8.特殊な種族②
「美少年…だったんですね……」
俺の呟きに、隣から崇影が「七戸、それも違う」と答えた。
え? どういうこと?
俺は店長と崇影の顔を交互に見る。
「まだこの島のことをよく知らない七戸くんには、なかなか理解が難しいかもしれないね。セイロンはこの島でも極めて『特殊な種族』なんだ。」
「特殊な種族……」
俺からすれば、エルフである店長も、グリーズである崇影も、十分特殊な種族なんだけど…
とりあえず、それらとも違うということは明らかなようだ。
「森の主を唯一務めることの出来る存在、それがセイロンのような『アーキレイス』だ。」
崇影がゆっくりとそう紡ぐ。
「アキレス?」
確か体の部分でそんな響きの場所があったな……
「アーキレイスだよ、七戸くん。」
店長から即座に訂正のツッコミが入った。
「そのアーキレイス? という種族は、性別が他とは違うと言うことですか?」
「うん。そうだね…他と違う…と言うか、そもそもアーキレイスには性別という概念が存在しないんだ。」
……ん?
性別という概念?
それって、今時のLGBTとか、そういう考え方の話?
頭にハテナマークを大量に浮かべている俺の様子に気付いてか、店長は俺にも分かるよう、言葉を選びながら説明を続けてくれた。
「アーキレイス、と言うのは、この島に古くから住んでいる原種だ。そして、この島にのみ生息する種族だよ。」
「はぁ…」
この島でのみ生息…それが特別というのはよく分かるけど、じゃあエルフや獣族は、この島以外の場所にも生息している可能性があるってことなんだよな…? もうその時点で正直俺にとっては信憑性に欠けるんだけど…
今はそこで止まっている場合では無さそうだから、一先ずそれは脳内に置いておくとしよう。
「そもそもアーキレイスというのは、カルムの森の奥にある御神木が産み出した生命体なんだよ。」
「御神木が生命体を産み出す?」
ん? ますます分からなくなって来たぞ…
御神木、って言うくらいだから、木だよな?
俺の想像が正しければ、御神木といえば馬鹿でかくて、何百年も何千年も生きてる大木のハズだ。
木が産み出した生命体がアーキレイス。
アーキレイスはセイロンさんのことだよな?
えーと、つまりだ…
「セイロンさんは、木から産まれた…って認識で合ってますか?」
そんな訳無いよな、と思いながらも質問してみる。
「そうだね、認識としてはそれで間違いないよ。」
店長はあっさりとそう答えた。
いやいやいやいや。んなわけ……
「木からは木しか産まれないですよね?」
「そうだね、それが一般的な常識と言うものだ。」
「カルムの森の御神木は、それ自体が意思を持っているという話を聞くが…」
崇影がそう口を挟んだ。
店長はその言葉に頷く。
「そう、あの御神木は特別なんだ。自らの意思で100年に一度、森を守るための番人となるアーキレイスを産み出す。産み出されたアーキレイスは、1人前になるまで森の主に鍛えられ、森の主に足る器となった時に、その役割を受け継ぐんだ。」
「100年に一度……」
100年に一度、1人だけ生まれるのがアーキレイス。
だとすれば、それは確かに…物凄く希少な種だ。
「先程、アーキレイスには性別は無いという話をしただろう? アーキレイスは子孫を残さない。だから、性別という物が不要なのだろうね。」
子孫は残さず、森を守るために生み出される……
でもそれって、何だか…
「寂しいですね……」
思わずそう呟くと、店長と崇影が俺を見た。
「1人で…恋をすることも、パートナーを得ることも無く、ただ森を守るために生きているってことですよね?」
「なるほど、そう言ってしまうと、その通りかもしれないね…。ただ、この島では、アーキレイスが森の番人というのはあまりに当然の常識だからね…七戸くんのような考え方をする者は珍しいかもしれないね。」
そういう物なのか……
でも、セイロンさん自身はどう感じているんだろう? ゴーレムのような番人だったら、俺も何も違和感を抱かなかったのかもしれない。
でも、セイロンさんは、俺達と同じように笑ったり、困ったりしていた。
感情を持っている…とすれば、1人であの森を一生守るというのは、辛くないんだろうか…?
無言で俯いて考える俺の様子に気付いてか、崇影が俺の肩を叩いた。
「七戸、大丈夫だ。ソラという精霊が側にいたのを見ただろう。それに、トーキスも会いに行っているという話だった。」
崇影にそう言われ、森での光景が目に浮かんだ。
そうだ、ソラちゃんがサポートをしてるという話だった。それに、トーキスさんとセイロンさんは仲良しだって言ってたし…
1人ぼっちというわけでも無いのか。
何となくホッとする。
「優しい子だね、七戸くんは」
店長はそう言って微笑んだ。
「ドラセナとしても、あの森の資材はよく使用するからね、また君たちにも、あの森に行ってもらうことになるだろう…気になることは、セイロン達に直接聞いてみるといい。」
そう店長に言われ、俺はしっかりと頷いた。
そうだ。ソラちゃんも、またいつでも手伝うから、と言ってくれたではないか。
今度また森へ行ってみよう……
セイロンさんとソラちゃんに、もう一度会いたい。
「さて、君達が持ち帰って来た収穫物を確認して早速調合の準備に取り掛かりたい所だが…」
店長は俺のリュックへ視線を移し、それから壁の時計を見上げだ。
「今日はもう時間も遅いからね。明日改めて作業を手伝ってもらうとしよう。七戸くん、鞄の中身だけ預かっておいても構わないかな? せっかくの収穫物が萎れてしまっては勿体ないからね。」
「はい、勿論です!」
俺は愛用のリュックの蓋を開けた。
その中には、皆で大量に収穫した草や花や木の実がこれでもかと言うほど詰まっている。
それを覗き込んだ店長が、目を丸くした。
「これはまた…大量だね。」
それから、俺達に笑顔を向けた。
「2人の頑張りがよく分かる成果だ。本当にお疲れ様。今日は部屋へ戻ってゆっくりするといい。夕飯が出来たら声をかけるからね」
「はい、ありがとうございます!」
店長の言葉に甘えて、俺と崇影はそれぞれ自室へと戻ることにした。




