第90話 夏休みの世界 その2
白い雲が眼下に流れて行く。青い空の中には鳥も飛んでおらず、ただただ空が広がっているのみだ。
窓から早いスピードで流れて行く景色を眺め、三人はゆったりとしたシートに体をうずめる。
目の前にある画面では映画が流れ、横の通路を見るとゆっくりと女性が歩いて来て瞬に声をかけた。
「ビーフオアチキン?」
「いやなんで飛行機乗ってんだよ!!夏休み満喫するって話じゃなかった!?」
「そーだよ!だから飛行機でフィンランド行くって言ったじゃん!」
「あれボケじゃなかったんですか!?ちょ、いいから今すぐ引き返せ!!」
「無理を言うでないぞ瞬よ。もうフィンランド行きの飛行機はかなり上空にいるのだ。お前一人の都合で引き返すことはできぬぞ」
「俺一人の都合じゃねえよ!!お前らも関わってくるだろ!!」
「ビーフオアチキン?」
「うるせえなCA!!どっちだっていいわ!!」
CAはそれを聞いて一旦どこかへ引いた。
すると三人の元へ機内食が運ばれて来る。城田はチキン、真美はビーフ、瞬はサンマの塩焼きだ。
「どっちでもねえのかよ!!いやこんなもん食ってる場合じゃねえって!!」
「ふるふぁいふぉしゅんふぉ。われはふぃふぁひひんふぉふぁへへふぃるふぉふぁ」
「食ってから喋れ!!口に入れながら喋るにしては長くね!?」
「しゅんふんふふふぁいよ!ふぁふぁしふぃふぁふぁへへふんふぉーくだんす!」
「それ今やった!!最後フォークダンスって言いました!?」
「うるさいぞ瞬よ。我は今チキンを食べているのだ、と我は言っていたぞ」
「知らねえよどうでもいいわ!!いいから引き返さんかい!!」
「そこまで言うのなら仕方ないな。しかし何故そこまで引き返すことに拘るのだ?」
「ミッションをクリアするためだよ!!フィンランド行ったらクリアできねえだろ!!」
「でもでも、ちゃんと夏休みは満喫してるじゃん?フィンランドで過ごす夏休み!どう?豪華じゃない?」
「それはそれで満喫してますけど!!多分秋里が言ってた満喫ってスイカ食べたり虫取りしたり海行ったりとかでしょ!フィンランドは話が違うわ!!」
「だがフィンランドで満喫する夏休みも良いものだぞ?秋里の脳内に話しかけて確認を取るか?」
「そもそも秋里と一緒に夏休み過ごすって話だったろ!!なんであいつ置いて来てんだよ!!」
「あ!そーだったっけ?じゃあ戻らないとかなあ。せっかくフィンランドで宿題するの楽しみだったのに!」
「どこでやっても変わんないでしょ!!フィンランド行く意味!!」
城田が仕方なく右手を上げると、飛行機は急旋回して引き返して行った。
秋里の家に戻って来た三人は、再び風鈴が吊るされている縁側に座った。
「おかえりー!フィンランドはどうだった?オイラも行きたかったなあ」
「なんでお前そんな感じでいられんの!?さてはいいやつだな!?」
「とりあえずスイカ切ったから食べよーぜ!知らないと思うけどさ、スイカに塩振って食べると美味いんだぜ!」
「え?そーなの?知らなかったー!私いつもスイカに砂糖とメープルシロップかけてサイダーと一緒に流し込んでた!」
「糖尿になるわ!!どんだけ甘くしたいんですか!!」
「我はいつも西瓜をおかずに白飯をかき込んでいるぞ。西瓜ひと切れで四合はいけるな」
「色々言いてえことはあるけどとりあえず米の量が多過ぎるだろ!!ラグビー部か!!あとスイカ漢字で書くな!!」
秋里は皿に乗ったスイカを三人に手渡し、冷蔵庫からピッチャーを持ってきた。
「ほら、飲み物も持って来たぜ!よーく冷えたコーン茶だ!」
「麦茶じゃなく!?北海道か!!」
「食べ終わったら虫取り行こうぜ!オイラこの辺でよく虫取りするんだけど、大きいスズメバチが取れるんだ!」
「やめておけ絶対に!!」
「昨日取った毒サソリもいるけど見る?」
「わーい!見るー!私の使い魔にどうかな?」
「なんで噛み合うんですか!!もうちょっと危機感持てます!?」
その後スイカを食べ終わった三人と秋里は、山に出かけてスズメバチを取り、海に出かけてフグを取り、家に戻って宿題の漢字ドリルで「毒」という字を練習したりした。
「なんで全部毒関連なんだよ!!物騒が過ぎるわ!!」
「ふう〜。最後に花火をしたら終わりだね!ちょうど打ち上げ花火があるよ!」
「オイラも打ち上げ花火は初めてだ!楽しみだなあ〜」
「ところで打ち上げ花火とは何だ?何か行事や仕事が終わった時に開く飲み会の様子を描いた花火か?」
「それもある意味打ち上げ花火だろうけども!!」
瞬が城田の相手をしている間に、真美と秋里が打ち上げ花火の導火線に火をつける。
四人は少し緊張の面持ちで火が上っていくのを見つめた。そして花火は夜空に打ち上がり、カラフルな「毒」という字が浮かび上がった。
「おいなんで毒なんだよ!!どこで毒縛りになった!?」
「ヒ〜素〜!」
「毒の名前で叫ばないで貰えます先輩!?」
秋里は少し寂しそうな顔で花火が落ちていくのを見た後、三人に顔を向けた。
「よし!これであんたらはこの世界をクリアだ!オイラと一緒に過ごした夏休みはどうだった?」
「うむ。素晴らしいフィンランド旅行だったぞ」
「フィンランド行ってねえよ!!阻止したわ!!」
「私は楽しかったな〜!懐かしい夏休みって感じ!なんだか元の世界が恋しくなっちゃったかも!」
「確かに、俺もそうですね……。俺たち本当に帰れるんですかね……?」
「安心しろ。必ず我が送り届けよう。元の世界に帰ったら、ちゃんと料金は請求してやるからな」
「何も安心できねえ!!」
「さあ、次は電気の世界だ。気合いを入れて行くぞ」
「料金体制だけ教えて貰える!?」
こうして三人は、夏休みの世界をクリアしたのだった。




