第84話 おもちゃの世界 その2
「着いたっす!ここが管理人の家っす!」
10分ほどのランニングを経て、線朱はようやく一軒の家の前で立ち止まった。
「この野郎本当にランニングで連れて来やがったな!!うちの学校の外周3周分くらいあったぞ!!」
「いいじゃん瞬くん普段運動しないんだからさ!だっていつも休みの日とか写経ばっかりしてるんでしょ?」
「坊さんか!!そんな心の安らぎ求めてねえわ!!」
「では何をしているのだ?境内の掃除か?」
「神主か!!何俺今宗教の世界に引きずり込まれようとしてる!?」
線朱は騒ぐ三人をお構い無しに、ゴソゴソと何かを取り出している。
「さあ、ランニングが終わったんで次はキャッチボールっすよ!ちょっとずつ距離を広げていって、最後は縮めてクイックでやるっす!」
「だからアップに付き合わせんなって!!俺たちこの世界に野球しに来てねえんだよ!!」
「あ、そうでしたね!じゃ、管理人を呼ぶっす!」
線朱は家のドアをノックし、大声で住人に声をかけた。
「おざっす!!線朱っす!!今からミッション始めます!!よろしくおなしゃぁぁあああす!!」
「こいつの野球部キャラのせいでおもちゃの世界感全くねえんだけど!?」
線朱と瞬が叫んでいると、ゆっくりと木のドアが開いて中から何かが出て来た。
それは家と同じく木製で、赤い羽根が付いた黄色い帽子を被り、長い鼻が特徴的な子どもの人形だ。
「おお大丈夫かこの著作権ギリギリの見た目!?」
「こんにちは。ボクはこの世界の管理人、檜男だよ」
「名前もギリギリだった!!」
檜男は三人の前にテクテクと歩いて来ると、三人を舐め回すように見た。
「で?君たちは何?冷やかし?」
「冷やかしじゃないよ!私たちはあなたを人間にするために来たんだよ!」
「人間に……?またまたそんなこと言って、人形のくせに人間になりたいなんて言ってるボクをバカにしてるんだろ?」
「こいつ捻くれてんな!!もう既に思春期の人間っぽいが!?」
檜男は家の前に戻り、壁にもたれかかって鼻を触った。
「ま、やれるもんならやってみなよ。もし本当に人間になれたらこの世界から出してあげないこともないよ」
「気に障るやつだなあ。城田か先輩ならサクッとできるんでしょ?やっちゃってくださいよ」
「うむ。できるにはできるが、まずは檜男のことを知るのが先ではないか?やつが人間になれない理由を探らねばならぬ。例えばどうしても真後ろに首を回してしまう癖があるとか」
「気持ち悪い癖!!」
「ねー檜男さん?あなたはなんで人間になれないか分かる?」
真美が檜男に直接尋ねる。すると檜男はフンと鼻を鳴らし、首を真後ろに回しながら答えた。
「おい本当に首回しやがったぞ!!気持ち悪い癖!!」
「ボクは正直な心を持てば人間になれるって言われてるんだ。だけど嘘をつかなきゃいけない時だってある。それに人間だって嘘をつく。なのに、今のボクには嘘をつくとペナルティがあるんだ」
「ペナルティ?1万5000円の罰金とか?」
「スピード違反か!!鼻が伸びるんでしょ!!」
「いや、伸びるのは目だよ」
「気持ち悪いペナルティ!!」
「まあこれも人間になるためって言われたよ。長い目で見れば必要な時期だったって分かるってね」
「上手いこと言うな!!本当に目長くしてどうすんだよ!!」
「でもでも、正直な心を持てば人間になれるってことだよね?じゃーさ、城田さん、アレ使おうよ!」
「うむ。アレだな」
「アレって……?そんな都合のいいアイテムあったか……?」
瞬が疑問に思っていると、城田は右手を上げて何かを出現させた。それは長方形で厚みのある物体で、白いボディの表面に幾つかボタンが付いている。
「これは気持ちリモコン、通称『キモコン』だ」
「あったわ都合のいいアイテム!!なるほどな、これで正直にさせるってわけだな!」
「うむ。まずはキモコンの調子を確かめるために、瞬を野球部キャラにするぞ」
「ややこしいからやめて貰える!?」
城田はしぶしぶキモコンを檜男に向け、ボタンを押した。
「やっぴー!オイラは檜男!みんなに笑顔をお届け隊長だよー!」
「ああ見たことあるキャラ!!ちょ、思い出して恥ずかしいからやめろ!!」
「すまぬ、間違えてしまった。正直モードは……これだな」
城田は再び檜男に向けてボタンを押す。すると檜男はビシッと背筋を伸ばし、三人に向かって敬礼をした。
「押忍!俺檜男って言います!人間になりたいです!よろしくおなしゃぁぁあああす!」
「線朱と近いキャラになった!!ややこしいって!!」
「檜男さん、好きな女の子のタイプは?」
「押忍!キツネ顔で背の高い女性が好きです!」
「じゃあじゃあ、初めてのデートで行きたい場所は?」
「押忍!可能ならホテル一直線です!」
「清々しいほどクズだな!!正直ではあるけど!!」
すると檜男の体が光り始め、ぐんぐん背が伸びていく。服装や体つきも変わっていき、光が収まった頃には、キツネ顔で背の高い女性が立っていた。
「おい檜男のタイプの女になっちゃったぞ!!良いのかこれで!?」
「わお!これは人間になれたってことだよね?」
「うむ。人間にはなっているな。我のスカウターで見ると戦闘力が人間ほどになっている」
「お前のスカウターってレスバの強さ測るやつだろ!!釣りの世界で使った!!」
檜男は三人の元へやって来ると、深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます。皆さんのおかげで、人間になることができました。これからは人間として正直に生きて、たくさん恋愛もして、楽しい人生を送りたいと思います」
「お前自分がタイプの女になっちゃったけど恋愛できんの!?」
「うむ。よきにはからえ。では次の世界へ向かうぞ」
「え、待ってくださいっす!まだシートノックしてないっすよ!」
「ノックはしねえよ!!お前野球盤に戻れ!!」
「わーい!クリアだー!城田さん、次はどんな世界?」
「次は王様の世界だ。少し苦労することになるかもしれぬが、我がいる限り心配は無い。タイ〇ニックに乗ったつもりでいろ」
「安心できねえ!!」
こうして三人は、おもちゃの世界を後にしたのだった。




