9.はじめまして、おいくつですか?②
当然、俺の体は一気に元の姿を取り戻す。
「う、うそ……!?」
リネットちゃんの瞳が大きく見開く。
一歩後退り、両手で口を押さえた。
そして……
「ごっ…ご、ご、ご、ごめんなさい!!」
リネットちゃんは顔を真っ赤にし、飛び退くようにして慌てて俺から離れた。
きっと純粋に子供が好きなんだろう。騙していたつもりは無いが、何だか申し訳無く思えてくる。
リネットちゃんは恥ずかしさのあまり、両手で自分の顔を隠し、俯いてしまった。
耳まで真っ赤だ。
「あの、すみません、驚かせてしまって…それから、昨日はありがとうございました。」
恐る恐るそう声を掛けてみると、リネットちゃんはおずおずと顔を上げ、少し潤んだ瞳でじっと俺を見た。
それから、少し目を見開く。
「あなたは、もしかして…カペロでお会いした方……?」
言いながらカウンターに立っている崇影と俺を交互に見て…どうやら思い出してくれたようだ。
出来ることなら、もう少し普通に再会を果たしたかったが、こうなってしまってはどうしようもない。
せめて…悪い印象を与えないように努力しよう。
「また会えたらいいなと思ってたんです。まさかこんなにすぐに再会出来るとは思いませんでしたけど……」
大袈裟なくらい明るく言って、笑ってみた。
先程までのことを帳消しには出来なくても、せめて場の空気くらいは良くしておきたい。
「あの、私も、また会えるといいなと思っていました。まさかその…小さな姿になっているとは思わず、失礼な態度を取ってしまって、私、ホントに……何とお詫びしたら良いか……」
喋りながら、リネットちゃんの顔が再び紅潮し、目に涙が溜まっていくのが分かった。
ええええぇ……待て待て、その流れはまずい。
何とか話題を変えないと…
「そ、それより! 今日は何をお求めでしょうか!? ドラセナに用事があって来たんですよね?」
慌ててそう まくし立てると、リネットちゃんは「あっ」と顔を上げた。無事に涙は止まったようだ。
セーフ……泣かせてしまっては仲良くなるどころじゃないもんな……
リネットちゃんは店長を見上げた。
「タウラスさん、いつもの薬草をいただきに来ました。それから、ご相談があるというお話でしたが……」
「あぁ、それなんだが……ある意味、説明をする手間が省けたかもしれないね。」
店長はそう言って意味深に微笑む。
「リネットちゃん、七戸くん、少し相談をしたいのだが、いいかな?」
「分かりました。」
「あ、はい……俺もですか?」
店長に促され、俺とリネットちゃんは店長について打ち合わせスペースへと移動することになった。
「崇影くん、店番を任せても大丈夫かな?」
「承知した。」
カウンターの崇影は相変わらず表情を変えないまま即答して頷いた。
あの無愛想に店番を任せて大丈夫なんだろうか……?
客が怯えて買い物出来ないのではないか…などといらぬ心配をしてしまう。
まぁ、そうは言っても、崇影の欠点は愛想の無さのみだ。
ぶっちゃけ、崇影の仕事の覚えは俺より早い。俺の方が先にバイトを始めたはずなのに、崇影に教えられることも多々あるくらいだ。ちょっとジェラシーを感じないこともない。
リネットちゃんと俺がソファへ座ると、店長は予め用意していたらしいフレーバーティーと茶菓子を並べた。
甘い、桃のような香りがする。リネットちゃんの好みの紅茶なのだろうか?
「さて、どうやら2人は既に面識があるようだが……改めて紹介をしよう。こちらはリネットちゃん。この島で最も薬草に詳しい薬師だよ。薬については彼女に尋ねれば、まず間違いがない。」
タウラス店長にそう紹介され、リネットちゃんはあっという間に顔が真っ赤になった。
すぐに顔に出る娘なんだな…その素直な反応が、控えめに言って可愛い。
それにしても、店長の言う『専門家』っていうのはこの娘のことだったのか…ちょっと意外だ。
人は見かけによらないな……
「タウラスさん、言い過ぎです……私もまだ勉強中の身なので、あまり偉そうなことは言えません。」
リネットちゃんは俯いて早口にそう言い、少し震える手で紅茶を一口飲んだ。
緊張しているんだろうか…?
店長はそんな彼女の様子を特段気にする様子も無く言葉を続ける。
「彼女は、普段アリエスという優秀な医師の元で働いている。病院の遣いや、薬に使う材料の調達のために、ウチへは月に一度定期的に来てくれているんだ。」
なるほど、白いワンピースを着用しているのは病院勤務の薬剤師さんだからということか。
そう言われてみれば、確かに医療系っぽい雰囲気の制服だ。病院=白い制服というのは、この島でも変わらないんだな…やっぱり清潔感が大事なんだろうか……などとそんな考えが頭を過る。
「こちらは、最近ドラセナショップに入ってくれたアルバイトで……」
「俺は、幸木七戸といいます。まだオルタンシアに来たばかりで島のこともよく分かってないけど、今はこのドラセナショップの住み込みバイトとして雇ってもらってます。」
俺は、失礼の無いように簡単な自己紹介をして、軽くお辞儀をした。
最悪な第一印象を少しでも塗り替えたい。
「七戸さん、よろしくお願いします。」
リネットちゃんは、俺に合わせて丁寧に頭を下げてくれた。
「こちらこそ、よろしく、リネットちゃん。」
視線を合わせてそう言葉を交わすと、ようやく少し慣れたのか、リネットちゃんが微笑む。
…可愛い。癒し系だ……
トーキスさんと崇影にはナンパだって冷やかされたけど……そういうのじゃなくて、あくまで純粋に! やっぱり同種族の友達も欲しい。
それがこんな可愛い女の子なら、尚更仲良くなりたいと思うのは当然のことじゃないか。
「それで…本題は、七戸さんの体質を治すための薬の調合について、ということでしょうか?」
リネットちゃんの言葉で我に返った。
そうそう、そうだった。
店長は俺とリネットちゃんの仲を深めるためにこの場を用意したわけじゃない。
危うく本来の目的を忘れる所だった……
「うん、察しがいいね、リネットちゃん。先程君も見た通り…七戸くんは、子供になってしまうという特異体質を持っていてね。それを治す、もしくは抑えるような薬を作れないかと探しているそうなんだ。」
「特異体質を治す、抑える…ですか……あの、七戸さんのその体質は、いつ頃から…?」
「つい最近です。これを治す方法を探すためにオルタンシアに来たんだけど……」
リネットちゃんは口元に手を置いて何やら思案している。
やがて視線を上げて小さく口を開いた。
「私が見た印象としては、10年くらい一時的に体の時間が巻き戻ってる感じですね…不思議な現象だと思います。薬物療法を試すのであれば、出来る範囲で協力はしますが、前例の無いことなので、お役に立てるかどうか……」
「そう、良かった。リネットちゃんが協力をしてくれるのなら百人力だ。」
店長はそう言って、微笑んだ。
「一先ず、無難な材料から調合を試してみるつもりなのだが…その前に、調合の基本的な知識を彼に教えてやってもらえないかな?」
え? …それは初耳だ。
「俺が自分で調合するんですか?」
予想外な言葉に動揺する。
薬の調合って、素人が手を出しちゃダメなやつじゃないのか?
「さすがにそこまで自分でやれとは言わないよ。ただ、調合におけるルールや、禁忌とされている事柄など、この島で生活する上での一般知識としても知っておいた方がいいことは多い。例えば…君が無知なのをいいことに、私が君におかしな薬を調合して飲ませたらどうする?」
「それは……」
店長の問い掛けに咄嗟に答えられず、口をつぐんだ。
…店長の言う通りだ。
今の俺は、店長の優しさに甘えて、全てにおいて頼り切ってしまっている。
得られる情報はもっと貪欲に自分から取りに行かなければ、体質を治す目的なんて達成出来るはずも無い。
島に来て、トントン拍子にことが進むからと、ちょっと緩みすぎていたかもしれない……
「七戸くん、知識は武器になる。そして無知は、時に死を引き寄せる。知っておくということは、とても大切なことだよ。」
店長の言葉が重く伸し掛かる。
俺は、俺自身のために、もっとこの島の知識を増やさないといけない。
「俺…店長に甘えすぎていました。リネットちゃん、是非俺に調合について教えて下さい!!」
改めてリネットちゃんに頭を下げた。
リネットちゃんは少し驚いた様子で「頭を上げてください!」と慌てて答える。
「私で良ければ、基本的な知識はお伝えします…えっと、今から少し七戸さんのお時間をいただいても大丈夫ですか……?」
「うん、これも大事な仕事の1つだからね。七戸くん、店のことは気にせず、しっかり教えてもらうといい。」
店長はそう言いながら、後ろの棚からノートと筆記具を取り出し、俺の前に置いてくれた。
「ありがとうございます!」
相変わらず気が利く人だ……。
「それじゃあ、私は接客に戻るよ。リネットちゃん、いつもの商品は用意しておくから、終わったらカウンターへ取りにおいで。」
「はい、ありがとうございます。」
……というわけで。
俺はこの日、リネット先生による『調合基礎入門』の授業を受けることになったのだった……。
薬の調合についての知識なんて無い上に、島の植物も分からない俺にはちんぷんかんぷんなことばかりで、数時間かけて一通りの説明を何とかノートにまとめたものの……正直なところ、身に付いたという実感はあまり無い。
後でノートを見返して復習する必要がありそうだ……
ただ、1つ…最低限押さえなければならない、『調合における禁忌とルール』だけは、しっかりと頭に入った。
リネットちゃん曰く「まずはこれだけ確実に覚えること。あとの知識は、調合の際に調べながらでも何とかなりますから。」とのことだ。
自力で知識を増やし、出来るだけ自分の力で治療法に辿り着きたい、とは思うものの…道のりは長いのかもしれない……。




