17.全力で来やがれ①
ドラセナショップの裏庭にあたる場所には広い敷地がある。例えるならば、遊具の無い公園。
一度気になって何のための場所かと店長に尋ねた事があった。店長の話によれば普段はトーキスさんの訓練場になっているとのことだ。
どうやら、トーキスさんと崇影は、そこで喧嘩をおっ始めようとしているらしい。
がらんとただっ広い場所。周囲には背の高い木が均等に植えられているため、外からは恐らく見えない。
確かに、喧嘩をするにはうってつけの場所だ。
本来であればそろそろドラセナショップ開店の時間だが、店長が「少しくらい開店が遅れても大丈夫だよ」などと呑気なことを言うので、俺も店長も、そして来客者のエレナちゃんも…総出で2人の争いを見学する流れとなってしまった。
一体何でこんなことになったんだ……
俺は正直腑に落ちない。
トーキスさんは確かに口が悪いし無愛想だけど、恐らく悪い人じゃない…というのが俺の中の見立てだ。
何だかんだ俺のことも気に掛けてくれるし(口は悪いけど)面倒見も悪くない。(口は悪いけど)
だから、信用出来る人だと思っていた。
なのに…
崇影と対峙しているトーキスさんは、不敵な笑みを浮かべている。
これじゃあまるでトーキスさんが悪者じゃないか。
それに……
俺は隣で腕を組み、静かに2人の様子を見守る店長を盗み見た。
店長だって、変だ。
いつも穏やかで、揉め事が起きそうな時は真っ先に場を収めてくれるのに。
どうして今日はわざわざ喧嘩するための場所まで提供したんだろう。
崇影とトーキスさん、それぞれの戦いは洞窟で目の当たりにしている。
だから、どちらも強いことは知ってる。
けど、身内で争わなくてもいいじゃないか…俺としては、どちらにも怪我をしてほしくはない。
だが、俺のそんな胸の内などお構い無しに、2人の喧嘩の火蓋は切って落とされてしまったのだ―……
◇◇◇
いつもの訓練場。
目の前には、怒りを顕にしたタカの姿―…
ちっとばかし煽りすぎたか?
今にも俺を食い千切らんとする気迫をひしひしと感じる。
いや、これでいい。このくらい本気で来て貰わねぇと意味がねぇ。
さて、少しくらいは楽しませてくれよ……
俺が構えるより先に目の前のタカが、地を蹴った。
―速い。
体勢を低く構えて、真っ直ぐに俺目掛けて接近して来る。
体を振り子のように翻し、低い位置からの下段蹴りが飛んできた。
蹴りのスピードは上々。けど、そうじゃねぇだろ……
俺は上へと飛び上がり、そのまま宙で回転しつつタカの背後を取る。
「手加減してんじゃねぇよ、身の程知らずが。」
そう吐き捨て、俺は着地の勢いを利用して踵落としを繰り出した。
「っ!!」
ガツッと鈍い音が響く。
タカは瞬時にこちらの攻撃を察知し、振り向きざまに両腕で塞ぎつつ、微妙に体を仰け反らせてダメージを軽減させたようだ。
避け切れなかったとはいえ、大した対応力だ。
「オマエ程度じゃ俺は倒せねぇ。自分でも分かってんだろ? 持てるもん全部使って全力で来やがれ。ブチのめしてやるからよ。」
タカの耳元でわざと煽るように呟いた。
ピクリ、とタカの肩が揺れる。
そうだ、もっと怒れ。本気になってもらわねぇと意味がねーんだよ。
怒りの感情で動いてる癖に武器の使用を避けるだけの冷静さを保ってるって点では大したモンだが、素手で俺に敵うとでも思ってんのか、コイツ。
だとしたら、随分と舐められたもんだ。
「承知した。」
タカは低く呟き、飛び上がるように俺から距離を取りった。
ようやく本気を見せる気になったな。
面白れぇ。
◇◇◇
崇影とトーキスの間には数メートルの距離。
トーキスは率先して動こうとはせず、あくまで相手の出方を伺う姿勢だ。
崇影が目にも止まらぬ速さで何かを投げつけた。
小振りだが鋭利な刃物―クナイだ。
投げると同時に地を蹴り、再びトーキスへと距離を詰める。
だが、今回はトーキスを通り過ぎ、背後まで突っ切った。
トーキスは掌に風の渦を生み出し、飛んできたクナイを弾き飛ばす。
そのトーキスの腕に…鎖が巻き付いた。
トーキスがクナイへの対処を行っている隙に崇影が鎖を掛けたのだ。
「そうそう、コレだよ。正直こんな妙な武器使うヤツは初めてだぜ…」
トーキスはどこか嬉しそうに言う。
崇影は無言のまま鎖を引き締めた。
トーキスの腕に鎖が食い込み、ズル…とトーキスの足元が微かに動く。
「けど、これは拘束のための武器だろ? 場合によっちゃ自爆すんぜ?」
そう言い、トーキスは口の中で何かを小さく唱えた。
バチバチッ。
破裂音のような物が響く。
2人を繋ぐ鎖を、突如雷が走った。
「っ!!」
崇影は自ら勢いをつけて鎖を手放し、鎖を鞭のようにトーキスへと投げ付ける。
そのまま地を滑るようにクナイを回収し、再びトーキスへと投げた。
「jinn」
トーキスは動じる様子も無く、自らの周囲に竜巻のような風の渦を纏い、それらの攻撃を退けた。
「なるほどな、何となく分かった。」
崇影から視線を外さぬまま、トーキスが呟く。
そして風の渦を両足に纏わせ、一気に間合を詰めた。
崇影は咄嗟に後退するが、逃げ切れない。
「使いこなせてねーんだ、オマエ。」
その言葉と同時に、トーキスは纏った風の渦を右腕に移し、体重移動と共に一撃を崇影の体のど真ん中へと撃ち込んだ。
「がはっ……!!」
崇影の体が僅かに宙に浮く。
「崇影!!」
七戸が叫び声を上げた。
崇影は、宙で体勢を起こし、何とか両足で着地するが、先程の攻撃が確実に入っていたことは明らかだ。




