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オルタンシア島滞在記〜特異体質の治し方〜  作者: 風見アシラ
第一章 オルタンシアへようこそ
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10.男ですまない。②


「で、魔道具何か無いのか? いくつか売ってくれよ。色男のタウラスさんよ。」

「シルヴィオのお眼鏡にかなうかは分からないが、今紹介出来るのはこの辺りかな。」


 そう言い、タウラスはカウンター下の棚から数個の箱を取り出し、蓋を開けて中身をカウンターへ並べた。

 魔道具類は値打ちが高く、販売時に使用方法の説明が必要な場合が多いため店員が管理するというのが基本ルールとなっている。


 カウンターに並んだのは、小鍋、一輪挿し、ブローチ、サングラスの4点。

 どれも美しい装飾が施され、見た目にも特別感がある。


「何だ、いい物あんじゃねーの。どれどれ……」


 シルヴィオは嬉しそうに口角を上げ、いそいそと並べられた商品を1つづつ手に取って確認し始める。


「火力調整のいらない鍋に、花が枯れにくい一輪挿し。それから調整が可能な発光するブローチに、夜道の視界を明るくするサングラスだよ。」

 

 タウラスがそう簡単に説明をすると、シルヴィオは一瞬だけ考える仕草をしたが、すぐに「よし、全部買った!」と軽くカウンターを叩いた。


「毎度ありがとうシルヴィオ。まとめ買い特典として全部で50万リノに負けておこう。」

「いつも悪ぃな、タウラス。」


 タウラスは手早く商品を梱包し、シルヴィオから金銭を受け取る。


「なるほど、これらが『カッコいい適当な商品』か……」


 崇影は興味深そうに腕を組んでそう呟いた。

 その呟きにシルヴィオが複雑な表情を浮かべる。


「…いや、まぁ……なんつーか、どうツッコんだらいいのか分かんねぇんだけど……お前がスゲェ真面目な奴だってことだけはよーく分かった。」

「? そうか。」


 応える崇影はよく分かっていない顔だ。


「正直、嫌いじゃねぇよ、お前みたいなやつ。あ〜っと…名前……そうそう『崇影』っつったな。覚えといてやる。気が向いたら真のカッコ良さについて、このシルヴィオ様が直々に伝授してやるよ。」

「いや、遠慮しておこう。」

「何でだよ! そこは有り難く受け取れよ!」

「必要性を感じないからだ。」

「お前そんなんじゃ女子にモテねーぞ。」

「モテないとマズイのか?」


 2人のやり取りに再びタウラスが小さく噴き出す。


「シルヴィオ、君も懲りないねぇ」


 そう言ってから崇影へ視線を向け微笑んだ。


「崇影くん、この男が女性以外の名前を積極的に覚えようとするのは非常に稀なことだ。随分気に入られたようだね。」

「そうか。」


 崇影は表情を変えぬままシルヴィオをじっと見る。


「俺も名を覚えておこう…シルヴィオ。」


 崇影に名を呼ばれ、シルヴィオは満足げに片頬で笑った。

 そしてカウンターに置かれた商品を手に取り、


 「じゃ、またな!」


 と右手を軽く上げ、出口へと向かう。

 ひらひらと後ろ手を振りながら去っていくシルヴィオを笑顔で静かに見送り…タウラスはカウンターに立つ崇影に再び視線を向けた。


「店番ありがとう崇影くん。助かったよ。」

「そうか、役に立てて光栄だ。」

「ところで崇影くん…少し気になっていたのだが、君は……元々野生に生きていた鷹では無いのかな?」


 タウラスの言葉に崇影の動きがピタリと止まった。

 ゆっくりと鋭い目でタウラスを見やる。


「シルヴィオとのやり取りはともかく…先の女性客への商品説明はほぼ完璧だったよ。」

「そうか。それは良かった。」

「インクの染料の違いなど、島の住人であってもある程度学のある者でなければ気付かない。日頃から何かしらで染料を使用しているか、伝達に文を用いていれば、話は別だが……」

「……」


 タウラスの説明に、崇影は視線をふいと逸らし何も答えない。


「日頃の働きや知能の高さからも、君は通常のグリーズとは一線を画すほどの有能さだということが伺える。」

「随分褒めるが、俺はそれ程ではない。」


 タウラスとの会話を終わらせようとするかのようにそう言い切ると、崇影は商品を片付け始めた。

 タウラスはなおも言葉を続ける。


「崇影くん…私はずっと不思議に思っているんだ。君は何故あの時、光の実を飲まず、咥えたまま飛行をしていた? 君ほど知能が高ければ、すぐに取り込まなければリスクが上がることは分かっていただろう?」

「……」


 崇影は答えない。

 一瞬タウラスへ視線を向けるが、唇は固く閉ざされたまま……答える気は無さそうだ。

 表情にもほぼ変化が無く、心情を読み解くことも出来ない。


 ………


 2人の間に沈黙が流れる。


「あの、タウラスさん。一先ず説明は完了しました。」


 その沈黙を破ったのは、打ち合わせスペースから顔を覗かせたリネットだった。


「そうか。お疲れ様。リネットちゃん、ありがとう。」


 2人の間に張り詰めていた空気が一気に解ける。

 打ち合わせスペースから七戸も姿を現した。

 七戸は手にノートを抱え…心なしか疲れた顔をしているように見える。初めて学ぶ調合学がよっぽど難しかったのだろう。

 2人はカウンターの崇影、タウラスの元へと歩み寄った。


「渡す商品はこの袋だったな。」


 崇影はカウンター後ろの棚から紙袋を取り出して、何事も無かったかのようにタウラスへと手渡す。 


「ありがとう…リネットちゃん。いつもの商品だよ。間違いが無いか確認してくれるかい?」


 リネットはタウラスから袋を受け取ると、袋を開け中を覗き込んだ。

 そして「いち、にい……」と数を小さく数え「大丈夫です、いつもありがとうございます」と笑う。

 それから「あの……」と遠慮がちに続けた。


「追加で頂きたい物があるんですが……鍾乳(しょうにゅう)石晶(せきしょう)と、炭苔(すみごけ)ってありますか?」


 その問い掛けにタウラスは少し困った顔をした。


「鍾乳石晶と炭苔か…今は在庫を切らしてしまっているね。急ぎ必要かい?」


 リネットは一瞬残念そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作り「いえ、大丈夫です!」と答える。


「急ぐわけでは無いので、また入荷したら買いに来ます。」

「そうか、すまないね。」

「それもカルムで採れるんですか?」


 2人の会話を聞いていた七戸が口を挟む。 


「いや、これらはネブラの洞窟だね。」


 そう答えた瞬間、僅かに崇影の肩がピクリと反応したのをタウラスは見逃さなかった。

 だが表情には変化が見られない。


「…まぁ、次にトーキスが帰り次第頼むとしよう。」


 タウラスがそう告げると、リネットは「よろしくお願いします。」と礼儀正しく頭を下げた。

 

「では、支払いはいつも通りこれで……」


 リネットはユーザーカードをタウラスに手渡して会計を済ませ、「ありがとうございます、またお願いします。」と再びお辞儀をし、七戸の方へくるりと体を向けた。


「七戸さん、今日はお疲れ様でした。また困ったことがあれば相談して下さいね。」

「今日はありがとう、リネットちゃん! もう少し頑張って復習しておきます。」


 リネットと七戸は視線を合わせて笑い合う。

 その2人の様子を見てタウラスも微笑んだ。

 

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