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オルタンシア島滞在記〜特異体質の治し方〜  作者: 風見アシラ
第一章 オルタンシアへようこそ
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6.それって断れる頼み?②


「危険な森なんですか…?」


 何かしら特異体質に効きそうな物があるのなら、それは喉から手が出る程欲しいが、それに命をかけられるかと言われたら…当然命の方が惜しい。


「大丈夫だよ、七戸くん。心配はいらない。確かに…崇影くんの言う通り、あの森は邪な者は足を踏み入れることは出来ない。けれど、私達エルフ族は元々森の中、自然の中で暮らしてきた種族だからね。基本的に森に拒絶されることは無い。」

「そういう物なんですか……」

「怖ぇなら、やめときゃいんじゃね? 慣れてない奴連れて歩くのなんざ、俺はごめんだしな」


 トーキスさんが吐き捨てるように言う。

 店長がトーキスさんへ視線を送り、トーキスさんが少し肩を竦めるのが分かった。

 危険じゃないなら、行ってみたい気はするけど、正直このガラの悪いトーキスさんと一緒ってのがちょっとな…どうせなら、店長に案内してもらいたいんだけどな……


「トーキスが案内役になってくれれば、私も店を休業にせずに済むと思ったのだが仕方ない。ならば私が案内をするから、トーキスは店番を頼むよ。出掛けるのはその後にしてくれるかな?」


 腕を組み、笑顔でそう告げた店長に、トーキスさんは「チッ」と思い切り舌打ちをした。

 いや、だから怖いんだってこの人……


「連れてきゃいいんだろ、分かったよ。」

「七戸くん達は、初めて森を訪れるわけだからね、トーキスの探し人も、姿を現すかもしれないよ。」

「…まぁ、それもそうだな。」


 含みのある店長の言葉に、トーキスさんは少し考えるような仕草をしてからこちらへ向き直った。


「面倒だけど、連れてってやるよ。」

「あ、ありがとうございます…」


 怖いしちょっと気乗りはしないけど、背に腹は代えられない…

 そう覚悟を決めて頭を下げたところに、「オマエさぁ」と言葉をかけられ、何か怒られるのかとドキドキしながら頭を上げた。


「先言っとくけど、森では自分の身くらいは自分で守れよ? そこまで世話してやる気はねぇから」


 自分の身は、自分で…それって


「俺と崇影は、森から追い出される可能性がある…的なことですか?」

「いや、追い出されはしないだろうけどね、あくまで人の手の入っていない森の中へ入って行くわけだから、そういう意味では油断をすると危険だよ」


 と、店長。

 人の手が入っていない、森……

 そこで起きる危険なことと言うと、つまりそれって…


「野生動物に襲われる、とか…そういうことですか?」


 と、自分で聞いておきながら何だけど、熊とか襲って来たら、普通に考えて勝てるわけないだろ。

 自分の身は自分で守るっつったって、無理ゲーじゃん…


「七戸、可能な限りは俺が対応する。」


 崇影が俺の肩をぽん、と叩いた。

 それは有り難い…んだけど、コイツは鷹だろ? 

 えーと…鷹って、熊に勝てるんだっけ? いや、無理じゃね? 体格差ありすぎんだろ。むしろ食われちまうんじゃ…?

 俺の脳裏に、最悪の状況となった場面が浮かぶ。地獄絵図だ…。

 ヤバイ、やっぱり行きませんって言おうかな…今ならまだ間に合う。


「いや、その可能性はねぇよ。俺が近くにいれば森の奴らは敵だとはみなさない。」


 俺の暴走気味な思考にに気付いてか、トーキスさんが軽くそう言った。


「な、なんだ…」


 思わず胸を撫で下ろす。

 てか、エルフって、すごいんだな…

 長寿で美形で動物に襲われる心配も無くて…色々羨ましすぎる。俺もエルフに生まれたかった。


「まぁ、何事も経験だよ七戸くん。そんなに身構えないで、気軽に行っておいで」


 店長からもそう言われ、なんとか決心がついた。

 そもそも、俺は体質を治すためにこの島に来たんだ。

 出来ることは全てやってみないと、はるばる来た意味が無いよな…

 それに、もしこれで上手く体質を治す薬草か何かが手に入れば、早くも目的達成、日本に帰れるかもしれない。


「トーキスさん、よろしくお願いします。」


 改めて頭を下げ…そこで、あることに気付き、あれ? と崇影に向き直った。


「崇影も行く流れになってるけど…よく考えたら、崇影は森に行く必要は無いんじゃないか?」


 俺の言葉に、崇影は一瞬動きを止め……


「いや…同行させてくれ。」


 とハッキリと答えた。


「俺もあの森に入ったことは無いが、以前から興味があった。薬草を採りに行くと言うなら、人手はあった方がいいだろう。」

「そっか、そういうことなら一緒に行こう、崇影。俺としても、崇影が居てくれた方が安心だ。」

  

 変に巻き込むのも悪いかと思ったのだが、崇影が行きたいと思っているのなら、遠慮する必要は無さそうだ。

 正直、トーキスさんと2人きりってのは緊張するし、怖いからな……緊張3割、恐怖7割くらいで。


「ところで、トーキス。」

 

 店長がトーキスさんの方へ視線を送る。


「今回は何か仕入れや収穫物は無いのかい?」

「あぁ、そうだったな。」


 店長の言葉で思い出したかのように、トーキスさんは袋に入った荷物をカウンターの上にドカッ、と置いた。

 頑丈そうな大きめの革の袋だ。弓と一緒に担いでいたらしい。


「ほらよ。今回は魔道具もゲットしたんだ。割と売りやすい品だと思うぜ?」


 来た!! 魔道具!!

 思わず身を乗り出し、袋に近づく。

 そんな俺の様子を見て、店長は苦笑した。


「七戸くん、せっかくだから仕入れ品の確認をお願いしてもいいかな?」

「はい!! 開けてもいいですか?」


 トーキスさんは、面倒そうに「勝手にどーぞ」と手を前後に振った。

 俺は躊躇いなく革の袋を開け、中身を確認する。

 角のような物、枝のような物、石のような物、それから骨董品のような壺や置物が数点…の奥に、掌サイズの少し古ぼけた箱が入っていた。

 魔道具って、コレのことか?

 予想していたより小ぶりだ。

 俺はその箱を壊さないよう慎重に持ち、覗き込むようにしてゆっくりと開けた。

 だが、慎重になるべき個所を間違えたらしい。

 視界に、キラリと何かが反射する……

 しまった、コレは、『アレ』だ。

 そう気付いた時にはもう遅い。

 全身を潰されるような不快感が走り、見えていた景色が巨大化する。


「あぁ…そうか…トーキス、今回は鏡の魔道具かい?」


 状況を悟った店長がそう言いながら、俺の手から箱を取り上げた。

 中を確認し、ゆっくりと中身を取り出す。

 チャラッと音を立ててチェーンが下へと垂れた。ロケットペンダントだ。

 トップの部分がコンパクト状になっていて、開くと中が鏡になっているのだが、箱に収まっていた時にコンパクトが全開状態だったらしい。

 せめて閉まっていてくれれば、縮まずに済んだのに…


「はぁ……」


 思わずため息をついて項垂れた。

 そんな俺を、トーキスさんは怪訝な目で、崇影は不思議そうに眺めている。


「魔道具の効果については調査したんだけどな…そんな作用あったっけ?」


 トーキスさんがそう言いながら、俺の前に屈んだ。

 こうなってしまった以上、面倒でも説明するより仕方無いか…

 そう思って顔を上げると、店長が優しく頷き、口を開いた。


「丁度いい機会だ。七戸くんの体質について、2人には話しておいた方が良さそうだね」


 そう言って俺の代わりに、2人に俺の体質について分かりやすく説明をしてくれた。

 一通り話を聞いてのそれぞれの反応はこうだ。


「へぇ、特異体質な…そりゃ厄介だ。」


 トーキスさんは、物珍しそうにそう言うものの、表情はほとんど変わらず、無関心に見える。

 反応薄いな…別に驚いて欲しかったわけじゃないけどさ……。


「鏡を直視すると縮む…珍しい体質だな。」


 崇影は、小さくなった俺の目の前にしゃがみ込み、じっと俺を眺めている…

 珍しい体質って、鷹から人に変異した崇影には言われたく無いけどな…俺からしたらそっちの方がよっぽど不可解だ。


「ところでトーキス、その魔道具の本来の作用はどんな物なのかな?」


 店長が仕切り直すように言うと、「あぁ、それな」とトーキスさんはペンダントへと視線を移した。


「魔除け、厄除け的なやつだな。簡易的な身代りってゆーの? 魔力で持ち主を守ってくれるんだってよ。」

「なるほどね……」


 店長は少し顎に手を当てて考えるような仕草をし、何かを思い付いたように「よし」と顔を上げた。


「七戸くん、その魔鏡は君にプレゼントしよう」


 そう言うなり、俺の掌に魔鏡のペンダントを乗せる店長。

 プレゼントって、何で…?


「いや…俺、鏡は出来るだけ見たくないから、持ってても使わないんですけど…」

「そうだね、積極的に開いて使用する必要は無い。お守りとして身につけているといいよ。この島での生活にもまだ慣れない部分があるだろうし、魔力による保護が少しでもあれば安心だろう?」

「お守り、ですか…」


 店長の説明に何となく納得は行くけど…


「売らなくていいのか? 貴重な魔道具の商品だぞ? 良い値で売れんだろ。」


 トーキスさんがそう口を挟む。

 そうだよな、魔道具はこの店の大事な商品のハズ。

 しかも、先にトーキスさんが言っていた通り、サイズ、形状からしてニーズはありそうだ。

 そんな物をアルバイトの俺がタダで頂くなんて恐れ多い…と思ったのだが、店長は小さく微笑んだ。


「トーキス、覚えておくといい。こういう物は持つべき者の手にあってこそ価値があるんだ」

「持つべき者が七戸だ、と?」


 崇影がそう尋ねると、店長は笑みを深くした。

 

「そこまで言われるなら、有り難くいただきます…」


 その『持つべき者』が本当に俺なのかどうか、正直よく分からないけど…店長が俺に持っていて良いと判断してくれるのなら、わざわざ断る理由は無い。

 正直、魔力のお守りなんて、ちょっとテンション上がるしな。

 俺は素直に魔鏡を受け取り、首から下げた。

 大きさの割に重さはさほど感じない。これも魔道具ならではの特性なんだろうか?


「まぁ、これから森に入ることも考えりゃ、ちょうどいい気休めかもしんねぇな。」


 トーキスさんも納得したのか、そう呟き、俺と崇影へ向き直った。


「お前ら、出発に向けて準備はしとけよ。俺はちょっと休んで来るから、また明日な。」


 そう言い残すと、トーキスさんはひらひらと手を振って、店の奥、居住スペースへ繋がる扉の向こうへと消えていった。


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― 新着の感想 ―
こんにちは。まだ最初のほうですが、拝読させていただきました。 鏡を見ると子供に戻ってしまう体質ですか。これは面白い設定ですね! しかもそれがファンタジー世界に踏み入れるきっかけになるなんて。ワクワク…
主人公の体質と鏡入りペンダント(簡易的な身代わり!?)という魔道具の組み合わせが、絶妙な不穏さを生み出していて、どんな展開につながるのか今から楽しみです! 世界観の底が見えない、その読後感が最高です…
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