16.魔石と三口銃②
「連射は出来ねぇから、一回ごとにハンマーを下ろして撃つ。これが基本だ。古いモデルだからな。多少不便なのは我慢しろ。」
言いながらトーキスさんがもう一度同じ魔石を押すと、魔石から光が消えた。
チャージの途中キャンセルも可能なようだ。
3つ連なった銃口は、シリンダーラッチを解除すると開き、そこに残された薬莢を捨て、新しい弾丸を一つ一つ籠める必要があるらしい。
意外と面倒な武器なんだな…骨董品とも言っていたし、機構が旧型なのだろう。ますます使いこなせる気がしない……
ていうかトーキスさんは何故さも当然のように俺に使い方を説明しているんだ?
これは暗に俺に使えと言っているのか…?
俺が無言でその銃をじっと見つめているとエレナちゃんが笑った。
「七戸、顔が渋いよ!! 一応説明しとくと、今タウラスさんに嵌めてもらった石、これは氷結石と、風来石。氷と風の属性を持つ魔石なんだけど、えーと、これを銃に装着した場合だと…」
「氷結石は、氷の弾…つまり、撃った物を凍らせることが出来る。風来石は風の弾…分かりやすく言うとカマイタチを纏った弾となる。」
途中で言葉に詰まったエレナちゃんに代わり、店長が説明を続けてくれた。
氷の弾と、カマイタチの弾…練習すれば俺が撃てるようになるのか?
ちょっと想像が出来ないけど、この三口魔銃が俺の愛用武器になるんだとしたら……
正直、めちゃくちゃテンションが上がる。
これを使いこなせたら俺…かなりイケてるんじゃないだろうか!?
いや待て俺、冷静に考えろ…使いこなす以前に本当に俺に扱える代物なのか?
店長は混乱する俺に構わず続ける。
「もし君にやる気があるのなら…氷と風が使いこなせるようになったら、別の種類の魔石も試してみるといい。使用法の幅が広く自由度が高いというのが、魔道具の一番の利点だからね。」
「なるほど……」
今は氷と風の魔銃だが、俺次第ではもっと色々な属性を付与することが可能なわけだ。
ますます凄くないか!?
「幸木、勘違いすんなよ、使いこなせる様になった場合の話だからな。使う気もねーなら話は別だ。」
脳内で三口銃を使いこなす自分の姿を想像してわくわくしていた所へ、容赦無いトーキスさんの一言が突き刺さる。
「わ、わかってます……」
「その場合の指導は、誰が行うんだ?」
崇影が店長とトーキスさんを交互に見ながら尋ねる。
「遠距離攻撃のエキスパートという意味でもトーキスが適役だろうね。」
トーキスさんと銃の練習……めちゃくちゃ厳しそうだな。そう思いながらトーキスさんの顔をチラリと見る。
トーキスさんは「指導はしてやるよ。けど…」と俺を指差して軽く睨んだ。
「オマエはそれ以前の問題だ。銃の練習する前に、体幹と体力を鍛えろ。今のままじゃ銃を使いこなすどころか、銃に振り回されて自滅すんのが関の山だ。銃を持つかどうかはその出来栄え次第で決めるべきかもしんねーな。」
「う……」
言い返せない。
カルムの森でも崖から落ちかけたし、洞窟でも転んだり滑ったり…極めつけ自分で撃った発砲の衝撃にさえビビっていた。
「つまり、基礎訓練が必要ということだな。」
崇影が腕を組み、「それなら俺が請け負おう。」と申し出た。
崇影と、基礎訓練……
俺は思わず崇影を見上げた。
洞窟での崇影の戦闘の様子が脳裏に浮かぶ。
あんな動きするやつに、着いていけるのか? 俺…
そもそもコイツ、鷹だし…しかも実はムキムキだし。
「せっかく崇影くんが申し出てくれているんだ、試しに崇影くんに指導してもらうのも良いかもしれないよ。」
店長はそう言って頷く。
「大丈夫だ、七戸。加減は出来る。」
真剣な瞳でじっと俺を見つめる崇影。
そうだよな、何だかんだ言って崇影は俺に優しい。
そう言う意味では最も信用出来る相手かもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて…頼めるか? 崇影。」
俺がそう尋ねると、崇影は珍しく頬を緩めた。
「あぁ。承知した。」
その様子を見ていたトーキスさんが、「ちょっと待て」と口を挟んだ。
「タカ、オマエ…そもそも普通に戦闘出来んのか?」
棘のあるトーキスさんの言葉に、崇影の眉がピクリと動いた。
「どういう意味だ?」
「オマエの戦い方は、一般的じゃねーだろ。何つーか、こう…表舞台の奴の戦い方じゃねぇ。」
「……」
トーキスさんの言葉に、崇影が口をつぐむ。
「てかオマエさぁ…そもそも何者なんだよ? 魔族の仲間とかじゃねぇだろうな?」
え……? 魔族の仲間? 崇影が?
俺は驚いて崇影を見る。
いや、魔族では無いハズだよな。だってコイツは元々鷹だったわけだし。
それに、確か魔族は魔道具を作り出せる種族で、悪い種族ってわけでも無いのかと思っていたんだが、トーキスさんの口振りだと、やはり魔族=悪者なんだろうか…?
正直、戦闘についての知識なんて皆無の俺には崇影の戦い方のどこが普通でないのかさえよく分からないのだが…
そう思いながら隣へ視線を向けると、崇影の動きが止まっている。
「崇影?」
俺が名を呼ぶと、崇影は一瞬俯いたがすぐに顔を上げ…ゾクリとする程鋭い瞳でトーキスさんを見据えた。
「もう一度言ってみろ……」
そう呟いた崇影の声が震えている。
怒りを押し殺している様子がひしひしと伝わって来る。殴りかかってもおかしくない程のオーラだ。
「何だ、オマエ……良い顔すんじゃねぇか。」
トーキスさんは崇影の様子にたじろぐ様子も無く、口角を上げて軽くそう言い放った。
「ちょっと、トーキス! 誰彼構わず喧嘩売るのは止めなって!!」
エレナちゃんが慌てて2人の間に入るが、トーキスさんは全く意に介しない様子で言葉を続ける。
「感情も無ぇ、慈悲もねぇ、おまけにあの暗器みてぇな武器……正直俺はコイツを信用出来ないね。魔族のスパイかもしんねぇだろ。しかもグリーズ? 誰の魂取って食ったのか知らねぇけど、やってることが狂ってんだよ。」
「ちょっ…トーキスさん!」
あまりの言葉に俺も思わず前に出そうになるが、それを押し退けるようにエレナちゃんが声を上げた。
「言い過ぎだよ、トーキス!」
「うるせぇな、オマエは今関係ねーだろ、口出すんじゃねぇよ」
トーキスさんは崇影を見据えたまま、エレナちゃんを一蹴する。
「タウラスさん!!」
エレナちゃんがタウラスさんに懇願するように助けを求めた。
店長は腕を組み、目を細めて2人の様子を見守っている。
止める様子も、声を掛ける様子も無い。
どうして店長は2人を止めないんだ…?
「貴様…口だけは随分達者だな……」
崇影は低い声で腹の底から絞り出すように呟いた。
「あぁ? なんだ、図星か? オマエが取り込んだ魂も、案外オマエが自殺に追い込んだ相手だったりしてなぁ?」
「っ!!」
ブチン、と崇影の血管の切れる音が聞こえた…気がした。
次の瞬間、崇影は身を低く構えてトーキスさんの懐へと飛び込んでいた。
握った拳をトーキスさんへ向けて放つ崇影。
だが……
「甘ぇな。」
トーキスさんは素早く身を翻して崇影の拳を躱し、その勢いを利用して崇影の脇腹に肘鉄を見舞った。
「…ぐっ…!!」
崇影が数歩、後退る。
「崇影!!」
駆け寄ろうとした俺を、店長が手で制した。
「店長!! 止めてください。」
俺の言葉に、店長は微笑んだ。
「止める必要は無い。彼らの気の済むようにさせてやろう。」
え…… 何で?
意外すぎる言葉に、俺の頭が混乱する。
隣に立つエレナちゃんも、不安そうに店長を見上げている。
「咄嗟に直撃を避けたな…面白ぇ、その速さは流石鷹だと褒めてやるよ。」
楽しそうなトーキスさんとは対照的に、崇影は脇腹を押さえてトーキスさんを睨みつけている。
店長がパチン、と1つ手を叩いた。
トーキスさんと崇影が店長の方へ顔を向ける。
「2人とも喧嘩は結構だが……商品を壊されては困る。外でやってくれるかな。」
「来いよ、タカ。相手してやる。」
「…承知した。」
トーキスさんの呼び掛けに応じて、崇影はトーキスさんと共に店を出ていく。
「おい、待てよ! 崇影!!」
俺の声は届かない。
「さてと…我々は高見の見物といこうか。着いておいで、七戸くん、エレナちゃん。」
楽しそうな店長の言葉。
高見の見物、って……
俺とエレナちゃんは顔を見合わせる。
「心配せずとも、もしもの時は私が責任を持って2人を止めると約束しよう。」
そう言って、店長は人差し指を唇に当ててウインクをして見せた。
……イケメンすぎる。羨ましすぎる。
いや、そうじゃなくて。大丈夫なのか? この状況……




