9.はじめまして、おいくつですか?①
―翌日―
俺と崇影が朝食を終えて店に顔を出すと、ちょうど店長が昨日の採取物を仕分けしている所だった。
朝食の席に店長が不在だったのは、先に作業をはじめていたからだったようだ。
「2人とも、おはよう。疲れは取れたかな?」
「はい、おかげさまで!」
俺と崇影は頷き、店長の手元を見る。
「これは、種類別に仕分ければいいのか?」
「あぁ。開店前にできる所までやろうと思ってね。手伝ってもらえるかい?」
「はい、勿論です!」
「承知した」
俺と崇影は、店長に指示を貰いながら仕分けを手伝うことにした。
開店までは1時間弱ある。量は多いが、3人で協力すれば何とか片付きそうだ。何せ、俺の体質治療のための材料だからな…出来ることは自分でやらないとだ。それぞれの草や実が、どんな効果を持っているのかは見ても全く分からないが。
「店長、トーキスさんとセイロンさんに言われるままに採取して来ましたが、ここにある物で薬が作れるんですか?」
俺の質問に、店長は少し微笑んだ。
「ここに並べた物はどれもハーブティーや化粧品でもよく使われる、比較的扱い易い物ばかりだからね……簡単な物ならば私でも調合は可能だよ。」
店長すげぇ…ホントに器用な人なんだな……
俺が関心していると、「ただ……」と続けた。
「残念ながら私も専門では無いからね。新しい効能を得る方法が無いか、一度専門家に相談してみようかと考えているよ。」
「専門家……ですか?」
「あぁ。月に一度、必ず来店してくれる薬師がいてね。昨日連絡を入れておいたから、今日あたり来てくれるのでは無いかな?」
そこまで話して、店長は時計を見る。
「七戸くん、崇影くん、こちらの作業は間もなく終わる。開店の準備を任せても構わないかな?」
「はい、分かりました!」
「承知した。」
俺達は残りの作業を店長に任せ、手分けして開店作業へと回ることにした。
今日は天気も良い。気持ちの良い日になりそうだ……俺は爽やかな気分で窓を開ける。
窓越しに差す日光が商品に反射し、チカッと光った。何かと見れば、銀製の装飾皿のカバーがズレて歪んでいる。
開いた窓の外では、崇影が入り口前の石畳の掃き掃除をしているのが見えた。
外の準備は崇影に任せて問題無さそうだ。
俺は店内の整頓と掃除だな。
そう思い、一先ずズレたカバーを直そうと手を伸ばし……隣に置いてあったグラスに手が当たってしまった。
やべ!! これ、落ちたら割れるやつだ! しかも高級品っぽい!!
慌ててグラつくグラスを両手で支えた。
セーフ……!
と思った瞬間、直そうとしていた銀皿のカバーが外れて床に落ちた。
まぁ、こっちのカバーは布製だし割れたりしないから、軽く払ってからきちんと被せれば問題は無い。
そう思い、カバーを拾ってはたき、銀皿へ被せようとして、気づいた。
銀皿。反射……ほぼ鏡。
皿に俺の顔がハッキリと映る。
しまった!!
……と気づいた時にはもう遅い。
説明するまでもなく、俺の体はあっという間に子供の姿に縮んでいた。
もうすぐ開店だっていうのに、タイミングが悪い。
…まぁ、開店早々お客さんが殺到するってこともまず無いだろうから、一先ずカウンターの奥にでも引っ込んで、こっそり元に戻ってから接客すれば問題は無いか……。
そう考えてカウンターの方へ向かおうとした時、店の扉が開いた。
カランカラン……
来店のベルが鳴る。
開店準備で外に出ていた崇影が戻って来たんだろう。
そう思ったのだが……
「来客だ。」
「あの、おはようございます。」
崇影の声に続いて、若い女性の声。
まじか!! お客さん!!
今日に限って開店早々かよ!
「いらっしゃいませ!」
ほぼ反射的に、俺は入り口に向かってそう声を掛けた。
そして来客の姿を確認して……
あれ? この娘…
思わず停止してしまった。
そこに立っていたのは、見覚えのある女性。
髪の長い、小柄なシルエット。
淡い栗色の髪は片側で小さなお団子にまとめている。優しそうな顔立ちに柔らかい声、そして白い制服のような服とベレー帽。
間違いない。
昨日カペロの中で前の席に座っていた人間の女の子だ。
「昨日の…!!」
俺がそう言うより先に、その女の子は俺の姿を見て駆け寄ってきた。
「まぁ……!」
俺の目の前まで来ると、膝を折ってしゃがみ込み、俺の顔の高さに合わせるようにしてじっと見つめられた。
えっ…と、何だ? どういう状況?
「おや、いらっしゃいリネットちゃん。」
店長が奥から現れ、にっこりと営業スマイルで来客を出迎える。
「タウラスさん! あの、この子は一体どういったご関係で…? タウラスさんのお子さん…では無いですよね? 職場体験か何かでしょうか?」
リネットちゃん、と呼ばれたその女の子は少し早い口調で店長にそう尋ねる。
カペロの中で会った時とは少し印象が違う。
大人しそうに見えたけど、こんなに喋るんだ……
って、そんなことより。
俺、完全に子供だと思われてるじゃないか。
この姿じゃ無理も無いけど、昨日会ったことすら気付いてもらえなさそうだ……
「おや、七戸くん、一体どうして……」
店長が俺の姿を確認し、首を傾げながら近付いてきた。
そして商品棚へ視線を移し、「なるほど」と俺の身に何が起きたのかを理解した様子で呟いた。
「七戸くん、と言うんですね。はじめまして。おいくつですか?」
リネットちゃんが俺の目をじっと見て、嬉しそうにそう尋ねる。
目がキラキラしている……
これは、何と答えるのが正解なんだろう…
今の俺の見た目はどう見ても子供。
リネットちゃんは俺を子供だと認識して話し掛けている。けど、それに合わせて嘘を付くのも違うよな…
「17歳です……」
とりあえず素直に答えてみる。
俺の言葉に、リネットちゃんの動きが一瞬止まった。
だが、すぐにまたニコニコと笑い、
「そうですか! 背伸びしたい年頃ですよね。本当は7歳くらいかな?」
と続ける。
ダメだ、信じてもらえてない。
そりゃそうだ。俺が逆の立場でも多分信じない……
「可愛いですねぇ……お店の接客のお手伝いして、えらいえらい、ですよ。」
リネットちゃんは、ニコニコしながら俺の頭を優しく撫でる。
その袖から、微かに爽やかな香りがした。
リネットちゃんの手はほんわりと温かくて心が和む。
これは、ちょっとラッキーかも……じゃなくて!
俺は助けを求めるべく店長へ視線を投げる。
店長は、苦笑しながら頷いた。
「リネットちゃん、楽しそうな所申し訳ないのだが…目の前のその少年は、特異体質により一時的にその姿になってはいるが、本当に17歳の青年なんだよ。」
「え?」
リネットちゃんがきょとんと小首を傾げる。
「そんな、タウラスさん…ご冗談、ですよね? そんな体質、聞いたこと……」
「っくしゅん!!」
さっき掃除した埃が舞っていたのだろうか。俺はこの見計らったような見事なタイミングで大きなくしゃみを爆発させた。




