13.ネブラの洞窟④
こんなもん、どう避けろってんだよ…無理ゲーだろ!!
いくら魔鏡が守るっつっても、こんな数の攻撃、凌げるわけが……
ズルッ!!
突如、魔鏡が重くなった。
俺は前のめりにバランスを崩してつんのめり…その場にベシャリと顔から倒れた。
な、なんなんだよ、一体…!?
飛んできた針が俺の頭上を勢いよく通過していく。
そうか、体勢を低くすれば回避が可能だと魔鏡が教えてくれたんだ。
すげぇな…絶対無理だと思ったのに。って言っても、早く次の攻撃に備えないとこのままでは狙い撃ちだ。
急いで立ち上がった俺の右足のふくらはぎに、急激に痛みが走った。
「っ!!」
遅れて届いた針が掠ったらしい。直撃ではないだけマシだが、相当痛い。血が滴る感触がある。
すぐにでも止血したいが、今はここに留まってはいられない。
「くっそ!!」
俺は痛みを無視して走り出す。
目標の岩まであと少しなんだ。そこまで行けば、一先ずあの岩が盾代わりくらいにはなるはず。
必死で足を動かし、何とか岩の裏側へと滑り込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
気付けば相当息が上がっている。洞窟内は湿気が多く、余計に息苦しい。
岩に隠れることは出来たが、ここからどうする?
これ以上奥に行けば、もっとヤバいモンスターが出てくるかもしれない。帰り道が分からなくなれば洞窟から出ることも出来なくなる。
…一瞬、ここで白骨化する自分の姿が脳裏を過った。
いやいやいやいや!!
それはダメだ。絶対この洞窟を離脱する。
そんで、収穫した鉱物を店長に届けるんだ。
カサカサカサ……
背後から、何かが擦れるような音がした。
何だ……?
岩の下へ視線を向け…
「ヒィッ!?」
思わず情けない声が上がった。
そこにいたのは、先程の蜘蛛のモンスターをそのまま小さくしたような姿の蜘蛛達。それも一匹ではない。
ざっと10匹程度だろうか。
俺の足元を囲むように這い回っている。
小さい分、さっきのやつ程の攻撃力は無さそうだが、放っておくわけにはいかない。
俺は咄嗟に足元の一匹にナイフを突き立てた。
「ギャッ」と小さく悲鳴を上げ、蜘蛛は黒霧となって消える。
よし、このサイズなら倒せる!
そう判断し、俺は次の蜘蛛目掛けてナイフを振り上げた。
ビュッ!!
「!?」
狙った蜘蛛が、何かを吐き出した。白い…だが、針ではない。ビチャッ、と振り上げた右手にそれが纏わりついた。
「蜘蛛の糸……」
そう、それはまさしく蜘蛛の糸だった。
しかも異様に粘着性と弾力があり、外そうとしてもなかなか外れない。
俺の右手は、ナイフごと蜘蛛の糸に絡まってしまったのだ。
厄介な攻撃してくるな、コイツ……
何とか糸を外すが、他の蜘蛛達も次々に俺目掛けて糸を吐き出し始めた。
逃げ出したい所だが、岩陰を出れば巨大蜘蛛の餌食になる……それよりは、何とかコイツらを蹴散らす方が現実的だろう。
俺は思い切って足で蜘蛛を踏みつけた。
グシャッと嫌な感触が足に伝わる。
潰れた蜘蛛は黒霧と化して消える…もうこれで倒すしかない!
俺は飛んでくる糸を払い除けながら、周囲の蜘蛛達をひたすら踏みつけた。
踏みつけるのに必死になりすぎて…巨大蜘蛛の様子に気を配ることを忘れていた。
突如飛んできた針が、俺の太ももを捕らえる。
「痛っ―!!」
岩陰から覗くまでもなく…すぐ向こうに巨大蜘蛛の姿が見えた。
追いつかれた!!
巨大蜘蛛は俺目掛けて近距離で針を飛ばす。
ヒュンッ!!
そのうちの数本が俺の上半身直撃コースで迫ってきた。
ヤバイヤバイヤバイ!!
もうダメだ―!!
ガキィン!!
堅く目を瞑った瞬間、硬質な音が響き…続いて「パキィィン」と何かが割れる音。
体に走る衝撃。俺の体は後方にバランスを崩し、そのまま尻もちを着いた。だが、感じる痛みは左腕と右肩の2か所のみ。直撃するはずの腹部への痛みは無い。
何が起きた……?
目を開けると、チェーンの切れた魔鏡が宙を舞っていた。
コンパクトの蓋は完全に砕かれ、見るも無残な姿になっている。
俺を守って、壊れたのか……
目の前を落ちていく魔鏡。その露わになった鏡に、キズだらけで絶望的な顔をした俺が写った。
しまった、こんな時に……!!
そう後悔してももう遅い。
俺の体はあっという間に子どもの姿へと変化する。
即座に体勢を直そうとして……右手が動かない。
手元を見ると、倒し損ねた子蜘蛛達が、吐き出した糸で俺の手を地面に縛りつけていた。
マジかよ、コイツら……!!
俺は必死で糸から逃れようともがく。しかし幾重にも張られた糸は見た目以上に強固で、伸びはするが切れない。
俺はこれ以上拘束されないよう、まだ糸の餌食になっていない両足で残りの蜘蛛を踏み潰しながら無理矢理立ち上がった。
思い切り腕を引っ張ってみるが、糸は伸びるばかりで切れない。
1本なら簡単に外せたのに!!
目の前には巨大蜘蛛の姿。
状況は絶望的だ。
『困った時は、俺を呼べ』
脳裏に、崇影の言葉が蘇った。
「崇影―!!」
聞こえる筈もない。叫んでも意味はない。
そんなことは分かっている。
それでも、何か縋る物が欲しかった。
巨大蜘蛛が再び口から白い物を噴射した。
先程までの針とは様子が違う。
もっと量が多く、放射状に大きく広がる…網だ!!
逃れたいが、手は糸で地面に繋がれ、子供化し…体が言う事を聞いてくれない。
ベチャッ、と粘着性のある音と共に、俺の体は網に捕らえられた。
顔への直撃を免れたのは不幸中の幸い…と言えるだろうか? 顔面に食らっていたら、呼吸が出来ずに窒息死だろう。
けど。
ぶっちゃけこんなの、死に方が変わるだけだ。
集まった子蜘蛛の糸でさえ切れなかったのに、明らかに太い親蜘蛛の糸から脱出出来る筈もない。
―完全に、詰んだ。
このまま食われるのか、針で全身串刺しにされるのか……どちらにせよ、ろくな死に方はしないだろう。
知識も無い癖に変にいい所見せようとした末路がこれだ。俺はどこまで馬鹿で間抜けなんだ……
神様がいるなら、時間を巻き戻してほしい。
もう一度、昨日の夜からやり直したい。
巨大蜘蛛がゆっくり俺に近づいて来る。
俺が逃げられないことが分かっているため余裕があるのだろう。
口元の白い無数の触角がじりじりと迫ってくる……
はっきり言ってめちゃくちゃ気色悪い。
……俺が逃げない獲物だから、このまま食うつもりなのかもしれないし、突然針が飛んでくる可能性もある。
恐怖で頭がおかしくなりそうだ……
巨大蜘蛛が大きく口を開けた。
あぁ……終わった。
俺は全てを諦め、目を閉じた。




