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オルタンシア島滞在記〜特異体質の治し方〜  作者: 風見アシラ
第一章 オルタンシアへようこそ
31/66

13.ネブラの洞窟⑥

 

 ◇◇◇


七戸(ななと)!!」


 崇影(たかかげ)の声が聞こえた気がした。

 いや、そんなハズはない。

 最期に幻聴まで聞こえるなんてな……


「ギャァァァ!!!」


「え?」


 耳をつんざく様なモンスターの悲鳴に、俺は瞑っていた目をそっと開いた。

 俺を食い千切らんとする勢いで開かれた巨大蜘蛛の口が目の前にある。

 だが、動かない。


「……え?」


 何だ? 時間が止まったのか?

 いや、巨大蜘蛛の口の周囲にある触角は蠢いている……

 巨大蜘蛛が無数の足をバタつかせながら後退したため、ようやく視界が開けた。

 巨大蜘蛛の5つある目玉のうち、4つが潰されているのが確認出来た。

 1つは俺が投げたナイフが刺さったままだが、残りの3つは今まさに潰されたばかりなのだろう。赤黒い液体が噴水のように派手に噴き出していた。


 一体、何が起きたんだ?


 とりあえず、まだ俺は生きている。だが、状況が全く理解出来ない以上安心も出来ない。

 巨大蜘蛛はもがきながら方向転換をして……上に向けて針を飛ばした。


 何だ? 天井に何かいるのか……?


 バサッ、と聞き覚えのある羽音が響いた。

 ひらひらと目の前に落ちて来た、茶と白の入り混じった鳥の羽。

 これって…まさか!!


 俺は慌てて羽根の落ちて来た方を見た。

 大きな1羽の鷹が針を避けながら飛んでいる。


「崇影!?」


 巨大蜘蛛の針の噴射が止まった、一瞬の隙。

 崇影は身を翻し、急降下。

 人間へと姿を戻しながら落下して…その勢いのままに、蜘蛛の残る1つの目玉へと()()を突き立てた。


 「ギャァァァアアア!!!」


 蜘蛛が地を揺らす程の悲鳴を上げ、残る1つの目からも赤黒い液体が噴出した。

 耳を塞ぎたいところだが、俺は今も蜘蛛の糸に囚われていて動くことが出来ない。

 全ての目を潰された蜘蛛は逆上した様子で上に乗っている崇影を振り落とそうと暴れ出した。


「崇影!!」


 このままじゃ崇影がふっ飛ばされる!

 そう思ったのだが、崇影は動じる様子もなく、突き立ていた刃物―…クナイのような形状の小刀に見える物を引き抜くと同時に、上へと飛び上がり……

 右袖から何かを飛ばした。

 ジャラジャラと金属音を立てて伸びる…鎖分銅だ。

 あんな物 隠し持っていたのか!?

 崇影の袖から放たれた長い鎖が、蜘蛛の全身へと引き寄せられていく。

 そのまま鎖は蜘蛛に巻き付き……崇影は鎖の端を握った右手を、勢い良く引いた。


 ギチギチギチッ……


 鎖が蜘蛛の体に食い込み、蜘蛛は口を開けることも叶わず、その場でブルブルと痙攣をしている。


「う〜わ〜マジかよ…アイツ、エグい戦い方すんなぁ……」


 突然岩の向こうから声がした。

 この声は……


「トーキスさん!?」

「あぁ、生きてんな? 幸木(さちのき)。間に合ったみてぇだな……」


 岩陰から顔を出したトーキスさんが、俺の姿を見て「ギリギリじゃねぇかよ」とため息を吐いた。

 俺の前に屈み、蜘蛛の糸へと手を翳す。


will o'(ウィル オ) the wisp(ウィスプ)」 


 トーキスさんがそう呟くと、トーキスさんの手から光の珠がいくつも生まれ、俺を捕らえていた蜘蛛の糸を溶かし始めた。


 た、助かった……。


「あっちは、手伝う必要ねーな……」


 トーキスさんの言葉に、崇影の方へと視線を向けると、崇影の放った鎖に絞められた蜘蛛は口からぶくぶくと泡を吹き、動かなくなっていた。

 崇影は無表情のまま再び蜘蛛の上へと飛び乗り、右手のチェーンをさらに引き締めながら、左手に持ったクナイを蜘蛛の体のど真ん中に突き立て、そのまま真っ二つに引き裂いた。


「っ!!」


 そのあまりに凄惨な光景に、俺は思わず顔を背けた。

 崇影、すげぇ…っつーか、怖すぎる……


「幸木、顔背けてんじゃねーよ。あと一歩遅けりゃ、お前がああなってたかもしんねーんだぞ。」


 トーキスさんに強い口調で言われてハッとした。

 そうだ、その通りだ……

 崇影が来なければ、俺はあのまま巨大蜘蛛に生きたまま食べられていた。

 今更体がガクガクと震えだす。

 そんな俺の様子を見て、トーキスさんが大きなため息を吐いた。


「ったく、オマエは何でこんな危ねぇ場所にいんだよ? 図書館と温泉に行くんじゃ無かったのかよ?」


 そう言いながらも、トーキスさんは俺の腕や足の傷口に手際よく布を巻いてくれている。

 向こうから、蜘蛛の返り血に染まった崇影がこちらへ歩いて来るのが見えた。


「俺……炭苔(すみごけ)鍾乳(しょうにゅう)石晶(せきしょう)を採って帰ろうと思って……」

「はぁ? 馬鹿なのかオマエ。戦えねぇクセに1人でネブラに入る奴なんざ聞いたことねぇよ。」


 トーキスさんにそう言われ、改めて自分が無知すぎる事を思い知らされる。

 知らなかった…ネブラの洞窟がそんな危険な場所だなんて。

 鉱石を調べる前に、洞窟について調べるべきだった……なんて反省したところで後の祭りだ。


「まぁいーや。オイ、タカ、お前は幸木連れてすぐにドラセナへ帰れ。悪いが俺は回復系の魔法は使えねぇ。さっさとタウラスに診てもらった方が良い。」


 近くまで来た崇影にトーキスさんがそう指示を出す。


「……承知した。」


 崇影は、何か言いたげに俺を一瞥してからトーキスさんに2つ返事で答える。


「トーキスさんは帰らないんですか?」


 今の口ぶりだと、一緒に帰るつもりでは無さそうだ。


「あぁ、俺はもう少しこの洞窟で色々採ってから帰る。せっかくここまで来てトンボ帰りじゃつまんねぇからな。」

「危険だ。」


 崇影がすぐにそう返すが、トーキスさんは笑った。


「ご心配どーも。悪ぃけど、オマエらと一緒にすんじゃねぇよ。」


 そう話すトーキスさんの背後に、何か動く影が見えた。

 また別のモンスターだ。岩のすき間から数匹、サソリのような形状の茶色の生き物……


「トーキスさん、後ろ!!」


 と俺が言うよりも早く、トーキスさんは5本の矢を番え、そちらへ矢先を向けていた。


salamander(サラマンダ)


 呟くと同時に矢を放つ。

 5本も一気に…!? そんなの、当たる訳が…

 と思ったのも束の間、トーキスさんの放った矢は まるで吸い込まれるように全てサソリの体のど真ん中へと突き刺さった。

 すげぇ……


「この程度のモンスターなら、何匹束になって来ようが俺を倒すことは出来ねぇよ。」


 嘲笑うように言うトーキスさんの背後で、先程のサソリ達が炎上しているのが見えた。

 魔法…いや、精霊召喚なのか? 炎の周りで微かに光の珠が踊っているようにも見える。

 燃やされたサソリは跡形も残らない。周囲の赤苔は炭化もせず、綺麗なままだ。

鮮やかだな…戦い慣れていることがよく分かる。


「分かったならオマエらはさっさと帰れ。狩りの邪魔だからよ。」

「……承知した。」


 崇影は小さくなった俺の視線に合わせるように目の前に屈んだ。


「七戸、怪我をしているのか。」

「あ、あぁ…何箇所かやられちまって。」

「そうか。」


 崇影は顎に手を当て少し考える仕草をしたが、おもむろに着ていた着物を脱いだ。

 黒いタートルネックのインナー越しに、鍛え上げられた筋肉が見える。コイツ、細いんだと思ってたけど…意外と筋肉質だったんだな……

 そもそも鳥は胸の筋肉が強いんだっけ? などと場違いな事を考える俺の前に、崇影は脱いだ着物を広げて置いた。


「七戸、汚れていてしのびないのだが、この上に乗ってくれ。子どもの(その)姿ならばお前を持ち上げて飛行が可能だ。」

「崇影……ありがとう」


 つまり、着物を風呂敷代わりに使用して俺を持ち上げて飛ぶ、と言うことだろう。

 この体質が役に立つ日が来るとは思わなかったけど…今は崇影の言葉に従うのが賢明だろう。

 俺は言われた通りに崇影の着物の上へと何とか移動した。

 モンスターが目の間に居たときは恐らくアドレナリン大量放出で痛みの感覚が鈍くなっていたのだろう。今になって肩やら腕やら足やら、いたる所が痛くてたまらない。


「極力揺らさないよう心掛ける。」


 そう言って、崇影は鷹へと姿を変えた。

 やっぱり、姿は自由に変化させられるのか……

 俺を包んだ着物を両足で掴み、ゆっくりと持ち上げると、崇影は洞窟の出口目掛けて羽ばたいた。

 バサバサと翼をはためかせる音が数回響き、上昇が止まったかと思うと、静かに真っ直ぐに飛行する。

 着物の隙間からそよぐ風が気持ちいい。

 残念ながら俺の位置から景色は見えないが、太陽光らしき光が布越しに感じられることから、すぐに洞窟を抜けたのだろうということは分かった。

 

「崇影、ごめんな……」


 そう声を掛けてみたが、風の音で遮られ、崇影の耳には届かなかったかもしれない。

 静かに飛行する崇影から返事は返ってこなかった。 

 

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― 新着の感想 ―
良いですねぇ…… 浅慮で無垢な若者の厚意か生み出す厳しい現実 善意と理想で世界は回らないリアリティ 成長の下地、土台 先を思うと心がウキウキします トーキスが不器用で優しいのも堪らんね!
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