第70話 ラジオの世界 その1
城田が白いドアを開けると、少し暗い廊下のようなところに出た。
透明な窓で仕切られた向こう側には、テーブルに椅子が4脚、ヘッドホンとマイクが並べてある。スタジオのような部屋だ。
「わお!なんか見たことある部屋だね!二子山部屋かな?」
「なんで相撲部屋なんですか!!力士いないでしょどこにも!!」
「そうだぞ。この部屋は相撲部屋ではない。待合室だ」
「なんのだよ!!バスでも待ってんのか!!」
「いや、病院の待合室だ。まだ咳とくしゃみと嘔吐が止まらなくてな」
「お前まだ器用な体調不良続いてんの!?」
三人が廊下で騒いでいると、恰幅のいい男がスタジオに入って行った。髪は黒髪でセンターパートにしてあり、小さな目と笑みを浮かべる口元が優しい雰囲気を醸し出す。白いロンTに黒いジャケットを羽織り、大柄ながら威圧感の無い男だ。
「ラジオ始まるのかなー?超常現象特集だったらいいね!」
「あの感じでそんな番組やるんですか!?」
「我はラジオにハガキを送ったことがあるぞ。我らしく真っ白なハガキだ」
「ただの白紙送んな!!嫌がらせにもほどがあるだろ!!」
男は騒ぐ三人を意に介さず、ヘッドホンを着けてマイクに向かった。そしてそのまま口を開く。
「さあ本日は4月365日木曜日」
「1ヶ月が1年あるタイプの異世界!?」
「瞬よ、そこは三年ではないか?」
「なんで月変わるのに3年待たなきゃいけねえんだよ!!WBCか!!」
「始まりました、ウェンズデーナイトフィーバー」
「木曜日じゃなかった!?なんで週の真ん中の夜にフィーバーしてんだよ!!」
「パーソナリティは私、チューズデー小林でお送りします」
「お前は火曜日なのかよ!!もう木曜日のパーソナリティ降りろ!!」
瞬のツッコミが響く中、チューズデー小林は低く落ち着く声で台本を進める。
「今日スタジオに来る途中でアジサイを見たんですよ。もうすっかり春になって来ましたね」
「春通り過ぎてるって!!6月の花じゃねえか!!」
「いやあ、春は眠気がなかなか覚めなくて、ついアジサイが咲くまで眠ってましたね」
「春眠暁を覚え無さ過ぎだろ!!何ヶ月寝てんだよこいつ!!」
「今朝起きるまで14年眠ってたんですが、やはり睡眠時間を長く取るとすっきり目覚めますね」
「永眠しかけてない!?」
チューズデー小林の落ち着いた声で展開される軽快なトーク。瞬は既にチューズデー小林に翻弄されてしまっていた。
「では最初の曲からいきましょう。チューズデー小林で、『金曜夜の憂鬱』」
「なんで自分の曲なんだよ!!あと金曜夜は大体みんな機嫌いいわ!!華金だろ!!」
「ちょっと瞬くん!金曜夜だって憂鬱な人はいるよ!例えば土曜日になると破裂するとか」
「例えグロいな!!なんだその人間時限爆弾!?」
音楽が流れ始め、チューズデー小林はスタジオから出て来た。そして廊下に立っている三人に話しかける。
「こんにちは、ベンチプレスを趣味にしている方々ですよね?」
「してねえわ!!どう見たらそう見えんだよ!!」
「そーだよ!私がしてるのはレッグカール!」
「何してんだ!!足ムキムキになるでしょ!!」
「私はラジオの世界の管理人、チューズデー小林です。巷では『月曜日の貴公子』と呼ばれています」
「チューズデーどこ行ったんだよ!!え今平日ビンゴとかしてる!?」
「してチューズデー小囃子よ。我々に何の用だ?」
「小林の漢字間違えるやつ初めて見た!!」
チューズデー小林、略してズデ林は、柔らかな笑みを浮かべたまま話を続ける。
「ズデ林!?林すっ転んでない!?」
「私はラジオの世界でパーソナリティを担当しています。だからこそ思うのですが、ラジオというのは過小評価されている。ラジオというのは、音と言葉だけで人を楽しませる高度なエンターテインメントなんです!」
「あ、ごめん聞いてなかった!プールサイドでハードル走するなとかそういう話?」
「もうちょっと真面目に聞いてあげてくださいよ!!プールサイドにハードル設置すな!!」
「我はプールサイドにプールを設置したら良いと思うぞ」
「じゃあただのプールじゃねえか!!回りくどい言い方すんな!!」
ズデ林は三人の会話を全く聞いていないのか、マイペースに話し続ける。
「あなた方には、最高のラジオ番組を作っていただきたいのです!私は信じています!あなた方なら、白紙から新しいものを生み出せると!」
「白紙のままハガキ送るやついるけど大丈夫!?」
ズデ林の話を聞いて、真美は両手で六芒星を作り、気合いを入れる。
「今どうやってました!?腕の関節無かった気がしますけども!?」
「私頑張っちゃうよー!私のメスガエルをも魅了する美声で、みんなをゲコゲコにしちゃう!」
「新手の蛙化!!そのままの意味だった!!」
「うむ。我もラジオ番組というものには興味があるぞ。いつかハガキ職人になりたいと夢見ていたものだ。ハガキ工場に務めたらなれると思っていたぞ」
「うん確かにそれはハガキ職人だわ!!ハガキ製造してるもんな!!」
「では皆さん、最高のラジオ番組を作り上げてくださいね!おっと、曲が終わりそうだ。私はスタジオに戻ってウェンズデーをナイトフィーバーして来ます」
「その分解の仕方で合ってる!?」
こうして三人は、ラジオ番組の制作に取り掛かることとなった。




