている。


「なるほど…崇影さんの修練ですか…」

「頼めるか?」


 崇影の問い掛けに、セイロンはにっこりと笑みを深めた。


「いいですよ。」


 あっさりとそう答える。

 そして「ただ…」と言葉を濁した。


「僕は森の主であるという役割上、この森から出ることが出来ませんので、毎回カルムの森までお越しいただく必要がありますが、構いませんか?」

「あぁ、問題ない。」

「鷹だもんね、ひとっ飛びだよね!!」


 ソラが嬉しそうに笑う。

 崇影の反応を確認してから、セイロンは「それでは、えーと…」と小首を傾げた。


「一言に修練と言っても色々ありますが…どうしましょうか?」

「…これを。」


 崇影は自身の着物に隠されていた鎖分銅をジャラリと取り出した。

 普段は着物で隠れる左の二の腕に巻き付け、周囲に悟られぬよう収納してある物だ。

 今、自分のやるべきことはただ一つ。


「…こちらが、崇影さんの愛用武器ですか?」

「すごーい! どこに隠してたの!?」


 セイロンとソラが興味津々といった様子で崇影の手元を覗き込む。


「…俺の物ではない。いや、今は俺の物だが…」


 説明に困っている様子の崇影に、セイロンは「そうですか」と微笑んだ。

 それ以上の深追いはしないという意思表示なのかもしれない。


「つまりこれを正式に『自分の物』にしたいということですね…?」


 その言葉に崇影は顔を上げる。

 全てを見透かされているかのような…あるいは何一つこちらの胸の内を探る気も無いかのような…読めない瞳と視線がかち合う。


「トーキスに、何か言われた?」


 ふわりと崇影の肩に乗るソラ。心配そうにその顔を覗き込んでいる。

 崇影は手の中の鎖を僅かに握りしめた。


「使いこなせていない、と…」


 その言葉に、セイロンとソラは顔を見合わせる。


「もー、トーキスはホント口悪いんだから! もう少し言い方考えてほしいなぁ…」

 

 両頬をぷくーっと膨らませるソラに崇影は「いや…」と呟いた。


「トーキスの言葉は尤もだ。俺は…この武器をどうすれば使いこなせるのかを知りたい。」


 そう言って真っ直ぐにセイロンへと視線を向ける崇影。その瞳には確かな信念が宿っている。

 それを見てセイロンは微笑み頷いた。


「分かりました…それは、とても思い入れのある武器なんですね。」

「あぁ。」


 即答した崇影に、セイロンは笑みを深める。


「どうするの? セイロン。」


 ソラの問い掛けに答える代わりに、セイロンは自らの右手の袖をするりとたくし上げた。

 白く細い腕が露わになる。


「似た条件を作り出してみましょうか。その方が崇影さんも学びやすいでしょう。」


 そう言うと同時に、セイロンの右腕に巻き付くように緑の蔦が生まれ、白い右腕が蔦に塗れて見えなくなった。

 その蔦は外部からではなく、体の内部から生え出している…つまり、その蔦もセイロンの体の一部ということなのだろう。


「僕の場合は、直接的な武器では無いので…例えば離れた場所の相手を拘束することも可能ですが…」


 セイロンの発言に呼応するように、突如崇影の足元から蔦が勢い良く飛び出し、崇影の両足首へと巻き付いた。


「!!」


 何の前触れも無い不意打ちに、崇影の足はあっという間にその場に拘束される。

 逃れようと足を動かしても、ビクともしない。見た目以上に強固なようだ。


「これは特殊なパターンなので、崇影さんの武器に応用は出来ません。」


 セイロンの説明に合わせてシュルシュル…と両足に巻き付いた蔦が解け、地の下へと帰っていく。

 崇影は呆然とそれを見送った。防ぐ余地も無かった。


「なので、今回は崇影さんに近い条件でお相手しましょう。僕は貴方の戦闘を見たことがありませんから、まず手合わせをお願い出来ますか?」

「……承知した。」


 崇影は正面のセイロンをじっと見つめる。

 相当強い相手なのだと言うことは、今の(くだり)で十分に理解が出来た。正直どこまで通用するかは分からない。


「ソラさん、少しの間、森の監視を任せますね。」

「らじゃー!!」


 セイロンの依頼に、ソラは右手を高く上げて満面の笑みで答えた。


「では、よろしくお願いします。」

「…よろしく頼む。」


 セイロンが頭を下げたのに合わせて崇影も返礼し…二人は同時にその場を飛び退いた。


 互いに目的が相手の拘束である以上、その場に留まれば瞬時に勝負が付いてしまう。


 崇影は大きく後方へ着地すると同時に、即座に再び地を蹴った。 

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