2.手品かな?②
その『ドラセナショップ』は、綺麗な庭園を持つ、緑に囲まれた小洒落た建物だった。
外観からすると、花屋さんとか、そういう感じか…?
タウラスさんに続いて庭園を抜け、大きな窓の付いたドアをそーっとくぐった。
「……あれ?」
店内を見渡し、思わず固まってしまった。
外観と内観の雰囲気があまりに違ったからだ。
メルヘンな外観からは想像出来ない程に、内観は個性的…民族的、と言う方がしっくりくるかもしれない。
様々な民芸品? アンティーク? 雑貨? とにかく見ただけでは使い道のよく分からない物が所狭しと棚に並んでいる。
「あの、タウラス店長…ここって、何の店なんですか?」
来てみれば分かるかと踏んでいたのに、結局聞かざるを得なかった。
俺の質問に、店長は「ん?」と振り返り、ニコリと笑って見せた。
なるほど…案内所のお姉さんが赤くなっていたのも納得だ。マジで顔面が良すぎる…この店長。
「何の店、と聞かれると返答に困る所だが…一言で言うなら、所謂『よろずや』という位置づけになるだろうね」
「よろずや…っスか…」
とオウム返ししてみたが、正直全くピンと来ていない。
それに気付いてか、タウラス店長は続けて口を開いた。
「珍しい雑貨や、他の店では手に入らないような骨董品、一部の者にしか受けないような奇抜なデザインの置物なんかもうちでは扱っている」
「なるほど……」
確かに、見渡す限り、在庫のありそうな定番品ではなく、全て一点もののような…悪く言えば、売れ行きの悪そうな商品ばかりだ。
「それから、うちでよく取引される物として、魔道具系の商品だね」
「ま…どうぐ? それって…どんな物なんですか?」
響きからして、何か特別な力を持つ物なんだろうか…
空飛ぶ箒とか、魔法の杖とか、まさかそんな夢みたいな道具、あるわけないよな…? と自分に言い聞かせるも、俺の中にいる中二病全開の少年がワクドキしている。
「興味があるかい」
タウラス店長が小さく笑う。
しまった、顔に出てたか…
「そうだね、例えば…このガラスの珠」
言いながら店長はカウンターに置いてあった、小振りの水晶のような物を手に取った。
「照らせ」
と店長が囁くと、ポウッと柔らかな光に包まれる。
「電気ですか…?」
「そうだね、使い道としては主に電気代わり。ただ、例えば…『揺らぎ、浮かべ』」
店長がそう紡ぐと、光の珠は蝋燭のようにゆらゆらと不規則な光を放ちながら、宙に浮かんだ。
「浮いてる…!」
「このように、簡単な指示になら対応出来るようになっている。これをどう活用するかは、使い手次第、というのが魔道具の最大の特徴と言えるね」
「すげぇ…」
全く仕組みは理解出来ないけど、浪漫の詰まった道具、ってことだけはよーく分かった。
「いい反応だね、七戸くん。他にもオススメの魔道具があるんだ、見てみるかい?」
「是非!!」
前のめりに答えた俺に、店長は「素直だね」と笑い、棚の奥から、布を被った平べったい何かを取り出した。
今度は一体どんな凄いアイテムなんだ!?
店長が布を捲り上げるのを待ちきれずに、それを覗き込んだー…のが間違いだった。
あの、体をギュッと押し潰されるような違和感が全身を巡る。
ーしまった、鏡かー!
そう気付いた時には、もう手遅れだ。
見えていた世界が一気に大きくなる。
もう今さら説明するまでもなく…俺の体は縮んでいた。
「……七戸くん?」
タウラス店長がキョトンとした顔で俺を覗き込んでいる。
「おかしいな、この鏡に、そんな効果は無かったハズなんだが…」
不思議そうに首を傾げる店長。
「これは、俺の体質です……」
はぁ、と肩を落とし…
こうなった以上、隠すことも出来ない。俺はことの経緯をタウラス店長に説明することにした。
…………
「成る程、それでわざわざオルタンシアへ足を運んだ、という訳か…」
「はい。…何か、この体質を治す方法みたいな物って、この島にあるんでしょうか?」
北斗さんは、ここに来れば原因や治し方が分かるだろう、と言った。
ということは、住民であるタウラス店長なら、何か知っているかもしれない…そう期待を込めて聞いてみたのだが、店長の反応は芳しくなかった。
「特異体質の原因追究と治療方法か…それはなかなか難しい問題だね」
「あの、例えばなんですけど…こういう、魔道具の中に、そういう効能を持った物があったり…」
俺の言葉に、店長は「うーん…」と腕組みをした。
「期待を裏切るようで心苦しいんだが、そういった物は今まで見たことが無いな…」
「そうですか……」
俺ががっくりと肩を落とすと、店長は「ただ…」と続けた。
「一時的にその体質が発動しないように制御するような魔道具なら、十分にあり得る。その制御効果時間をコントロールすることが出来れば…実質、体質が治ったと同等の効果は得られるのでは無いかな?」
「そんなこと、可能なんですか?」
「簡単な話では無いかもしれないが、不可能では無いと思うよ」
完全に元に戻るわけじゃないとしても…この子供化してしまう現象が起きないのであれば、今まで通りの生活が出来るはずだ。
「あとは…そうだね、私の知識内での可能性を話すと、魔道具には『共鳴』する性質がある。2つ以上の魔道具を一定の条件下で作用させることで、全く違う新たな効果を発揮する、ということもあってね。そちらについては未解明な部分が多いから、もしかしたら…そういった方法で君の体質を治す道もあるかもしれない」
「えーと……難しくてよく分からないんですけど、魔道具で体質を治せる可能性はゼロでは無いってことですよね?」
「そういうことだね」
店長は、子供化している俺の目線に合わせるようにしゃがむと、じっと俺の目を見つめた。
奥の見えない、吸い込まれそうな深い群青の瞳。
目を合わせていると、全てを見透かされてしまいそうだ…
「さて、ここまで話した所で改めて交渉なのだが。ウチは魔道具の仕入れ、売買を扱うことの出来る、この島でも数少ない店だ。魔道具の情報を集めるのであれば、悪い環境では無い。そして、寝泊まり、食事の全てを私が保証する…どうかな? ウチで働いてみる気は無いかい? 悪い条件では無いと思うよ?」
店長がニッコリと笑った。
この笑顔に一体何人の女性が腰砕けになったんだろうか…
それはともかく。
悪い条件、どころか、良いことずくめなんだけど……
こんなにトントン拍子に上手い話に乗って大丈夫なんだろうか、という漠然とした不安が顔をもたげている。
いや、でもこれはきっと、あれだ『運命の巡り合わせ』というやつだ!
このチャンスを逃したら、体質治療から遠ざかってしまう。
「是非、よろしくお願いします!」
覚悟を決めて、大きく頭を下げた。
「うん、良かった。私も、君の目的について出来る範囲で協力させてもらうよ。魔道具だけでなく、治療や体質の改善という観点から薬草や木の実を用いて専用薬を調合するような方法もあるかもしれない。一緒に様々な方法を探ってみるとしよう。」
店長は満足そうに頷くと、「ところで」と首を傾げた。
「君のその体は、どうすると元に戻るのかな?」
「それは…」
そこまで言いかけた所で、鼻に埃が飛び込んできたらしい。
「はっ…クション!!」
俺は盛大にくしゃみをして、元の姿へと戻った。
「へぇ、くしゃみをすれば元通り…と。面白いね」
関心したように言いながら俺をまじまじと見つめる店長。
「面白がらないで下さい…」
「何はともあれ、これからよろしく頼むよ、七戸くん」
ニコニコと人の良さそうな笑顔で右手を差し出され、俺はその手をしっかりと握り返した。
「こちらこそ、お世話になります。どうぞよろしくお願いします!」
かくして、俺のオルタンシアでの生活は幕を開けた。
この妙な体質をもとに戻すため、兎にも角にも、情報が必要だ。
まだ先は見えないが、初っ端から条件の良い拠点をゲット出来たという意味では最先が良い。
タウラス店長という心強い協力者も得た。
そして様々な種族が生活をしているこの街なら、俺のこの体質も、さほどおかしな物とは思われないのだろう。
体が縮んだ時はどうしようかと思ったが、何とかなりそうな気がして来た……
そんな前向きな心持ちで、俺はさっそくタウラス店長の指示のもと、『ドラセナショップ』での生活の準備と、店の手伝いを始めるのだった。




