17.全力で来やがれ②
「店長、止めて下さい!」
「タウラスさん、あたしからもお願い。もう十分だよ!」
七戸とエレナからそう言われ、タウラスは困ったように笑った。
「仕方が無いね……」
そう言い残し、トーキスと崇影の方へとゆっくり近づいていく。
「あと一発!!」
タウラスの接近に気付いたトーキスが崇影へ追い打ちを掛けようと地を蹴った。
「っ!!」
接近するトーキスに対応するため、崇影もまたクナイを構え地を蹴った。
「全く、トーキスはいくつになっても変わらないな…」
タウラスは小さくため息をつき、足を大きく一歩、踏み出した。
次の瞬間―
「え?」
七戸は目を疑った。
タウラスと戦っている2人の間には20メートル程度の距離があり、タウラスは走る様子を見せていない。
ところがタウラスは一瞬のうちにトーキスと崇影の中間地点…2人に挟まれる位置へと移動していたのだ。
「どけ、タウラス!!」
トーキスは勢いを弱めない。
崇影もまた然り…いや、もはや止められる距離では無い。
「店長!!」
トーキスと崇影が同時にタウラスに飛び掛かる図となり、トーキスの拳と崇影のクナイが、両側からタウラスを襲う。
「そこまでだよ、2人とも。」
静かに言うタウラス。
と同時に、トーキスと崇影の動きが一瞬ピタリ、と不自然に…まるで動画の一時停止のように止まり、その直後、2人同時に何かに弾かれたように吹き飛んだ。
「くっそ、タウラス!!」
「っ……!?」
トーキスと崇影は、成す術も無く…といった様子で背中から地に落ちた。
◇◇◇
一体、何が起きたんだ?
俺は状況が全く読み込めず、瞬きをした。
店長が2人を止めようと数歩前に出たところまでは理解が出来た。
だがその後に何が起きたのか、目で追えなかった。
俺が見た感覚としては、店長が瞬間移動をしてトーキスさんと崇影の間に立ち、2人が店長に近づいた途端、まるで見えないゴムボールにでもぶつかったかのように弾け飛んだ……といった具合だ。
「どけよ、タウラス!」
上半身を起こしてトーキスさんが不服そうに叫ぶ。
「トーキス。もう十分だ。冷静になれ。」
「……チッ。」
諭すように言われ、トーキスさんは舌打ちをして立ち上がった。
それからゆっくりと崇影の元へと近づき、手を差し出した。
「タカ、…悪かったな。」
「……」
崇影は眉間に皺を寄せ、差し出された手を弾いた。
無理も無い。酷い罵詈雑言を浴びせられた上に中途半端に喧嘩を止められ…しかも勝ち逃げをされた状況なのだ。
「崇影くん、私からも謝ろう。すまなかったね。」
店長にそう言われ、崇影はようやく顔を上げた。
「君が魔族のスパイなどでないことは、我々も十分承知している。君を煽るために、わざと酷い言葉を浴びせた。…とはいえ…」
そこで言葉を切り、店長はトーキスさんへ視線を向けた。
「グリーズの行は、さすがに言い過ぎだよ、トーキス。」
トーキスさんは決まりが悪そうに目を逸らした。
言い過ぎたという自覚があるのかもしれない。
俺は慌てて3人の元へと駆け寄った。
「大丈夫か、崇影。」
「あぁ……。」
崇影は腑に落ちない顔をしている。
そりゃそうか。俺が崇影でもすぐには納得が出来ない状況だ。
「なに、どういうこと!? 悪口言ったのは演技だったってこと!?」
エレナちゃんも俺の隣まで走って来て、トーキスさんを見上げた。
「だから、悪かったっつってんだろ」
トーキスさんはそう吐き捨てる。
「悪かったで済むわけないでしょ! もっとちゃんと謝りなさいよ!! 自分が何言ったか分かってんの!?」
エレナちゃんがすごい剣幕でトーキスさんを責め立てる。
エレナちゃん怖い物知らずだな…あのトーキスさんにここまで遠慮無しに言える人物は他にいないかもしれない。
「わぁったよ! マジですまなかった、タカ。オマエが得体が知れねぇってのは本心だが、何か事情があるんだろ? そのくらいは俺でも分かる…狂ってるっつーのは言い過ぎた。」
「いや……俺が他人の魂を喰らったのは事実だ。認められない存在だということは、自覚している。」
「認められない存在って、そこまで言わなくても。」
思わず口を挟んだ俺に、崇影は小さく首を振った。
「七戸は外の人間だから俺がグリーズであることに抵抗が無いようだが、この島では一般的にグリーズは忌避される存在だ。それは俺自身よく分かっている。」
そう……なのか。
もしかして、崇影が普段滅多に鷹の姿にならないのは、グリーズであることを隠すためなのか…?
にしても、だ。
「店長、どうしてこんなことをしたんですか?」
俺の質問に店長は「七戸くんにも、申し訳ないことをしたね。」と優しく言い、俺の頭を軽く撫でた。
「洞窟でモンスターを倒したのは崇影くんだという話を聞いてね…一度この目で見たかったんだよ、彼の戦闘スタイルとやらを。」
「……。」
崇影は試されていたことに気付いてか、「チッ」と小さく舌打ちをした。
「あぁ、俺も直接対峙してよく分かった……タカ、オマエのその武器、オマエの物じゃねぇな?」
「……。」
崇影は俯き、答えない。
「無論、答える義務は無いよ。ただ、先程の動きを見れば明らかだ。崇影くんの物では無いが、君はその使い方を知っている…つまり…」
「これは、形見だ。」
崇影が重い口を開いた。
「俺の…主だった人間が愛用していた武器だ。」
「崇影の、主だった人間……」
そうか、そうだよな……
コイツは鷹だ。けど、これだけ博識で礼儀もある。
野生の動物にしては出来すぎている。
店長とトーキスさんは、既にそれに気付いていたのか…
と、ふと崇影が俺の顔を見た。
「?」
「七戸…お前はどこかアイツに似ている。だから、友人と言われて、嬉しかった。」
そ、そうだったのか……
崇影の主だったという人間。一体どんな人物だったんだろう…
似ている、などと言われてしまうとめちゃくちゃ気になるんだが。
「だが、これ以上は話せない。」
俺が質問をするより先に、崇影がそう切り上げた。
トーキスさんは、最初から分かっていたかのように、「ま、そーだろうな。」と伸びをした。
店長も「詮索をしてすまなかったね」と笑う。
俺にとっては不可解な部分が多すぎて色々突っ込みたいんだが、崇影が「話せない」と言う以上、聞くことも出来ない…。
「さぁ、店へ戻ろう。遅くなってしまったが、すぐに店を開けるよ。」
「は、はい!」
「承知した。」
店長のその言葉で、俺達はぞろぞろとドラセナショップへ戻るのだった。




