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オルタンシア島滞在記〜特異体質の治し方〜  作者: 風見アシラ
第一章 オルタンシアへようこそ
21/66

10.男ですまない。①


 ◆◆


 七戸(ななと)とリネットが打ち合わせスペースで調合についての座学を始めたのを確認すると、タウラスはその場を離れて売り場へと戻った。


 カウンターには崇影(たかかげ)の姿が見える。

 先ほど来店した初老の獣人女性がカウンター越しに崇影に話し掛けているのが確認出来た。 

 タウラスは2人に気付かれぬよう足音を消して会話が聞こえる距離まで近づく。

 背の高い棚の裏に身を隠し、耳を澄ませた。


「このインクと、こっちのインクはどっちがいいんですかねぇ…あまり濃い色は好まないのですが……」


 初老の獣人女性にそう尋ねられ、崇影は女性の持ってきた商品を手に取って確認している。

 どちらも一般的に用いられる筆記用のインクだ。

 色味はほぼ同色。大きく違う部分は、インクボトルの形状と伸びの良さだが、果たして……鷹として生活をしていた男に、その違いが分かるのだろうか?

 タウラスは、すぐに助け舟を出せる位置から静かに見守る。


「どちらもさほどは変わらない。ただ……獣人は他の種族と比べて手が大きい。倒れにくいという意味ではこちらが良いかもしれない。」


 そう言って崇影が示したのは、安定感のあるオーソドックスな台形のボトルのインク。


「はぁ、なるほどねぇ……」と、女性は自分の手を宙にかざして眺める。


「では、色はどうですかねぇ?」

「どちらも使用している染料が強く、原液では濃い色が出る。薄めて使用する方法もあるが、濃くない物を求めるのであれば、むしろこちらを使用すると良い。」


 そう言い、崇影はカウンター横のガラス棚からインクのボトルを取り出した。

 相変わらず無愛想でぶっきらぼうではあるが説明の内容は的を射ている。


「へぇ……」


 タウラスは口元に手を当て「やるねぇ…」と興味深そうに目を細めた。


「この種類は初めて見ますねぇ……お値段もお値打ちですし、1つ頂いてみることにしましょう。」

「ありがとうございます。」


 女性は支払いを済ませると大事そうに購入商品を抱えて店を出ていった。


 それとすれ違うように、新たに1人客が入って来たのが見えた。

 浅黒い肌にシルバーの髪。

 大柄では無いが、程よく鍛えられた筋肉質な腕。それをわざと見せているかのようにも思える、黒のタイトなタンクトップに、ゴツいベルト。首元には2連のチェーンネックレスをした、スタイルの良い若い男……

 この店に度々訪れるため、タウラスはその顔に見覚えがあった。

 ダークエルフのシルヴィオ。

 魔道具好きで、ドラセナショップへ来る時は必ず魔道具の新商品について尋ねてくるのだが……


 タウラスは一瞬接客に出ていくべきか迷い…その場に留まることを選んだ。

 崇影の接客の様子をもう少し観察したいという気持ちが勝ったためだ。

 

「いらっしゃいませ」


 崇影は変わらず無表情でシルヴィオを迎える。

 シルヴィオはポケットに両手を突っ込んだままカウンターに立つ崇影を一瞥した。


「見ない顔だなぁ…新入り?」


 そう言いながらツカツカと崇影に歩み寄る。

 向かい合って立つと、2人の身長はさほど変わらないようだ。


「アルバイトの崇影だ。」


 崇影は顔色を変えずにそう答える。

 シルヴィオは「ふーん……」と興味深そうに息を吐き、崇影の全身を舐めるように見る。


「せっかくバイト雇うなら女子にすりゃいいのに、タウラスも趣味が悪い。」

「? 性別が女だと何か違うのか?」


 崇影が僅かに首を傾げる。


「そりゃ〜お前、可愛い女子に『いらっしゃいませぇ♡』て言われたらさ、それだけで何かこう…来てよかったぁ! て、なるだろ?」

「……そういう物なのか。」


 シルヴィオの力の入った説明も、相手が崇影では空振りもいい所だ。崇影は理解が出来ていない様子でシルヴィオを見て、一言。


「男で、すまない。」

「…いや、謝られてもさ……」


 シルヴィオは調子を狂わされ、困った様子で頭をボリボリと掻いた。


「ま、いいや。魔道具買いに来たんだけどさ。何か新しく入った魔道具、無い?」

「魔道具か……使う目的は何だ?」

「目的ぃ? 強いて言うならコレクションだよ。俺、趣味で魔道具集めてんの。自分でも探しに行くけど、たま〜にこの店にもいい物入ってるからさ。何か無いのかよ? お値打ちでカッコイイやつ。」

「カッコいい…というのは、人により感覚が異なる。」

「あぁ!? いや、そうかもしんねぇけど、こういう場合はいくつか適当な商品を紹介するもんだろ?」

「…適当でいいのか?」

「いや、この場合の適当はそうじゃなくてだな!」


 シルヴィオと崇影の、あまりに食い違って不毛な会話に、タウラスは堪えきれなくなり小さく噴き出した。


「シルヴィオ、完敗だね。」

「おい!! タウラス!! お前いんじゃねーか! 何でさっさと出て来ないんだっつーの!」


 笑いながらカウンターへ近づくタウラスに、シルヴィオは肩を怒らせて怒鳴る。


「いや、うちの新人アルバイトの仕事ぶりを見せてもらおうと思ってね、少し観察していたんだよ。」

「店長、すまない。俺では客の要望に上手く答えられないようだ。」


 真剣な表情でそう報告する崇影。

 タウラスはますます肩を震わせて笑った。


「大丈夫だよ崇影くん。君はやはりとても優秀だ。このシルヴィオをここまで翻弄出来るのは君くらいかもしれない。」


 タウラスに笑いながらそう言われ、崇影は首を傾げている。


「タウラス、何でこんな無愛想な男のバイトなんか雇ってんだよ。ここで働きたい女子ならいくらでもいるだろ?」

「私はシルヴィオと違って、性別ではなく、()()で相手を選ぶのでね。うちのアルバイトを愚弄するなら帰っていただこうかな?」


 笑顔ながら棘のあるタウラスの言葉に、シルヴィオは「相変わらず食えねぇ奴だよ、テメェは」と吐き捨てる。

 それからカウンターへ片肘を付いた。

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