第77話 妖精の世界 その2
田吾作の先導で、三人は森の中を進んで行く。先ほどまでとは違い、田吾作が前を飛んでいることで迷う心配は無さそうだ。
「にしても、めっちゃ綺麗な森だよねー!まるでパンクしたタイヤみたい!」
「パンクしたタイヤのこと綺麗だと思ってたんですか!?」
「うむ。我もタイヤは綺麗だと思うぞ。あの大きくて長い体と鋭い牙、光る鱗がまた……」
「多分それ大蛇だろ!!ボケが分かりにくいわ!!」
三人が相変わらずのやり取りを披露していると、突然田吾作が止まった。
「うん?どうしたのだ田吾作よ。珍しいクワガタムシでも見つけたのか?」
「子どもか!!クワガタいそうだけど!!」
「違うよ城田さん、多分タバコ吸いたいんだよ!そろそろヤニ切れなんじゃない?」
「おっさんか!!そんな妖精嫌過ぎるでしょ!!」
「いや……それがっすね……」
歯切れが悪い話し方をする田吾作は、視線があちこちに泳いでしまっている。
「どうしたんだ本当に?何があったんだよ?」
「いや……あの、迷ったっす」
「はあ!?なんでお前妖精のくせに迷うんだよ!!」
「オイラ最近ここに異動になったもんで……まだ慣れてないっすよ」
「森ってそんな部署みたいに配属されるもんなの!?」
田吾作は頭を掻きながら困ったように天を仰ぐ。
「いやーどうしたもんっすかね。これじゃ他の妖精たちがいるオフィスまで行けねっす」
「えー!それは困るよ!私たちの相撲観戦がかかってるんだから!」
「そんなもんかかってねえよ!!帰れたら相撲行くのは先輩だけでしょ!!」
「我も困るぞ。せっかく豆腐の妖精に会えると思っていたのだが」
「加工食品にも妖精いんの!?多分だけどそいつ大豆の妖精だと思うぞ!?」
そんな時、三人の前にふわふわと飛んで来るものがあった。飛行物体は3人の前で止まると、その姿がよく見えるようになる。
そこには田吾作とよく似た青髪の妖精が、空飛ぶポケットティッシュに乗って浮かんでいた。
「なんでポケットティッシュなんだよ!!安っぽいな乗り物が!!」
「麻呂は田吾作の先輩、エイドリアンでおじやる。主にオフィスでは経理を担当しているでおじゃる」
「情報量が多いな!!とりあえずその喋り方で名前エイドリアンって何!?」
エイドリアンがやって来たことで、田吾作は安堵した様子だ。
「エイドリアン先輩遅いっすよ!オイラ迷っちゃって困ってたっす!」
「麻呂にそんなこと言われても困るでおじゃる。早くこの部署になれるでおじゃる」
「んなこと言われてもっすよ!だってこの北緯30度部にはまだ来たばっかりっすよ?」
「サウジアラビアと同じ緯度!!そんなとこにあんのこの森!?」
「じゃがこの北緯30度の林はそう広くもないでおじゃろう。お主が地理に弱いだけでおじゃる」
「森ですらなかった!!林なのここ!?」
結局田吾作とエイドリアンが将棋で勝負し、9時間の熱戦の末田吾作が勝ったことでエイドリアンが先導することになった。
「おいなんで将棋なんだよ!!名人戦くらいかかったぞ!?」
「はあ……。仕方ないでおじゃるな。そこの下民ども、着いて来るでおじゃる」
「はーい!ところで下民って何?少しの間仮に寝ること?」
「それ仮眠!!良いんですよ無理にボケなくて!!」
「真美よ、違うぞ。ベトナム最大の都市のことだ」
「それホーチミン!!全然違うじゃねえか!!」
ポケットティッシュに乗ったエイドリアンは、スイスイと林の中を進んで行く。
田吾作はそれに必死に着いて行き、三人はその小さな背中を追っている。
しばらくすると林の中に似つかわしくないビルのような建物が見えて来た。
二棟のビルが並び、その間には橋のようなものが何本か架かっている。更にその橋の途中には謎の大きな球体が鎮座していた。
「フ〇テレビ本社か!!なんでこんな現代的な建物あるんだよ!!」
「ここっす!ここがオイラたちが普段働いてるオフィスっす!」
「うむ。趣があるな。まるで春日大社のようだ」
「お前相変わらず目腐ってんな!!」
受付にいたダンボールの妖精に入館証を貰い、三人はオフィスの中に入った。
「麻呂の役目はここまででおじゃる。田吾作、後は頼んだでおじゃるよ」
「了解っす!じゃ、こっからはオイラが案内するっすよ!」
田吾作の案内で、三人はオフィスの中を進んで行く。
現代的な見た目とは裏腹に、切り株に座ってお喋りしている妖精や花を摘んでいる妖精、詰将棋をしている妖精など幻想的な風景だ。
「おい最後じじいみたいな妖精いたぞ!!何ここの妖精の間で将棋流行ってんの!?」
「着いたっす!ここがオイラが働いてる総務課っす!」
「お前総務だったのかよ!!」
「わーい!ルームフレグランスの妖精はいるかなー?」
「いねえって!!探すなそんなもん!!」
「あ、私ルームフレグランスの妖精なんですけど友達になります?」
「早速いた!!なんでいんだよ!!」
真美はルームフレグランスの妖精と一緒に花畑へと走って行ってしまった。
その間に城田は業務用冷蔵庫の妖精と仲良くなったようで、冷凍肉の保存方法についてディベートしている。
「なんだその妖精!!業務用冷蔵庫って銀色のイメージだけど白じゃなくていいの!?」
「さ、瞬さんも仲良くなれそうな妖精を見つけるっす!」
「そう言われてもなあ……。ん?あそこにいる妖精は……?」
瞬が見つけたのは、鼻メガネをかけたダンディーな妖精。シルクハットを被り、懐中時計を手にしている。
「おや?客人かな?私に何か用かね?」
「こいつだけなんか雰囲気が違うな……。田吾作、この妖精は?」
「この妖精は時間の妖精っす!気になるっすか?」
「時間か……。なんかちゃんとこいつだけファンタジーっぽいな」
時間の妖精は瞬の前まで来て軽く会釈をした。
「私は時間の妖精、秒太郎だ」
「クソみてえなネーミング!!」
「私と仲良くなりたいのかね?」
「いやまあ、それがミッションだからな……」
秒太郎は鼻メガネをクイッと上げ、瞬に向かって懐中時計を突き出した。
「なら、私の試練に打ち勝って貰わなければね。時間よ、戻れ!」
「は?何してんだお前……え!?」
瞬が驚くのも無理は無い。秒太郎が懐中時計を突き出すと同時に、瞬の姿は子どもになってしまっていた。




