13.ネブラの洞窟⑤
◆◆◆
「休憩終了した。」
「あぁ、お帰り。崇影くん。」
昼休憩から戻りカウンターへ入った崇影を、タウラスは笑顔で迎えた。
七戸が休みを取り不在のため、ドラセナショップの店員はタウラスと崇影の2人のみ。
店内に客のいない時間は会話もほとんど無く、やけに静かだ。
「ムードメーカーが不在だと、物足りないね。」
小さく笑ってタウラスが言う。
「……同感だ。」
崇影も頷いた。
いつもは七戸があれこれタウラスに質問を投げたり、他愛ない話を崇影に振ったりと、場を和ませていた。
本人にその自覚は無いのだろうが。
カランカラン……
店の扉が開いた。
タウラスと崇影は同時に入り口へと視線を向ける。
「あ〜…今帰った。」
2人の視線を受け、居心地悪そうにそう言いながら店内へと入って来たのは、トーキスだった。
怪我こそないものの、服がひどく汚れている。
「お帰り、トーキス。今回は随分早かったね。」
「セイロンに会えたからな。」
「それは良かった。七戸くんのおかげだね。満足出来る結果を得られたのかな?」
タウラスの問い掛けに、トーキスはチッ、と舌打ちをした。
「んなワケねーだろ。何度やってもぶっ飛ばされて終わりだ。全っ然面白くねぇ!!」
「森の中で、主に攻撃は当たらないのでは無いのか?」
崇影がそう口を挟むと、「んなこたぁ知ってんだよ!」と吐き捨てた。
「ならば、何故……?」
崇影は理解出来ない様子で少し首を傾げている。
「崇影くん、それぞれ、色々と事情があるんだよ。」
「そうか。」
タウラスにそう諭され、崇影は素直に頷いた。
理解は出来ないが、理由があることは把握した、と言った様子だ。
「そーいや、幸木は? 姿見えねーけど、配達にでも行ってんのか?」
「いや、今日は七戸くんには休みを取ってもらっているんだ。図書館と温泉へ行くと言っていたよ。」
「ふーん…外出中か。図書館と温泉とはまた物好きだな……あいつ、またどっかで足踏み外して怪我して帰って来るんじゃねぇの?」
笑って言いながら、トーキスはお馴染みの革袋から仕入れ品の木の実やらボトルやらを出してカウンターの上に並べていく。
崇影は無言でそれを眺めていたが……
「!!」
突如、勢いよく顔を上げた。
「崇影くん? どうしたんだい?」
「七戸……」
小さくそう呟くと、崇影は慌てた様子でカウンターを飛び出した。
そしてそのまま、店のドアを勢いよく開け放ち、外へと駆け出す。
「崇影くん!?」
タウラスの声は届いていない様子だ。
「おいおい、何なんだよアイツ…仕事放棄かよ。」
呆れたようにため息を吐いたトーキスに、タウラスが神妙な様子で声を掛ける。
「トーキス、すまないが、1つ頼まれてくれないか?」
「あぁ?」
「急ぎ、彼を追ってくれ。君なら追いつけるだろう?」
「マジかよ…帰ったばっかだっつーのに!!」
そう悪態を吐きながらも、トーキスはすぐさまドラセナショップを飛び出した。
店を出て周囲を見渡すと、数メートル先に崇影の背中が見える。
トーキスは全速力で駆け出した。
◇◇◇
相手が人間なら、ある程度のスピードで走りゃ簡単に追いつける。
そう高をくくっていた。
だが―……
前方を走るタカは、突然身を低く構えたかと思うと思い切り踏み込んで高く上へと飛び上がった。
アイツ何やってんだ?
と思った次の瞬間。
タカの両腕が翼に変化した。そのまま体の形も変貌し……
あぁ? ありゃ鳥じゃねぇのか?
明らかに人の形ではない。
大きな翼を持つ、飛行に特化したその姿は間違い無く鳥…鷹だ。
なんなんだよ、アイツ。
幸木と同種の人間じゃなかったのか?
鳥だなんて聞いてねーんだけど。
つーか……大型の鳥相手に普通に走って追いつける訳がねぇ!!
俺は速攻で精霊召喚の呪文を唱えた。
『sylph』
周囲に緑の光が集まり、全身を風が包む。
風の精霊シルフ達、頼んだ。
俺は大地を強く踏み込み、風の精霊の流れに乗った。
速度が一気に上がる。
風になるっつーのはまさにこの事だ。
これなら相手が鳥だろうが余裕で追いつける……ハズなんだが。
前方を飛ぶ鷹のスピードは異常だった。
距離が縮まない。近づけない。……んな馬鹿な。
こっちはシルフ従えてんだぞ、どんなスピードで飛んでんだよ、あの鷹野郎。羽根千切れんじゃねえのか。
全力で走って、差が広がらないように着いていくのが限界だ。信じらんねぇ。アイツ普通じゃねぇよ……
そもそも何で人間から鷹に変化したんだよ、そっからもう異常だろうが。
くっそ、わけわかんねぇ、気に食わねぇ……
後でタウラスに問い詰めるっきゃねぇな……
タカは、スピードを緩めることなく真っ直ぐに迷いなく飛んでいく。まるで何かに導かれているかのように。
どこに向かってんだ…?
この方角って、まさか……
悪い予感が過る。
この先にあるのは、魔物の巣窟『ネブラの洞窟』だ。
何のために?
この島の者なら、あんな危険な場所にわざわざ出向かない。それをこれだけのスピードで直行するってのは……
そこまで考えてピンときた。
幸木の野郎だな。
図書館と温泉に向かったっつー話だった。
大まかな方角はネブラと同じだ。
何でネブラに入ったのかは不明だが、誤って洞窟に入り、迷子にでもなっているのかもしれない。
しかし、タカは……それに気付いたのか?
野生の勘だとでも言うのか?
いや、ウダウダ考えても意味は無い。
幸木がネブラにいるんだとすれば、それは無謀を極めている。
アイツ、戦えねぇだろ…しかも、すげぇ抜けてるし。死体を回収すんのはさすがに勘弁だ。頼むから無事でいてくれよ―……
前方のタカは、やはり真っ直ぐにネブラの洞窟へと侵入した。躊躇いは見られない。
急がなければ。手遅れになる前に……!
数分遅れて、俺も洞窟へと差し掛かる。
ドラセナの商品収穫のために何度も訪れているため、洞窟内の地形はだいたい把握している。
ここで追いつければ良いんだけどな……
そう思うが、未だタカのスピードは衰えない。
…と、突如方向を転換し、下降する様子が見えた。
目的物を見つけたのか?




