8.特殊な種族①
俺と崇影がドラセナショップへ到着する頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「2人ともお帰り。」
店仕舞いのために外に出ていたらしいタウラス店長が、いつもの爽やかスマイルで出迎えてくれた。
慣れない獣道を歩き回ったせいで、足にはひどく疲労が溜まっている。
「疲れただろう? 少し休憩するといい。中へおいで」
「ありがとうございます!」
労わるような店長の言葉が疲れた心に染みる。
俺と崇影は、店長に続いてドラセナショップの中へと入った。
「もう閉店の時間だからね、鍵を閉めておいてくれるかな?」
店長にそう言われ、内側からしっかりと鍵を掛ける。
にしても、トーキスさんはいつ帰って来るのだろう…? 店の鍵は持っているだろうから心配は無用だと思うけど……
「夕飯にはまだ少し早いからね。一先ずお茶を淹れようか。2人とも、ソファで待っていてくれるかな?」
「はい!」
「承知した。」
店の奥の1角にある打ち合わせスペースに、俺と崇影は腰を下ろす。店長は笑顔で頷き、カウンターの奥へと向かった。
あまり使用する機会は無いようだが、たまに店長に困りごとの相談に来る客もいるため、落ち着いて話が出来るよう、店の奥に打ち合わせスペースと称してソファとテーブルが用意されているのだ。
そして打ち合わせの際には必ず、店長が珈琲や紅茶を振る舞う。
「七戸くんはいつものカフェオレでいいかな?」
店長がカウンターからそう声を掛けてくれた。
「ありがとうございます!」
「崇影くんは…煎茶でどうかな?」
「あぁ…助かる。」
「そういや、崇影がコーヒーとか飲んでるの見たことないな……苦手なのか? 店長のカフェオレは絶品だぞ。」
「いや、俺は……」
「崇影くんは元々鳥だからね。カフェインの強い物は馴染まないんだろう」
カウンターの向こうから、店長が崇影に代わってそう補足する。
「なるほど…鳥はコーヒーなんか飲まないもんな…」
一緒に生活をしていると、思わず崇影が鷹だったと言うことを忘れてしまう。それだけ、今の姿がしっくり来ていると言うことなのだろう。
しばらくして、店長がトレイに3人分の飲み物を運んで来てくれた。
カフェオレ、煎茶、紅茶。
店長はいつもブラックの紅茶を好んで飲んでいる。
「それで、トーキスは森から帰って来ないのかな?」
俺達の向かいに腰を下ろした店長がそう尋ねる。
口ぶりからして、最初からこうなることが分かっていたかのようだ。
「森でセイロンさんに会って…トーキスさんは、せっかくセイロンさんに会えたから、もう少し森に残るって…」
「そんなことだろうとは思っていたよ。」
俺の説明に驚くことは無く、店長は苦笑した。
「こうして無事に七戸くんと崇影くんが森の植物を持ち帰って来たのだから、トーキスにしては真面目にやったと褒めてやるべきか…」
店長の言葉尻から、普段のトーキスさんが、いかにいい加減で面倒臭がりかが伺い知れるようだ…
評価酷いな。
「あの、店長。気になってたんですけど…トーキスさんとセイロンさんって、どういう関係なんですか?」
俺の質問に、店長は「あぁ」と微笑んだ。
「平たく言えば『幼馴染み』ということになるかな。2人は師を同じくする、いわば兄弟弟子なんだ。ただ、性格が真逆な2人だからね…昔からよくぶつかっていたよ。正確には、トーキスが一方的にセイロンに食って掛かっていただけとも言えるかな。」
「兄弟弟子……」
それって、戦闘訓練における修行とか、そういう話なんだろうか…? 武術知識なんて無い俺には全く分からないけど……
お互いにあれだけ遠慮無しに攻撃を仕掛けていたのだから、昔からそうやって互いに高め合って来たということなのかもしれない。
あれは、あの2人にとっては挨拶みたいな物だったんだろうか…?
何も知らされていなかったこちらの身としては、心臓に悪いから止めて欲しかったけど。
……いや、それにしてもだ。
俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「トーキスさんは、セイロンさんを好きになったりはしないんでしょうか?」
「?」
隣の崇影が不思議そうに俺を見る。
「好き、というのは、恋愛感情として、ということかな?」
店長にそう確認され、俺はしっかり頷いた。
そりゃそうだろう。
ハッキリ言って、セイロンさんは美人だ。そして可愛い。性格も優しくて、おまけにいい香りまでした。
「あんな綺麗な女性が一緒に修行なんてしてたら…俺だったら惚れる自信があります。」
そう言い切った俺に、店長はふふ、と小さく吹き出した。
崇影は怪訝な顔で俺を見ている。
……いや、引くなよ。
「なるほどね、七戸くんはセイロンのような子が好みなわけだ」
楽しそうに笑いを堪えながら店長が言う。
「いや、だって…あんな綺麗な人、なかなかお目にかかれないですよ。俺、最初見た時見惚れたし…」
「うん、分かるよ…セイロンは美しい。その感覚は恐らく正しい。」
そこで一度言葉を切ると、店長は「でもね」と人差し指を立てた。
「1つ訂正するとすれば、セイロンは女性ではないよ」
「え?」
ま じ か 。
俺はショックで言葉を失った。
めちゃくちゃ綺麗な『女性』なんだと思っていた…いや、確かに性別不詳には見えたけど、女性だと思いたかった。




