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オルタンシア島滞在記〜特異体質の治し方〜  作者: 風見アシラ
第一章 オルタンシアへようこそ
27/66

13.ネブラの洞窟②

 

 倒したのか……?


 蟹が撒き散らしていた泡も、弾けるようにして消えていく。

 恐る恐る一歩近づいた時、蟹の体を黒い霧のような物が包みこんだ。


「!?」


 霧は周囲に広がって霧散し…それと同時に蟹の姿は霧に溶けるようにして消えていく。

 そして、黒い霧が包んだ周囲の赤苔(あかごけ)は黒く炭化して炭苔(すみごけ)となり、壁の鍾乳石は鍾乳(しょうにゅう)石晶(せきしょう)へと変化した。


「魔力による、変質……」


 そうか、魔力を吸収して変化するっていうのはこういうことなのか…

 俺は先程まで蟹がいた場所へ戻り、周りを確認した。

 念の為手袋をして触れてみるが、もう溶かされる心配も無さそうだ。

 怖かったけど、これでまた採取が出来る。

 そう思い、ほっと胸を撫で下ろしてから炭苔と鍾乳石晶を袋へ収め……妙な視線を感じて、後ろを振り返った。


「なっ……!?」


 思わず声が出た。

 そこにいたのは、先程の黒い蟹を2倍…いや、3倍くらいに拡大したサイズの個体だった。

 例えるなら多分大型犬くらい。背中の目玉がバスケットボール程度だ。


 さっきのは子供だったのか? 

 俺が倒したから、怒って出てきたのか?


 サイズがデカい分、当然背中の目玉も大きい。

 正直……不気味だ。

 今日の夢に出てくるかもしれないレベルで。


 巨大目玉蟹は、腹からぶくぶくと泡を生み出している。


 さっきのヤバい泡だ。

 一先ず当たらないように回避しないと……


 しかし、巨大蟹の生み出した泡は、先程の小さい蟹の泡のように地面を這って伸びては来ない。


 今がチャンスかもしれない。


 俺は先程より少し大きめの石を拾い上げ、目玉を狙える位置まで移動すると、思い切り投げつけた。


 ヒュンッ!!


 小気味の良い音と共に、石は蟹の目玉にヒットする。


 バシンッ!!


 だが、先程のように簡単には潰れなかった。

 やっぱデカい分堅いのか……

 なら、何発か当てて……


 そう考えて石を拾おうとした、その時。


 バチンッ!!


 足に焼け付くような衝撃を感じた。


 何……!?


 足元を見ると、さっきの蟹の泡が、俺の足元に落ちていた。

 

 え?

 何が起きたんだ?

 巨大蟹の方へ視線を向けると、目の前に泡が迫って来ていた。


「うわっ!!」


 俺は慌てて横跳びに飛んで避け、そのまま地面に背中から落ちた。

 堅い地面で肩を打っため、軽く肩を痛めたかもしれない…けど、今はそれどころじゃない。

 あいつはどうやら生み出した泡を飛ばしているらしい。

 先程泡に触れた俺のふくらはぎは、火傷のようにジンジンと痛みを発している。

 危険すぎる…… 

 とにかく大きめの岩の影に一旦隠れて、可能なら身を隠しながら出口へ向かおう。

 収穫は出来た。もう長居をする必要は無い。

 そう判断し、俺は急いで蟹の視界に入らない位置の岩陰へと身を隠した。


 まさかこんな危険なモンスターのいる場所だったなんて、思いもしなかった。

 知っていたら、1人で収穫に来るなどという危険な計画は立てなかっただろう。


 『無知は時に死を引き寄せる』


 店長の言葉が脳内をリフレインする。

 まさにこの状況のことじゃないか……

 そもそも、炭苔は赤苔が『魔力を吸収して』変質した鉱物。鍾乳石晶も同じくだ。

 それはつまり『魔力の影響を受ける場所』にしか存在しないということ。その時点で、危険な場所なのだと気付くべきだった……

 と、今更後悔してももう遅い。


 とにかく今は神経を集中して、無事にここから脱出することに尽力するしかない。

 蟹は、まだ俺の居場所に気付いていない。

 数メートル先にも大きな岩がある……まずはそこまで見つからずに走る。


 蟹の目玉がこちらを向いていないことを確認し、一気に地を蹴った。

 だが、地面は泥濘(ぬかる)んでいて上手く勢いが付けられない…せめて転倒だけは避けなければ。

 バランスを取りつつ、次の岩影へと急ぐ。

 よし、蟹は気付いていない。このまま―……

 

 ぐるり、と蟹が方向転換をした。


「……やべ!!」


 ギョロリと今にも零れ落ちそうな目玉と視線がぶつかる。完全に見つかった。

 あと一歩だったのに!

 蟹が泡を何発も連射した。

 くそ、とりあえずこの攻撃は凌がないと!

 俺は岩陰に滑り込み、しゃがんだ。

 岩の左右に泡がビシャビシャと飛んで来ては、周囲の壁を溶かす。 

 ジュウジュウと音を立て、俺の前方の岩が溶かされている気配を感じる。

 何とか防いだが、相手に居場所がバレている以上ここにいても危険だ。……どうする?


 泡の噴射が止まったのを確認し、俺は岩陰から少し様子を伺ってみた。

 蟹は動きを止めて泡を放出している。

 そうか、泡を生み出すのと泡を飛ばすのは、同時には出来ないのかも知れない。だとすれば、泡を作っている時に距離を取って攻撃を仕掛ければ、泡に当たらずに倒せる!

 ……けど、何を使って倒す? 石程度では大したダメージを与えられなかった。もっと武器になるものが必要だ……


 武器になりそうなのは、唯一持ってきたこの小さなナイフだけ。これで倒せるだろうか?

 近づいて刺せば倒せるかもしれない。けどそれでは確実に俺が溶かされる。


 ……投げる、しかないよな。

 チャンスは一回。失敗すればゲームオーバーだ。

 刃先が当たらなければ倒せないだろう。いけるのか? 俺。

 ……いや、やるしかない。

 

 ガサガサと蟹が移動する音が聞こえた。

 マズイ。近づいて来る。この岩はもうダメだ、次に移らないと……

 そう思い、周囲を見渡すが、程よい岩が見つからない。少し遠い位置にかろうじて見える岩、そこまで何とか走るしか無さそうだ。

 蟹との距離は……

 後ろを振り返り、ゾッとした。

 大きな目玉がもうすぐそこまで迫って来ている。悩んでいる暇など無い。

 俺はすぐさま岩陰を飛び出した。

 背後から泡が噴射される気配。ブシュウッと嫌な音に追われる。

 湿った地面に足を取られ、俺は体勢を崩した。

 転ぶ寸での所で何とか堪える。前傾姿勢になって地に手をついた俺の頭上ギリギリの所を、泡が通過した。

 あっぶねー……あと少しで後頭部を溶かされていたかもしれない。

 しかし、それは運良く逃れても、蟹の飛ばす泡は当然それだけに留まらない。

 俺は手と足で地面を押し出すようにして勢いをつけ、目標の岩まで急ぐ。

 

 ジュッ……… 


「っ!!」


 やっぱ、全部回避ってわけにはいかないよな……

 放出された泡の一部が俺の肩をかすめたらしい。右肩に火傷の痛みを感じる。

 けど、岩は目の前だ!

 俺は滑り込むようにして岩の裏へと飛び込んだ。

 岩の周囲にぼたぼたと泡が落ち、地面を溶かす。

 あいつの速度は早くは無い。一旦攻撃が止めば隙が出来る……

 俺は飛んでくる泡が止まるのを待ち、岩陰からそっと様子を覗いた。

 やはり、作った泡を使い切った蟹は、再び動きを止めて泡を吐き出して溜めている。

 やるなら、今しかない―!

 俺は右手にナイフを握り、岩陰から飛び出した。

 蟹の真正面に構え、思い切り刃先を目玉目掛けて投げつける。

 頼む、当たってくれ―!!!


 ビュンッ!と風を切る音。

 そして……


 ザンッ!!


 と重い音が響き、俺のナイフは見事に蟹の目玉に突き刺さった。


 よし!! 


 蟹は、ぶくぶくと泡を出しながら左右にフラフラと数歩動いたかと思うと、そのままべチャリとその場に突っ伏した。


 やった…のか?


 確認に行きたいが、突然動き出されたら危険だ。

 俺はその場で様子を見守る。

 やがて先程の小さい蟹同様、周りに黒い霧が発生して蟹を包みこんだ。 

 

 「倒せた…良かった……」


 思わず肩の力が抜ける。

 正直めちゃくちゃ怖かった。


「あれ……?」


 黒い霧が消えた後…蟹のいた場所に、何かが落ちている。

 俺は周囲に警戒しつつ近づき、懐中電灯で照らしてみた。


「…銃……?」


 その場にしゃがんでよく見てみる。

 装飾の施された拳銃に見える。

 そっと触れてみたが、特段危険は無さそうだ。

 ゆっくりと持ち上げてみた。

 不思議なデザインだ…銃口が3つある。そして表も裏も、グリップの上部が不自然に丸くえぐれている。

 壊れているようには見えないため、元々こういう形の銃なのだろうか……それとも、このえぐれた部分に何か別の部品が嵌っていたのかもしれない。

 さっきまではこんな物落ちてなかったよな……

 てことは、あの蟹が飲み込んでいたのか?

 使えるかは分からないが、ドラセナショップに持ち帰れば売り物になるかもしれない。

 そう考え、俺はその銃をポケットにしまった。


お読みいただきましてありがとうございます。

ネブラの洞窟でのお話はこの後中編、後編へ続きます。

少し長いですが、その分見せ場となるバトルシーンも登場しますので、是非続けてお読みきただけますと嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
銃はドロップアイテム? 寒いのでカニ鍋が食べたくなりました。笑
息をのむモンスターバトル楽しかったです この蟹の落とした銃がなんなのか今後の展開も楽しみです。
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