11.行きたい場所②
翌朝。
窓から差し込む光で目が覚めた。
今日は休日だから急いで支度をする必要は無いが、慣れない場所へ行く予定のため、早い所行動を開始したい。
そう思い、素早く着替えて…気付いた。
髪、伸びたな……
前髪は軽く分ければまだ切る必要なは無さそうだが、襟足が鬱陶しい。
縮まないように生活していたため、ここのところまともに鏡を見ていなかった。
自分で適当に切るのはちょっと危険だからな、とりあえず……
俺は適当な紐で髪を1つに纏めてみた。
…うん、これなら、そんなに邪魔になることは無さそうだ。しばらくはこれで凌ごう。
身支度を整えてダイニングへ下りる。
「おはよう、七戸くん。」
「おはよう、七戸。」
「おはようございます、店長、崇影。」
ダイニングの食卓には、既に店長と崇影がいた。
俺も崇影の隣に座り、「いただきます」と両手を合わせてから、朝食へ手を伸ばした。
「七戸くん、せっかくのお休みなのだから今日はもっとゆっくり寝ていてもいいんだよ。」
店長がそう声を掛けてくれる。相変わらず優しさが沁みる…けど、今日はやりたいことがある。
「ありがとうございます。でもせっかくなので行きたい場所があるんです。」
俺がそう言うと、店長は「そうか。それはそれでいいことだね。」と微笑んでくれた。
「1人で大丈夫か?」
「あぁ。…っていうか、俺も1人で行動出来るようにしとかないとこの先困るからな。今日はそのための練習も兼ねて図書館と温泉に行こうと思ってるんだ。」
「図書館と温泉か……遠くないか?」
「カペロ乗車に慣れるという意味でも良い距離だと思うよ。それに、確か七戸くんの国では湯船に浸かる風習があると言っていたね。温泉に入って疲れを癒すのは効果的かもしれないね。」
若干心配そうな崇影と、納得した様子で頷く店長。
本当は、図書館で調べ物をした後にネブラの洞窟へ行くつもりなのだが、そこは2人には伏せておく。
サプライズで鍾乳石晶と炭苔を持ち帰った方が店長は喜んでくれるだろうし「採って来ます」と宣言して出掛けておいて採れませんでした、では示しがつかないからな……
「閉店までには帰ります。」
「あぁ。ゆっくり楽しんでおいで。」
「困った時は俺を呼べ。」
「いや、呼んでも聞こえないだろ。」
「そうか……」
少し残念そうに崇影が呟く。
あのテレパシーみたいな呼びかけのことを言っているんだろうか?
そもそも、あれって崇影が鷹の姿の時にしか聞こえないんだよな……それに俺の心の声が崇影に聞こえている様子は無いから、俺からアクセスする方法自体が不明だ。可能なんだろうか…?
いや、可能だったとしても離れてたら無理だろう、多分。
「初めて行く場所だし、気を付けて行ってくるよ。」
俺の言葉に崇影は一応納得した様子で頷いた。
コイツは心配性なのか?
朝食を終え開店準備をする2人に見送られながら、俺はドラセナショップを後にした。
まず目指すはカペロ乗り場。
前回は島の北へ向かうルートだったが、今回は西に向かうため使用する乗り場が異なる。
どうやら、街の数箇所にカペロ乗り場があって、北へ向かうカペロ、東へ向かうカペロ、南へ向かうカペロ、西へ向かうカペロと分かれているようだ。
そして、それぞれのカペロは1台だけではなく電車のように時間毎に定期的に動いている。
電車と大きく違う所は、乗客のニーズに合わせて多少の線路変更が可能という所だろう。
ざっくり方角でルート分けされているとはいえ、4ルートでは行き先全てを網羅出来るわけもない。そのため、道順、行き先は乗客に合わせて臨機応変に対応というのがカペロの特徴だ。
元々利用者が少ないからこそ出来る芸当なのだろう。
西へ向かうカペロの乗り場には、乗客を待つカペラと御者の姿があった。
御者はやはり獣人。狼のような耳を持つ野性的な女の子だ。
女の子の御者もいるんだな……
何となく、馬車を操るのは男性、というイメージが強かったが、カペラとの相性さえ良ければ性別はあまり関係が無いのかもしれない。
俺は先日のトーキスさんを真似てその御者に行き先を伝えてみる。
「図書館近くまで行きたいです。」
すると、その獣人の女性はニカッと笑った。
「図書館な! 相分かった! 乗れ!」
「よろしくお願いします。」
見た目を裏切らない、大きな声とワイルドな反応。
物凄く頼りになりそうだ。
カペロの中には数人の先客がいた。
やはり利用者は多くは無いようだ。
俺が座ったのを確認すると、そのワイルドな女性御者は大きく足を空に蹴り上げるようにしてカペラへと跨った。豪快だ。
柔軟な体だな……
よく見れば腕も、足も、筋肉隆々だ。
彼女と腕相撲したら俺は恐らく秒殺だろう。下手すると病院送りかもな…そんなことを考え、ちょっと怖くなった。
「出発!!」
「ハァッ!!」という威勢の良い掛け声と共にカペロが走り出した。
窓の向こうの街並みが少しづつ後ろへ流れていく。
スピードは少しづつ速くなり、一定の速度まで来ると揺れが安定した。
俺は何となく窓の外の景色を眺める。
島の西側へは来るのが初めてだ。
街並みを外れ農場のような景色が広がる。
麦畑らしき金色の畑に、乳牛に、羊……このあたりは、共通の畜産物なのだろうか…見知った物が視界に入り、何となくほっとする。
その農場通りで2人ほど降りた。農場の職員なのかもしれない。
再びカペロは走り出し、乗車からおよそ1時間程度で、俺の目的地…図書館へ到着した。
「ニィさん、到着だよ!」
「ありがとうございます。」
俺はカペロを降り、思わず天を仰いだ。
目の前にそびえ立つ、レンガ造りの寸胴な建物……パンフレットによればこれが図書館だ。
想像より大分デカい……
図書館の近くまで行ければ十分だと思っていたが、カペロは図書館の目の前で停車したようだ。
俺が降りてもすぐには走り出そうとせず、女性御者がカペロの荷台から何やら荷物を下ろしているのが見えた。
「手伝いましょうか?」
思わず声を掛ける。
「あぁ、不要だよ。ニィさんのその細い腕じゃ、この荷物は運べないだろ。」
女性御者はそう言いながら、紙に包まれた重そうな箱を肩に担いだ。
そうか、こうやってカペロで宅配物も運ばれるのか…
女性御者は、箱を担いだまま図書館前の階段を上がり、入り口前に置かれている箱の中へとそれを収めた。
「じゃあな。ニィさん!」
女性御者はニカッと白い歯を見せて笑って手を振るとスタスタと足早にカペロへ戻り、長い脚でカペラへ跨った。
手綱を握り、慣れた手付きでカペラを走らせる。
何ていうか、ワイルドでカッコいいな……
遠ざかっていくカペロを見送りながら、そんなことを思った。




