21.戦闘訓練開始②
崇影はすぐに鷹へと姿を変え、勢い良く飛び立つ。
行動力が半端ないな……俺も負けていられない。
「そういえば崇影、あの姿になるのを避けてるんじゃ…?」
「いや、人前で変化しなきゃよっぽど問題ねぇよ。ま、変化の瞬間を見られたとしてもグリーズだって気付く奴はそうそういねぇ。魔族の中にゃ獣の姿に化ける種族もいるからな。」
「そういうもんですか……」
言われてみれば確かに…崇影と買い出しに行ってスリに遭った際に崇影は鷹に変化したが、スリの男は崇影のことを「妖怪」と言っていた。
「グリーズって、珍しいんですか?」
俺の問い掛けにトーキスさんは馬鹿にしたように「当たり前だろうが」と笑った。
「条件が揃わねぇと成り得ない種族だぞ。そうポンポン生まれてたまるかっつーの。」
そこで一度言葉を切り、崇影の飛び去った空を仰ぐ。
夕焼け空に、翼を大きく広げた崇影の姿が飲み込まれていく。
「ついでに言うと、通常のグリーズっつーのはあんなんじゃねぇ。もっと野性的で言葉の通じねぇ…生きることだけに執着する存在だ。あんな理性保ったグリーズは他にいねぇだろうよ。」
俺もつられて崇影の飛んでいった空を見上げた。
そうか……グリーズは『他の命を自分の物にして』生きるんだもんな…元が動物なのだということも加味すれば、トーキスさんの言うように野性的で言葉の通じない存在となるだろうことは安易に想像が出来る。
崇影は特別なのか……
「雑談はここまでだ。幸木、始めんぞ。」
「は、はい! お願いします!!」
そう返事をして、大事なことを思い出した。
「トーキスさん、ペンダントありがとうございました!! 直して下さったと聞きました!」
言いながら俺は深く頭を下げる。
「あァ!?」という不機嫌そうな声が返ってきた。
「タカといいオマエといい、真面目すぎんだよ。俺が勝手にやった事だ、礼はいらねぇ。ただし、大事には使え。」
「は、はい!! 肝に銘じておきます!」
顔を上げて答えた俺の言葉にトーキスさんは「上等だ」と笑う。
それから、「んじゃ、始めんぞ〜」とカカシの正面位置に移動した。
「まずはとにかくその三口銃を使い物にしねーと始まんねーだろーな……」
言われて、俺は三口銃をホルスターから取り出した。
まだ弾を籠めたことすら無い。
「貸せ。」
俺は言われるままにトーキスさんへ三口銃を手渡す。
「オマエ、どうせ弾の準備もしてねーんだろ。一先ず訓練用の弾くらいは提供してやるから、使えるようになったら武器屋で買っとけよ。」
言いながらトーキスさんは慣れた手付きで三口銃のシリンダーラッチを開けた。
銃弾、準備してくれてたんだな…
なんだかんだ面倒見の良い人だ。
「前に説明したが覚えてんな? ココに3発詰めんだ。んで、ロック。したらハンマーを下ろすだろ?」
見惚れるほど鮮やかな手付きでトーキスさんは三口銃へ弾を籠め、上部のハンマーを下ろし…そのまま銃を右手に構えてすっと人形の藁へと向けた。
構える動作も様になっている。さすがだ…
いつものダルそうな様子とのギャップが凄い。
「狙いは距離に応じて微調整しろよ。このくらいの距離なら単純に照準合わせりゃ問題無く当たるけどな」
パァン!!
甲高い音が響き、銃口が火を吹いた。
放たれた弾は真っ直ぐ飛び、人形の体のど真ん中を撃ち抜いた。
「すげぇ…」
当然のことだが……洞窟で撃った際に両手で支えていたにも関わらず戻りの強さで狙いがずれ、オマケに肩にダメージを負った俺とは比べ物にならない。
「すげぇ、じゃねーだろうが。出来るようになんだよ、オマエが。この程度はまず最低条件な。」
感嘆の声を上げた俺に呆れるようにため息を吐き、トーキスさんが銃を俺の掌へ押し付けた。
「は、はい!!」
「あと2発入ってる。撃ってみろ。」
「分かりました!」
俺は言われた通りにハンマーを下ろし、しっかりと両手でグリップを握った。
洞窟では死に物狂いだったため躊躇わずに撃てたが…こうして改めて構えると…物凄く緊張する。
そりゃそうだよな、これは本物。…殺傷能力のある凶器だ。
殺傷能力のある凶器……
そう考えた途端、突然ドクドクと鼓動が激しく脈を打ち始めた。
ヤバイ、手が震えて照準が合わない……
「オイ。」
見かねた様子でトーキスさんが背後から俺の手を押さえた。
「震ってんじゃねーか。」
「す、すみませ…」
「視線外すな。しっかり狙え。今オマエは『撃つ』しかねぇ。途中で止めるなんつー選択肢はねぇんだよ。」
「は、はい!!」
強い口調でそう叱責され、気が引き締まった。
そうだ、俺は何を弱気になってんだ。
何のための特訓なんだ。
目の前に敵が現れた時に迷ってる暇なんて無い。
俺は汗で濡れた掌でもう一度グリップを握りしめる。
……集中だ。
戻りの衝撃の強さは洞窟で経験したから知ってる。
だったら、それに負けないように構えればいい。
足を開いて下半身に重心を置き、しっかりと地を踏みしめる。
「……よし、そのまま撃て。」
俺の震えが治まったのを確認するとトーキスさんは手を離し、後ろへと下がった。
「っ!!」
パァン!!
響く銃声。
大きな音に慣れていない耳がビリビリしている。
十数メートル先の人形がぐらりと倒れた。
何とか当たった。……けど、狙いからは大分ズレている。人形が真横に倒れたのが何よりの証拠だ。
「あぁ、いいじゃねーか。初心者にしちゃ上等だ。」
背後からトーキスさんの嬉しそうな声が聞こえた。
……褒められた?
意外すぎて思わず思い切り振り返る。
「オマエ、遠距離戦向いてんじゃねぇか? やっぱ足りねぇのは筋力か。軸がブレねぇように鍛えて……構え方にも課題はあるがあとは慣れだろうな。筋は悪くねぇよ。」
「ありがとうございます!」
「よし、んじゃとにかく数こなして体に感覚を叩き込め。話はそれからだ。」
「了解です!!」
トーキスさんに褒められて気を良くした俺は、トレーニングによる筋肉痛のことも忘れ、射撃訓練に没頭するのだった……。




