13.ネブラの洞窟③
とにかく今はこの洞窟から早々に脱出しよう。
これ以上あんな怖い思いをするのはごめんだ。
俺は転ばないよう気をつけつつ、来た道を戻る。
服はドロドロだし、泡を食らった足と肩はじんじん痛い。散々だ……
早く温泉へ浸かってゆっくり落ち着きたい。
炭苔と鍾乳石晶も無事に収穫出来た。
少しは店長の役に立てただろうか? リネットちゃんは喜んでくれるだろうか……
そんなことを考えながら足を踏み出した、その地面の感触が妙なことに気付いた。
ぐにっ。
弾力がある。洞窟内はほとんどが岩で出来ており、苔や藻によって多少柔らかい地面や泥のたまっている部分もあるが、この感触は明らかに違う。
……嫌な予感がした。
俺は慌てて踏み出した足を巻き戻し、数歩後ろに下がった。
今…俺は何を踏んだんだ?
恐る恐る懐中電灯で足元を照らす。
よく見れば、そこだけ紫色に盛り上がっている。
その紫の山が、ズズズズズ…と嫌な音を立て動いた。
山は徐々に大きくなる。
地面の下に潜っていたのか…どうやら、そこは泥溜まりになっていたらしい。
これは、かなりデカい。
さっきの蟹の比ではない……
俺は急いで踵を返し、来た道へダッシュした。
洞窟の奥へ向かう方角だが、この際、背に腹は代えられない。
全貌が現れるより前になるべく逃げて隠れて、再びこのモンスターが泥の中へ戻るのを待つ。それしかない。
しかし、相変わらず足場は悪く、油断をすれば派手に転ぶ。スピードが上げられない……
必死に逃げる俺の背後から、シュンッという鋭い音がした。
「なんっ…!?」
振り返った俺の左頬を、何かがかすめた。
その直後に痛みが走る。
頬を伝う、生温かい感触……
手で触れるとぬるりとした。赤い…血だ。
頬が切れている。
俺は視線を上げて敵の姿を確認した。
数メートル先に姿を現したのは……巨大な蜘蛛のようなモンスターだった。体長は3メートル以上はあるだろう。
今度はさっきの蟹とは対照的に、真っ赤に光る目が5つもある。毒々しい紫の体で、腹の下だけが真っ黒だ。
なんなんだよ、コイツ…さっきの攻撃は一体……?
あまりの迫力とデカさ、気色悪さで、俺の頭は混乱している。足は震え、脈がどんどん早くなる。
とても平常心など保っていられない。
何とか逃げようと足を動かすが、恐怖心のせいで思うように体が動いてくれない。
くそ、逃げないと。逃げないと…!
蜘蛛は5つの目を不気味に光らせて接近してくる。
ヤバい。隠れる余裕も無い……
そうだ、さっき拾った銃! これで倒せないだろうか?
俺は咄嗟にポケットから三口銃を取り出し、ハンマーを引いてみた。弾は入っているのか? あいつに効くのか?
いや、今悩んでいる暇は無い!
両手で銃を構え、まっすぐ蜘蛛目掛けて引き金を引いた。
バシュンッ!!
軽快な音と共に、弾が銃口から放たれた。
「っ!!」
両肩に重い衝撃が走る。その反動で、狙った位置からは逸れたが、右端の目玉に何とか当たった。
打てた……!!
エアガンではない本物の銃なんて使うのは初体験だ。
銃弾を食らった右端の目玉から、勢いよく赤黒い液体が噴き出した。蜘蛛の血だろうか……
効いている。よし、もう一発。今度は狙いがブレないようにしっかり脇を締めて……
真ん中の目玉目掛けて、トリガーを引いた。
ガチ。カチ。カチ……
あ、あれ??
ハンマーを引き直して、もう一度。
カチ、カチ、カチ……
何度トリガーを引いても結果は変わらない。間抜けな音に、手応えのない引き金。
……弾切れだ。弾は一発しか入っていなかったらしい。
拾い物である以上、一発でも撃てたことがラッキーだったのだろう。
「ギャァァァ!!」
蜘蛛が吠えた。口元で無数の細い触角のような物が蠢き、そこから白い何かが無数に発射された。
「!!」
俺目掛けて真っ直ぐに飛んでくる。
咄嗟に右に跳ぶが…ヤバい、全部は避けられない―!!
そう思った瞬間。
服の中に隠していた魔鏡が、跳んだ勢いで首元からスルリと出てきた。
パシィッ!
と高い音が響き、飛んできた『何か』がペンダントに直撃して、地面に落ちた。それは、真っ白な針のように見えた。
た、助かった……
そうか、確かこの魔鏡は持ち主を守るって話だったはず。
身に着けてきて良かった…これはマジで店長に感謝だ。
これがあれば、多少無理しても無事に洞窟を出られるのでは? という考えが頭を過る。
けど…魔鏡の表面には大きなひびが入っている。
同じ攻撃を食らった場合、あと何発防げるか怪しい所だ。あまり頼るのも危険だな……
とにかく次の攻撃が来る前に避難をしなければ!!
俺はすぐさま走り出す。
奥の岩陰に、1秒でも早く!!
焦りと緊張と恐怖で、もつれそうになる足を何とか動かす。
シュンッ。
背後から微かに音がした。
まさかー……!
走りながら顔だけ蜘蛛の方へ向ける。
嫌な予感的中だ。先程の白い針が再び迫って来ている。




