6.それって断れる頼み?②
「危険な森なんですか…?」
何かしら特異体質に効きそうな物があるのなら、それは喉から手が出る程欲しいが、それに命をかけられるかと言われたら…当然命の方が惜しい。
「大丈夫だよ、七戸くん。心配はいらない。確かに…崇影くんの言う通り、あの森は邪な者は足を踏み入れることは出来ない。けれど、私達エルフ族は元々森の中、自然の中で暮らしてきた種族だからね。基本的に森に拒絶されることは無い。」
「そういう物なんですか……」
「怖ぇなら、やめときゃいんじゃね? 慣れてない奴連れて歩くのなんざ、俺はごめんだしな」
トーキスさんが吐き捨てるように言う。
店長がトーキスさんへ視線を送り、トーキスさんが少し肩を竦めるのが分かった。
危険じゃないなら、行ってみたい気はするけど、正直このガラの悪いトーキスさんと一緒ってのがちょっとな…どうせなら、店長に案内してもらいたいんだけどな……
「トーキスが案内役になってくれれば、私も店を休業にせずに済むと思ったのだが仕方ない。ならば私が案内をするから、トーキスは店番を頼むよ。出掛けるのはその後にしてくれるかな?」
腕を組み、笑顔でそう告げた店長に、トーキスさんは「チッ」と思い切り舌打ちをした。
いや、だから怖いんだってこの人……
「連れてきゃいいんだろ、分かったよ。」
「七戸くん達は、初めて森を訪れるわけだからね、トーキスの探し人も、姿を現すかもしれないよ。」
「…まぁ、それもそうだな。」
含みのある店長の言葉に、トーキスさんは少し考えるような仕草をしてからこちらへ向き直った。
「面倒だけど、連れてってやるよ。」
「あ、ありがとうございます…」
怖いしちょっと気乗りはしないけど、背に腹は代えられない…
そう覚悟を決めて頭を下げたところに、「オマエさぁ」と言葉をかけられ、何か怒られるのかとドキドキしながら頭を上げた。
「先言っとくけど、森では自分の身くらいは自分で守れよ? そこまで世話してやる気はねぇから」
自分の身は、自分で…それって
「俺と崇影は、森から追い出される可能性がある…的なことですか?」
「いや、追い出されはしないだろうけどね、あくまで人の手の入っていない森の中へ入って行くわけだから、そういう意味では油断をすると危険だよ」
と、店長。
人の手が入っていない、森……
そこで起きる危険なことと言うと、つまりそれって…
「野生動物に襲われる、とか…そういうことですか?」
と、自分で聞いておきながら何だけど、熊とか襲って来たら、普通に考えて勝てるわけないだろ。
自分の身は自分で守るっつったって、無理ゲーじゃん…
「七戸、可能な限りは俺が対応する。」
崇影が俺の肩をぽん、と叩いた。
それは有り難い…んだけど、コイツは鷹だろ?
えーと…鷹って、熊に勝てるんだっけ? いや、無理じゃね? 体格差ありすぎんだろ。むしろ食われちまうんじゃ…?
俺の脳裏に、最悪の状況となった場面が浮かぶ。地獄絵図だ…。
ヤバイ、やっぱり行きませんって言おうかな…今ならまだ間に合う。
「いや、その可能性はねぇよ。俺が近くにいれば森の奴らは敵だとはみなさない。」
俺の暴走気味な思考にに気付いてか、トーキスさんが軽くそう言った。
「な、なんだ…」
思わず胸を撫で下ろす。
てか、エルフって、すごいんだな…
長寿で美形で動物に襲われる心配も無くて…色々羨ましすぎる。俺もエルフに生まれたかった。
「まぁ、何事も経験だよ七戸くん。そんなに身構えないで、気軽に行っておいで」
店長からもそう言われ、なんとか決心がついた。
そもそも、俺は体質を治すためにこの島に来たんだ。
出来ることは全てやってみないと、はるばる来た意味が無いよな…
それに、もしこれで上手く体質を治す薬草か何かが手に入れば、早くも目的達成、日本に帰れるかもしれない。
「トーキスさん、よろしくお願いします。」
改めて頭を下げ…そこで、あることに気付き、あれ? と崇影に向き直った。
「崇影も行く流れになってるけど…よく考えたら、崇影は森に行く必要は無いんじゃないか?」
俺の言葉に、崇影は一瞬動きを止め……
「いや…同行させてくれ。」
とハッキリと答えた。
「俺もあの森に入ったことは無いが、以前から興味があった。薬草を採りに行くと言うなら、人手はあった方がいいだろう。」
「そっか、そういうことなら一緒に行こう、崇影。俺としても、崇影が居てくれた方が安心だ。」
変に巻き込むのも悪いかと思ったのだが、崇影が行きたいと思っているのなら、遠慮する必要は無さそうだ。
正直、トーキスさんと2人きりってのは緊張するし、怖いからな……緊張3割、恐怖7割くらいで。
「ところで、トーキス。」
店長がトーキスさんの方へ視線を送る。
「今回は何か仕入れや収穫物は無いのかい?」
「あぁ、そうだったな。」
店長の言葉で思い出したかのように、トーキスさんは袋に入った荷物をカウンターの上にドカッ、と置いた。
頑丈そうな大きめの革の袋だ。弓と一緒に担いでいたらしい。
「ほらよ。今回は魔道具もゲットしたんだ。割と売りやすい品だと思うぜ?」
来た!! 魔道具!!
思わず身を乗り出し、袋に近づく。
そんな俺の様子を見て、店長は苦笑した。
「七戸くん、せっかくだから仕入れ品の確認をお願いしてもいいかな?」
「はい!! 開けてもいいですか?」
トーキスさんは、面倒そうに「勝手にどーぞ」と手を前後に振った。
俺は躊躇いなく革の袋を開け、中身を確認する。
角のような物、枝のような物、石のような物、それから骨董品のような壺や置物が数点…の奥に、掌サイズの少し古ぼけた箱が入っていた。
魔道具って、コレのことか?
予想していたより小ぶりだ。
俺はその箱を壊さないよう慎重に持ち、覗き込むようにしてゆっくりと開けた。
だが、慎重になるべき個所を間違えたらしい。
視界に、キラリと何かが反射する……
しまった、コレは、『アレ』だ。
そう気付いた時にはもう遅い。
全身を潰されるような不快感が走り、見えていた景色が巨大化する。
「あぁ…そうか…トーキス、今回は鏡の魔道具かい?」
状況を悟った店長がそう言いながら、俺の手から箱を取り上げた。
中を確認し、ゆっくりと中身を取り出す。
チャラッと音を立ててチェーンが下へと垂れた。ロケットペンダントだ。
トップの部分がコンパクト状になっていて、開くと中が鏡になっているのだが、箱に収まっていた時にコンパクトが全開状態だったらしい。
せめて閉まっていてくれれば、縮まずに済んだのに…
「はぁ……」
思わずため息をついて項垂れた。
そんな俺を、トーキスさんは怪訝な目で、崇影は不思議そうに眺めている。
「魔道具の効果については調査したんだけどな…そんな作用あったっけ?」
トーキスさんがそう言いながら、俺の前に屈んだ。
こうなってしまった以上、面倒でも説明するより仕方無いか…
そう思って顔を上げると、店長が優しく頷き、口を開いた。
「丁度いい機会だ。七戸くんの体質について、2人には話しておいた方が良さそうだね」
そう言って俺の代わりに、2人に俺の体質について分かりやすく説明をしてくれた。
一通り話を聞いてのそれぞれの反応はこうだ。
「へぇ、特異体質な…そりゃ厄介だ。」
トーキスさんは、物珍しそうにそう言うものの、表情はほとんど変わらず、無関心に見える。
反応薄いな…別に驚いて欲しかったわけじゃないけどさ……。
「鏡を直視すると縮む…珍しい体質だな。」
崇影は、小さくなった俺の目の前にしゃがみ込み、じっと俺を眺めている…
珍しい体質って、鷹から人に変異した崇影には言われたく無いけどな…俺からしたらそっちの方がよっぽど不可解だ。
「ところでトーキス、その魔道具の本来の作用はどんな物なのかな?」
店長が仕切り直すように言うと、「あぁ、それな」とトーキスさんはペンダントへと視線を移した。
「魔除け、厄除け的なやつだな。簡易的な身代りってゆーの? 魔力で持ち主を守ってくれるんだってよ。」
「なるほどね……」
店長は少し顎に手を当てて考えるような仕草をし、何かを思い付いたように「よし」と顔を上げた。
「七戸くん、その魔鏡は君にプレゼントしよう」
そう言うなり、俺の掌に魔鏡のペンダントを乗せる店長。
プレゼントって、何で…?
「いや…俺、鏡は出来るだけ見たくないから、持ってても使わないんですけど…」
「そうだね、積極的に開いて使用する必要は無い。お守りとして身につけているといいよ。この島での生活にもまだ慣れない部分があるだろうし、魔力による保護が少しでもあれば安心だろう?」
「お守り、ですか…」
店長の説明に何となく納得は行くけど…
「売らなくていいのか? 貴重な魔道具の商品だぞ? 良い値で売れんだろ。」
トーキスさんがそう口を挟む。
そうだよな、魔道具はこの店の大事な商品のハズ。
しかも、先にトーキスさんが言っていた通り、サイズ、形状からしてニーズはありそうだ。
そんな物をアルバイトの俺がタダで頂くなんて恐れ多い…と思ったのだが、店長は小さく微笑んだ。
「トーキス、覚えておくといい。こういう物は持つべき者の手にあってこそ価値があるんだ」
「持つべき者が七戸だ、と?」
崇影がそう尋ねると、店長は笑みを深くした。
「そこまで言われるなら、有り難くいただきます…」
その『持つべき者』が本当に俺なのかどうか、正直よく分からないけど…店長が俺に持っていて良いと判断してくれるのなら、わざわざ断る理由は無い。
正直、魔力のお守りなんて、ちょっとテンション上がるしな。
俺は素直に魔鏡を受け取り、首から下げた。
大きさの割に重さはさほど感じない。これも魔道具ならではの特性なんだろうか?
「まぁ、これから森に入ることも考えりゃ、ちょうどいい気休めかもしんねぇな。」
トーキスさんも納得したのか、そう呟き、俺と崇影へ向き直った。
「お前ら、出発に向けて準備はしとけよ。俺はちょっと休んで来るから、また明日な。」
そう言い残すと、トーキスさんはひらひらと手を振って、店の奥、居住スペースへ繋がる扉の向こうへと消えていった。




