第79話 クリスマスの世界 その1
城田が白いドアを開けると、しんしんと雪が降り積もる街に出た。レンガ造りの洋風な家が建ち並び、三角屋根は白くなっている。すっかり寝静まって暗くなった街には、誰もいない。……だが、その街の景色は三人の遥か下にあった。
「わお!私たち空にいるの?この世界から浮いてるってことかな?」
「そんな悲しい解釈やめてくださいよ!!いやそれより落ちるでしょこれ!!」
「うむ。落ちるな。これがオチで良いか?」
「良いわけねえだろ!!これ冒頭だから!!」
だが三人は一向に落ちる気配が無い。何故か空に留まっている状態だ。
「あれ?なんで落ちないの?珍しい落下物としてネットニュースに取り上げられたかったのに!」
「その取り上げられ方で良いか一回冷静に考えてみてくださいね!?」
三人が戸惑っていると、シャンシャンと鈴の音が聞こえてくる。振り返ると、トナカイが引くソリが見える。そのソリには赤い服を着たサンタクロース風の男が乗り、こちらに向かって来ていた。
男は三人の前でソリを止めると言った。
「クリスマス 長い目で見りゃ 楽しいの 子どもの時と 若いうちだけ」
「なんでいきなり性格悪い短歌詠んだ!?公家か!!」
「ふぉっふぉっふぉ。すまないすまない。現実を突きつける短歌を詠むのが趣味なものでね」
「嫌な公家!!」
サンタクロース風の男はソリから降り、三人に向かって手を差し出した。
「私はここの管理人、苦労酢だよ」
「なんでサンタの方もじらねえんだよ!!」
苦労酢は瞬のツッコミを華麗にスルーし、話を続ける。
「君たちにこの世界でのミッションを伝えに来たよ。私たちサンタクロースは、子どもたちにプレゼントを届けるのが仕事。そして子どもたちを笑顔にすることで、世界を平和にするんだ。今回は君たちに、子どもたちを笑顔にして貰うよ」
「ふむ。公家のようなサンタクロースがもたらす世界平和か。まさに平安ザワールドだな」
「なんだ平安ザワールドって!!ウィーアー〇ワールドみたいに!」
「マイケル・ジャ公家ソンが中心になって作った曲だぞ」
「知らねえポップスター出てきた!!何ソンて!?」
「はーい!私その歌知ってるよ!スティー式部ィー・ワンダーとかが参加してるよね!」
「なんだその名前!!無理やり式部ねじ込むな!!」
苦労酢は騒がしい三人をまたしてもスルーし、ごそごそとソリから何かを取り出した。
「さあ、君たちもこれに着替えるんだ。サンタの仕事をするには、まず見た目からだよ」
「わーい!何着るの?赤いちゃんちゃんこ?」
「還暦か!!確かに赤いけども!!」
「我はキリンの着ぐるみがいいぞ」
「せめてトナカイ着て貰える!?」
苦労酢が取り出したのは、真っ赤なサンタ服。苦労酢が指パッチンをすると、三人の服が一瞬でそのサンタ服に変わった。
「ふむ。この格好でプレゼントを届ければ良いのだな。とりあえず冷凍うどんでも届けるとするか」
「どの子どもが喜ぶんだよ!!おもちゃとかだろ普通!!」
「ほら二人とも何してるの?早くソリに乗るよー!」
「ちょ、先輩早いですって!!まだソリの説明とかも聞いてないのに!!」
苦労酢はやる気満々な真美の様子を見て、満足そうに笑みを浮かべた。
「素晴らしいやる気だね。早速そのままプレゼントを届けに行って貰おうかな?」
「わーい!出発進行ー!」
「まだ乗ってないですって!!」
「ソリに乗るのも面倒だな。タクシーを拾っても良いか?」
「どこのサンタがタクシーで来るんだよ!!ソリ乗れ!!」
トナカイが走り出し、ソリが空を進み始めた。美しい星空を見て、真美は感嘆の声を上げる。
「こんなに星が近いなんて!げに平和なる天下かなって感じ!」
「知らねえけど多分それ平安ザワールドだろ!!知らねえけど!!」
「しかしソリというものは乗り心地が悪いな。新幹線で向かうのはどうだ?」
「主要駅近辺の子どもにしか届けられねえだろ!!お前なんでそんな新幹線好きなの!?」
「新幹線では駄目だと言うか。では飛行機ではどうだ?」
「もうソリと一緒だろ!!空飛んでんだから!!」
城田と瞬が言い合っていると、真美が突然疑問を口にした。
「それよりなんで私たち空に立てたんだろうね?どういう仕組み?」
「そういやそこの謎まだ明かされてませんね。なんの説明も無かったし」
「やっぱりサンタさんの力?この世界に来たら空に立てるようになるとか?」
「そんな都合のいい世界あるんですかね?城田はなんか知らねえの?」
「では我が解説してやろう。空に立つことができた、というのはどういうことか分かるか?」
「うーん、立ち仕事を極めたとか?」
「極めすぎでしょ!!もう仙人の域!!」
城田はやれやれと首を振り、瞬と真美を見た。
「答えを言うぞ。この話には、オチが無いからだ」
「だから落ちねえのかよ!!話だけはオトせよ!!」
「だがこれで79話目だぞ。そろそろオチのネタも尽きてきたところではないか?」
「それをお前が言っちゃダメだろ!!無理やりにでもオチは付けろ!?」
こうして三人は、子どもたちにプレゼントを届けに向かった。




