12.そんなことも知らないの?
カペロが去り、俺はようやく図書館へと足を踏み入れた。
外観だけでなく内装の床も全てレンガ造りだ。何というか荘厳な図書館だな……
大きなガラス張りの玄関を抜けると広いロビーが広がり、背の低いカウンターが見えた。
「こんにちは〜」
カウンター奥から声が聞こえた。
よく見れば、低いカウンターの向こう側に背の低い職員が立っている。
…小さいな。縮んだ時の俺と同じくらい、いや…それより小さいかもしれない。
近付いてみて気付いた。
ドワーフだ!
手足が短く、長い帽子を被っている。
小さいからと言って子供というわけではなく……中年女性のように見える。
「見ない顔ね。初めて利用かしら?」
「はい、初めて来たんですけど……」
「じゃあまずは利用登録からね。」
利用登録…っていうと図書カードの作成だよな、やっぱ。
しまった! ドラセナショップの住所覚えてないかも……
と焦る俺には構わず、司書ドワーフは何か四角いプレートのような物を取り出した。
「じゃあここに両手を置いてくださいね〜」
「あ、はい……」
俺は言われるままにプレートに両手を乗せた。
するとプレートが僅かに光り『登録成功』と音声が流れた。
「はい、もう大丈夫ですよ〜。ちょっと待ってて下さいね〜」
そう言うと司書ドワーフはカウンターの下からゴソゴソと何かを取り出す。
直径5センチくらいのコイン型のキーホルダーだ。
「これがキミの利用証明キー。本の貸し出しも検索もこれが必要だから、次回から来館する時は忘れないで下さいね。」
「はい。分かりました……」
すげぇ…カードより便利だな……申し込み用紙の記入とか何もいらないのか。ハイテクだ……
俺は貰ったキーホルダーを無くさないよう財布にしまった。
「それじゃあ次に利用の案内ね。」
言いながら司書ドワーフは館内マップを取り出した。
「今居るのが、ここ。入り口案内カウンターで、蔵書は分類ごとに階が分かれているのよ。2階は総記、哲学ね。3階が地理、歴史、4階は社会、自然学……」
順に館内マップの該当箇所を示す。
どうやら10階まであるらしい。
どうりで建物が高いわけだ……
「1階は本は置いていないんですか?」
不思議に思って尋ねると、
「1階は憩いの場なのよ、ほら。」
とドワーフ司書が示した方へ視線を向けると、ロビー中央に大きな観葉植物があり、その周りを囲うようにソファーが置かれている。
壁づたいに新聞のような薄く重ねられた用紙が並び、雑誌らしき本も置いてあった。
そしてそのさらに奥にはお洒落なアーチ門があり、その向こうに開けた空間があるのが確認出来る。
「あの広い場所は……?」
「あそこはランチルームなのよ。図書館で一日中調べ物をする人もいるからねぇ、お腹が空くでしょ? メニューの種類は多く無いけど、安くて美味しいから良かったら後で食べてみて。」
なるほど、レストランが併設されてるのか……
ちょうど良い。ここで昼食を取ってから洞窟採取に向かうことにしよう。
「ありがとうございます、後でいただきます。」
俺はそう答え「それで…」と本来の目的を果たすため、本の検索方法を教えてもらうことにした。
「見たい本を探すにはどうしたらいいんでしょうか?」
「階段前の検索機を使ってもいいし、検索ワードも分からないようなら私達職員がお手伝いするわよ。」
「じゃあ、お願いしてもいいですか? 植物の図鑑と鉱物の図鑑が見たいんですけど。」
「植物と鉱物の図鑑ね、それならフロアとしては4階になるから、階段を使ってもいいけど……大変だから良ければ奥の魔法陣から上に上がってね。」
「館外への持ち出しを希望の場合は利用証明キーを本の貸出マークにかざせば持ち出せるわ。期限は1ヶ月。期限が近づくと証明キーが知らせてくれるから、またこの図書館へ返却に来るか、それが難しければカペロの御者に渡しておいて貰えれば配達による返却が可能よ。」
「な、なるほど……」
上の階への移動手段は魔法陣なのか。このあたりはさすがオルタンシアって感じだ。
先程女性御者が図書館入り口へ運んでいた荷物は返却の本だったんだな。どうりで重そうなわけだ……
一先ず今俺がすべきことは、その魔法陣で4階へ上がることだな……
俺は説明された通りに奥の移動用魔法陣へと向かう。
「各階に職員がいるから希望の書籍が見つからなければ聞いてみるのよ〜」
「分かりました! ありがとうございます!」
魔法陣フロアに到着すると、一見エレベーターのように見える箱型の部屋が2つ並んでいた。
ボタンがあるのもエレベーターと同じだ。
俺は『4階』と書かれたボタンを押してみる。
するとドアが開き、その床に魔法陣が現れた。
この上に乗ればいいのか……?
恐る恐る足を踏み入れてみる。
床の魔法陣が眩い光を放った。
あまりの眩しさに思わず目を瞑り……
瞼に感じる光が収まった所でそっと目を開けてみると、先程と違う部屋に辿り着いていた。
俺は魔法陣の小部屋から、辿り着いたフロアへと進んでみた。
壁に『4F』と書かれていることから、無事に目的の階に上れたらしい。
見た目はエレベーターだけど原動力が魔法ってことなのか…不思議な仕組みだ……
壁一面に本棚が並び、唯一の窓のある壁には1階と同じく背の低いカウンターがあり、やはりドワーフが立っていた。
図書館の管理はドワーフが行っているのか……
俺の視線に気付いてか、カウンターにいたドワーフがにっこり笑ったのが分かった。
右手を上げ、手招きをしているように見える。
俺はとりあえず呼ばれるままにカウンターへ歩み寄った。
「初めての利用者さんだってね。良ければお求めの蔵書を探しましょうかね?」
優しそうな白髪のドワーフだ。 髭が長く、顎の下で三つ編みをしている。
さっきの入り口のドワーフが伝達をしておいてくれたのだろう。
館内職員の連携が取れていることがよく分かるな……
「ありがとうございます。」
俺は好意に甘えて植物と鉱物の図鑑や説明が書かれている本を見せてもらえるよう依頼をしてみた。
ゆっくり館内を見て回りたい気持ちはあるが、あまりここで時間を費やしてはこの後のプランに響いてしまう。
無駄な時間は省いて効率よく動きたいところだ。
ただでさえ初めて行く場所ばかりで、迷わず辿り着ける保証も無いからな……
「この資料で情報が足りなければまたお声がけくださいね」
お爺さん司書が分厚い図鑑を手渡してくれた。
オルタンシアの主要な植物が網羅されている植物図鑑と、同じく鉱物の図鑑。
写真付きで分かりやすそうだ。
「館内での閲覧ならそちらの学習スペースを使用して下さいね。」
カウンターの並び、窓のある壁伝いに学習スペースと思しきコーナーが設けられているのが見えた。
一つ一つが仕切られ集中して学習するのにはもってこいだ。
その後ろに2つほど円卓もあり、そちらはグループワーク用といったところだろうか……
「では少し場所お借りします。」
俺は角の席に座り図鑑を開いた。
見たことのない植物の写真と説明が多く並ぶ中に、見覚えのある普通の植物…例えば紫陽花や薔薇なども混ざっているのが何とも妙な感じだ。
俺はとりあえずパラパラとページをめくり、『苔』系を探す。
「えーと、炭苔、炭苔……」
「炭苔は、苔じゃないと思うけど?」
「え?」
背後からハスキーな女性の声がして慌てて振り返った。
尖った長い耳……エルフだろうか。ただ、店長やトーキスさん、エレナちゃんと明らかに違うのは、その肌の色。健康的な浅黒い肌…これってもしかして、『ダークエルフ』ってやつか?
ゲームキャラクターのイメージでしか知らないが、店長達とは何となく放つオーラが違う。
シルバーの髪を高い位置でポニーテールに括り、気の強そうな吊り上がったアメジストの瞳、耳にはジャラジャラとピアスが着いている。
着ている服は、目のやり場に困るほど露出度が高い…上半身は水着に上着を羽織っているかのような装いだ。ボトムスはアラジンのパンツのようなゆったりしたデザインだが、大きくスリットが入って、太ももが露出している。そして、それに見合うだけのグラマラスボディ。
俺はドキドキしてまともにお姉さんの顔を見ることも出来ない。…何というか、エキゾチックなお姉さんだ。
「炭苔のこと調べたいなら、そっちの鉱石図鑑の方を見なさいよ」
お姉さんが机に置いてあるもう一方の図鑑を指した。
「炭苔は、鉱石なんですか……?」
「なに、そんなことも知らないの?」
お姉さんはパラパラと鉱石図鑑をめくり、開いたページを指で示した。
『炭苔』赤苔に魔力が吸収され、変質して硬化し、炭のようになった物。炭化した赤苔は表面を削り取ることで再び赤苔として育てることが可能……と書かれている。
「赤苔が硬化した物……」
「赤苔なら植物図鑑に載ってると思うけど。」
言われて手元の植物図鑑のページを見ると、確かに『赤苔』は記載されている。
「あ、ありがとうございます!」
「別に。必死に調べてる割に検討違いな本見てたから声かけただけ。お礼を言われる程じゃないわ。」
そう言い残すと、そのお姉さんは長いポニーテールを翻して本棚の方へと去って行った。
綺麗な人だったな……俺の胸はまだドキドキしている。
今日は何だかカッコいいお姉さんにツイてる日だ。
出だしからこんなラッキー続きで、幸先がいいんじゃないだろうか?
…って、そんな邪なことを考えている場合じゃなくて!
俺は改めて図鑑の写真と説明へ目を向ける。
メモ帳を取り出し、特徴を文とイラストで書き留めた。正直絵は得意じゃないが、自分が分かればいいのだから下手くそでも構わない。
続いて鍾乳石晶。これは鉱石で間違い無いだろうか?
パラパラと鉱石図鑑をめくり…こちらはすぐに見つけることが出来た。
俺がイメージしていた鍾乳石にかなり近い。
『鍾乳石晶』洞窟内の天井や壁・床に滲出する地下水、あるいは洞窟内を流れる地下水流中に溶存した鉱物が魔力によって結晶となった物。キラキラとラメ状に光って見える。
なるほど、どちらも魔力によって変質した鉱物なのか……。
鍾乳石晶についてもしっかりとメモを取る。
うん、どちらも特徴があって見つけるのは難しく無さそうな気がする。情報収集としては上々だ。
せっかくの図書館だし、他の植物や鉱物についても少し調べておこう。
そう思い、俺は先日カルムで見た植物を中心に、いくつか分かりやすい物をメモ帳に描いて収めることにした。
どのくらいの時間が経過したのだろうか……
俺の腹時計が、「ぐぅ〜……」と鳴いた。
そういえば、腹が減ったな…気付けば夢中になってしまっていた。
手持ちのメモ帳がオリジナルの図鑑のようになっていくのが楽しくて、時間が経つのを忘れていた。
「そろそろ動かないとだな。情報はゲット出来たわけだし。」
席を立ち辺りを見渡す。ぽつりぽつりと利用者はいるが、静かだ。
この雰囲気が醸し出す居心地の良さが時間を忘れさせたのかもしれない……良い場所だな、図書館。
俺は『返却棚』に借りた図鑑を戻し、移動魔法陣へと向かった。
1階のレストラン。せっかくだから、あそこで腹ごしらえをしてから洞窟へ出発するとしよう。




