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オルタンシア島滞在記〜特異体質の治し方〜  作者: 風見アシラ
第一章 オルタンシアへようこそ
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6.それって断れる頼み?①

「ただいま戻りました〜!」


 ドラセナショップの扉を開けると、カウンターに立つ店長が、にこやかに手を振って出迎えてくれた。


「お帰り、2人とも。」


 店長に頼まれていたおつかい品と、預かっていた財布、カードを全てカウンター越しに店長へ渡す。


「崇影のおかげで迷わず全て揃えられました。」

「そうか、ありがとう。」


 店長は袋を開けて中身を確認し、「うん、間違いないね」と微笑んで顔を上げた。


「問題無く行ってこられたかな?」

「えっと…」


  一瞬、言葉に詰まった。

  さっきのスリの話は報告すべきだよな…

 そう思い崇影に視線を送るが、崇影の表情は無のままだ。先程のような心の声も一切聞こえない。

 …もしかして、鷹の姿の時だけテレパシーが使える的な感じなのか?


「七戸くん?」


 店長が不思議そうに俺の顔を覗き込む。

 護衛隊が駆け付けた時の崇影の態度といい、気になることはいくつかあるが…とりあえずアルバイトとして、報連相は大切だよな。

 そう思い、俺は簡単に掻い摘んでスリに会ったことを報告した。

 見知らぬ男に突進されて、一瞬盗まれたけど、崇影が取り返してくれたから大丈夫だった、といった具合だが…その間も、崇影は一切口を開かなかった。

 無口なのはいつものこととはいえ、何を考えているのかが読めない。

 いや、単に何も考えていないのかもしれないけど…

 

「そうか、怖い目に合わせてすまなかったね。」


 静かに報告を聞いていた店長が、申し訳無さそうにそう目を伏せた。

 それから、崇影の方へ向き直る。


「ありがとう、崇影くん。怪我はしなかったかい?」

「あぁ、問題ない」

「それなら良かった、次回ステルラへ行く際には、レオンかエレナちゃんに大通りまで付き添うよう頼んでおくよ」

「エレナちゃんは会いましたけど…レオンさん、というのは?」

「おや、会わなかったかい? ステルラの店主なのだが……」


 店主、ということは…もしかして……


「白髪のエルフの方ですか?」

「あぁ。レオンは名乗らなかったのか…彼は私の古くからの友人なんだ」


 店長が頷いて微笑む。

 古くからの、友人……

 見た目の年齢だと、店長とレオンさんの年齢は大分違って見えるため、友人ってのに違和感があった。

 俺の感覚だと、レオンさんは、60歳は越えているように見えた。対して店長は、20代後半に見える。

 いやでも、仲の良さに年齢なんて関係ないか。

 そんなことを考えていた時。


 カランカラン。


 店の扉が開き、来店者を知らせるベルが鳴った。

 お客さんだ!


「いらっしゃいませ!」


 俺はすぐさま体ごと入り口の方を向き、丁寧にお辞儀をした。

 扉の前に立っていたのは、茶色のフードを目深に被った…旅人……なのか?

 すらりと背が高く、背中には弓らしき物を背負っている。


「いらっしゃいませ…?」


 旅人が訝しげに低く呟き、フードを外した。

 さらりとラベンダー色の柔らかそうな髪が肩に落ちる。

 深いアメジストの瞳。緩くウェーブのかかった髪。

 長い耳の下でピアスが揺れる。

 垂れ目だが鋭い瞳に、釣り上がった眉。

 眉間に皺を寄せ、こちらを睨んでいるように見える…

 って、何で睨まれてるんだ? ちゃんと挨拶したのに……

 そう思って店長に視線を送ると、店長が苦笑しながらカウンターからこちらへ歩いて来た。


「七戸くん。彼はお客では無いんだ。」 

「お客さんじゃない…?」

「彼は私の弟のトーキスだ。」

「弟さん…」


 そう言われて、改めてそのエルフの旅人を見た。

 店長程ではないが背が高く、体型はよく似ている。

 兄弟と言われてみれば、確かにどことなく似ているのかもしれないが…ぶっちゃけ雰囲気は正反対だ。

 店長が誰にでも優しく、いつもニコニコとしているのに対してそのトーキスさんは仏頂面で面倒そうに頭を掻いている。


「タウラス、こいつら誰?」

「トーキス、もう少し初対面の礼儀と言うものがあるだろう。彼らはウチのアルバイトだよ。」

「アルバイトの、幸木七戸です! それから、こっちが…」

「崇影だ。」


 俺と崇影が名乗ると、トーキスさんはこちらを一瞥し、不服そうにため息を吐きながら口を開いた。


「…つーか、聞いて無いんだけど。バイト雇うとか」

「全く、誰のせいだと思っているんだい?」


 店長は呆れた口調で続ける。


「トーキスがなかなか帰って来ないから、人手が足りないんじゃないか。彼らは君の代わりに住み込みで働いてくれているんだよ。真面目で呑み込みも早い。優秀だよ」

「ふーん……そうかよ。」


店長の説明に、トーキスさんはさほど興味を示さない。掴めない人だ…。

 にしても…


「なかなか帰って来ない、って…」

「あぁ。無精の弟が失礼をしてすまないね、七戸くん、崇影くん。トーキスは鉄砲玉でね…仕入れを頼んでいるのだが、出掛けると数カ月は帰って来ないんだ。」

「え。」


 数カ月帰って来ないって…軽く家出じゃないか…自由すぎるだろ。

 と、そこまで考え、はた、と気付いた。

 いや、待てよ…誰かに似てるな。

 ……北斗さんだ。

 よく知った顔が脳裏に浮かんだ。同じタイプってことか…

 そう考えると、親近感が湧かないでもない。


「ところでトーキス、今回はどのくらいここに居るつもりかな?」


 店長の問いかけに、トーキスさんは「あ〜…そうだなぁ」と少し間を置き、


「明日か明後日には出る」


と答えた。


「帰ったばかりなのにか?」


 崇影の言葉に、店長は「いつものことだよ」と笑う。


「それなら、1つ頼まれてくれないか?」


 店長がそう続けると、トーキスさんは間髪入れず口を開いた。


「なに、それって断れる頼み?」

「聞く前から断ろうとしないでくれるかな?」

「…聞くだけなら聞くけどよ」


 面倒そうにトーキスさんがため息をつく。

 恐らく、こんなやり取りは日常茶飯事なのだろう。

店長は気に留めない様子で続けた。


「出掛ける先が『カルムの森』なら…七戸くんと崇影くんを案内してやって欲しいんだ。」 

「はぁ? コイツら連れてくの? 俺が?」

「そのくらい構わないだろう?」


 物凄く嫌そうな反応のトーキスさんと、笑顔なのに断らせない圧をかける店長。

 何となくこの兄弟の力関係が見えた気がした。


「カルムの森へ行くのか?」


 と崇影が口を挟む。

 あまり話の輪に入りたがらないコイツが初対面の相手との会話で口を挟むって珍しいな……有名な場所なのか?


「カルムの森って?」


 そう尋ねてみると、トーキスさんが明らかに引いた顔で俺を見た。


「カルムの森を知らねぇの? マジで? おい、タウラス、コイツ大丈夫かよ?」

「す、すみません……」


 物凄く馬鹿にした口調で言われ、思わず謝る。

 この島では知ってて当たり前ってことか…

 言われてみたら、北斗さんに貰ったガイドブックに何か載ってたような気がしないでもないけど…

 くっそ、もう少し入国についてのページ以外もちゃんと読んどくんだった。

 その様子を見ていた店長が「こら」とトーキスさんの肩を掴む。


「トーキス、言い過ぎだ。七戸くんはまだこの島に来て日が浅い。知らずとも無理のないことだ。」


 それから、俺に笑顔を向けた。


「七戸くんも気にしなくていい。元々私から説明するつもりでいたことだ。」


 ごく自然なフォローに軽く涙が出そうになる。

 あぁ、やっぱ店長は優しいな…


「全く、口の悪い弟ですまないね。『カルムの森』というのは、この島で最も大きく最も生命力の強い森だよ。別名『聖なる森(セインフォレスト)』。不思議な力を宿した植物も多く生息している。」

「不思議な力を宿した植物……」


 それって、俺の特異体質の治療に効くような力があったりするんだろうか…

 そう考えると、是非とも行ってみたい。


「森の中へ入れるのか?」


ポツリ、と崇影が口を開いた。


「あそこは、森の許しが無ければ踏み入れない場所だろう」


 森の許し?

 ちょっと何言ってんだか分かんないんだけど…


「森の許しって、何だ? 無断で入るとマズイんですか?」


 俺の疑問に、店長が優しく答える。


「そうだね、森が害を為す存在だと判断した場合は、即刻排除されるかな。」

「即刻、排除……」


 優しい口調なのに、内容は物騒だ。

 でも森だろ? 排除って、どうやって? セキュリティ装置みたいなモンがあるってことなのか?

 話を聞けば聞くほどその森のイメージが出来なくなっていく。

 

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