33.命の重み
部屋には俺と崇影の2人きりが残された。
しん……と部屋が静まり返る。
崇影は、椅子に腰掛け開いた両足の膝の上に肘を着いて両手を組み、それを額に当てたまま俯いている。
表情は全く見えない。
「あ、あの、崇影……ごめんな。」
俺が恐る恐る声を掛けると、ようやく僅かに顔を上げた。相変わらず感情の読み取れない表情だ。
「崇影が来てくれなかったら、俺は多分死んでた……ありがとう。崇影。」
「いや……俺は元より、お前を守るつもりでいる。礼は不要だ。ただ……」
静かにそこまで告げると、崇影はそこで一旦言葉を切り、大きなため息を吐いた。
……なんだ?
俺が続きの言葉を待っていると、崇影は急に顔を上げて俺を睨みつけた。
「!?」
俺は思わずビクッと肩が上がる。
今まで見たことのない、崇影の怒りを顕にした表情。
その眼光だけで心臓が止まりそうな程の迫力だ。
崇影は、我慢ならない様子で俺の胸ぐらを掴み上げた。
恐ろしい形相の顔が間近に迫る。
こ、怖い怖い怖い!!!
「何故もっと早く俺を呼ばなかった!? 何かあれば呼べと言ったはずだ!!」
「え、えぇ……と……ご、ごめ……」
あまりの迫力に俺の思考は停止し、言葉が出てこない。
「フザケたことしてんじゃねぇぞ!! このド阿呆!!」
「……!!」
崇影の叫び声が部屋中に響く。
「危険な場所だと知らなかったで済む問題じゃねぇだろうが!! モンスターの餌になりてぇのかテメェは!!」
「た、崇影……」
「死んでもおかしくない状況だった!! 分かってんだろうな、七戸?」
「は、はい……」
俺は何も言い返せず、下を向く。
崇影の言う事はごもっともだ。返す言葉もない。
「すみませんでした……」
思わずそう謝ると、崇影は再び小さなため息を吐き、ようやく俺の服から手を離す。かと思うと、また俯いてしまった。
初めて見る、感情を露わにする崇影の姿に俺はどう声を掛けて良いのか分からない。
オロオロとしていると、崇影は小さく何かを呟いた。
「え?」
なんと言ったのか聞き取れず、俺は崇影の方へ体を近づける。
すると、突然顔を上げた崇影に、思い切り抱き寄せられた。
「!?」
何だ!? この状況は!?
さっきまで、俺はコイツに怒鳴られていたはずなんだが…!?
背中に回された手に僅かに力が入る。
「お前が、七戸が……死ななくて良かった。」
今度は耳元でハッキリと聞き取れた。
先程までの様子とは真逆の、今にも泣き出しそうな声だった。
「た、崇影……?」
俺は崇影の肩へ腕を回し……気付いた。
その肩は震えていた。
こんなに……コイツはこんなにも俺のことを心配してくれていたんだ、とようやく気付く。
「崇影、マジでありがとう……心配かけて、ごめんな。」
「俺の命を救ったのはお前だろう、七戸。そのお前が容易に命を投げ出すな……」
「そんなつもりじゃ……」
「すまない、七戸。八つ当たりだと自覚している。だが……俺はもう二度と、大切な存在を失いたくはない。」
『もう二度と大切な存在を失いたくない』……?
まるで、過去に誰か大切な人を亡くしたかのような口ぶりだ。
だとすれば……崇影がここまで取り乱した理由も、震えるほど怯えている理由も、納得がいく。
そうだ、最初に出逢った時、コイツは全身に致命傷を追っていた。何か……俺には想像もつかないような凄惨な経験をしているのかもしれない。
そう感じ、俺はしっかりと崇影を抱き留めた。
「分かったよ、崇影。俺は今後、危険な目には合わない。……いや、言い切ることは出来ないけど、この島の知識も増やすし、何より、すぐに崇影を呼ぶ。」
強めにそう言い切ってみる。
すると、ようやく崇影は俺の体から腕を離して顔を上げ、俺と視線を合わせた。
「あの時……崇影には俺の声が聞こえたのか?」
「いや……声までは聞こえないが、呼ばれれば感じ取ることは出来る。」
つまり……距離が遠くても、俺が呼べば崇影には何かしらのサインが届くということか。
それが『波長が合えば通ずることが出来る』ってやつなんだろうか?
俺が出掛ける前に崇影は「困ったら呼べ」と告げた。
つまりコイツは、離れていても俺の呼び掛けに応じることが出来ると最初から分かっていたのかもしれない。
「何にしても、今回俺はあんたに命を救われた。崇影が俺に命を救われたって言うんなら、これでお互い様だな。」
そう言って笑ってみた。
崇影は一瞬キョトンとした顔をしたが、理解したのか、ふっと微笑んだ。
「あぁ、そうだな、七戸。」
「お互い、簡単には死ねなくなったな!」
俺がそう言うと、崇影はようやく安心した表情を見せた。
◇◇◇
その日の夜―……
タウラスがダイニングの片付けをしていると、裏口が開き、トーキスが姿を現した。
「あぁ、お帰りトーキス。急なお願いをしてすまなかったね。おかげで七戸くんは無事だよ。」
そう言って微笑むタウラス。
だが、トーキスは不満そうな顔で「あぁ……」とだけ答え、肩に担いでいた獣の屍を乱暴にドサリと床へ下ろした。
2メートル程度の真っ黒なイノシシだ。
それから、いくつかの鉱物を机に並べる。
「これはまた、珍しい大物を仕留めたね。」
「コイツ、見た目の割に美味いからな。せっかくネブラまで出向いたんだ、それなりの成果は必要だろ。」
トーキスの言葉にタウラスは「君らしいね」と笑う。
ネブラの洞窟に生息する生き物の中にも、食用になる種類は存在する。
ただし、毒を持っていたり、確実に急所のみを貫かなければ黒霧となって消えてしまったりと、収穫は困難を極める、というのがこの島の常識だ。
つまり、この黒イノシシ……正しくはブラボアという種の生き物なのだが、これはかなりレア度の高い食材だ。
「捌けるよな?」
「あぁ、問題無いよ。七戸くんの体力回復のためにも、腕を振るうとしよう。」
タウラスの言葉にトーキスは満足気に頷き、ドカッとダイニングの椅子に座ると
「それよか…………」
と切り出した。
「タカは一体何者なんだよ? 鳥に変化するなんて聞いてねぇんだけど。人間じゃなかったのかよ?」
腕を組み、不服そうにタウラスに詰め寄る。
「あぁ……そうだったね、すまない。隠していたつもりは無かったのだが……」
タウラスはそこで一旦言葉を切り、
「彼は、灰色種だよ。」
と答えた。
「ハァ!?」
トーキスは目を見開き、椅子にもたれていた体を起こす。
「灰色種だと!? オマエ、グリーズを嫌悪してたんじゃねーのかよ? 何で居候までさせてんだよ。」
「そうだね、その反応は尤もだ。ただ……彼は他のグリーズとは何かが違うと感じている。まぁ、グリーズ誕生の瞬間に立ち合いながら、それを阻止出来なかったからというのも、理由の1つなのだがね。」
「なるほどな……っつーか、誤解してるみてーだから言っとくが、殺される寸前だった幸木を魔物から助けたのは俺じゃねぇよ。」
トーキスの言葉に、今度はタウラスが少し目を見開く。
「それは……どういうことかな?」
「タカの奴、俺が手を出すより先に巨大蜘蛛をぶっ潰しやがった。そりゃーもう、引く程容赦無いやり方でな……」
「崇影くんが?」
「あぁ。アイツが鷹のグリーズだっつーんなら、俊敏なのは理解出来る。けどよ、アレは普通じゃねぇよ。暗器みてぇなモンまで使いこなしてやがった。」
タウラスは口元に手を当て「なるほど、そういうことか……」と納得した様子で呟いた。
崇影が七戸を店まで運んで来た際、七戸を運ぶために包んでいた布が崇影の着物だということは分かっていた。ただ……1つ、タウラスには腑に落ちないことがあった。
何故崇影の着物が返り血で染まっているのか。
その色から、七戸の……人間の血液で無いことは明らかだった。だが、トーキスがモンスターを倒したのだとすれば、崇影がそこまで汚れる説明がつかない。
「やはり、彼は元々ただの鷹では無かったということか……」
「だろうな。アイツ……危険なんじゃねぇか?」
「いや、危険な存在だったとしても、今は七戸くんが彼の行動の中心となっている。七戸くんが誠実である限り、下手な行動には出ないだろう。もう少し様子を見るとしよう。」
落ち着いた口振りでそう答えたタウラスに、トーキスは「そう言うとは思ったけどな」と軽く答えた。
「ま、下手に外に出すよか、タウラスの監視下にいた方が安全だろうしな。」
「そうだね、万一の際は、私が何とかする。」
「一番怖えのはオマエだな、タウラス。」
肩を竦めるトーキスに、タウラスはにっこりと微笑んだ。




