第47話 不動産屋の世界 その1
城田が白いドアを開けると、小さなオフィスのような空間。カウンターの向こうでスーツを着た男女がパソコンを叩き、窓には物件情報が載ったチラシが乱雑に貼り付けてある。
そんなチラシを見ておもむろに真美は一枚剥がし、カウンターまで持って行った。
「ここにします」
「ええ待って待って!?なんでいきなり決めたんですか!!ていうか住むなよこんな世界に!!」
「だってほら、事故物件だよ?これは住むしかないじゃん!」
「ダメだこの人!!そういやオカルトマニアだった!!」
「ほら見てこれ!子泣き爺が出るらしいよ!しかもイケボの!」
「おお妖怪の特徴台無しにしてんな!?そいつ多分泣いても男泣きだろ!!」
「我は水槽に囲まれた家に住んでみたくてな。むしろもう水槽がメインで良い」
「水族館じゃねえか!!じゃあお前だけ5話辺りまで戻れよ!!」
「いやしかし、水槽の中は全て烏賊が良いのだ。いつでも白いものを摂取できるのでな」
「ああ非常食として置きたいのな!?てかお前イカ漢字で書くならルビ振っとけよ!!普段見ねえから戸惑うわ!!」
静かなオフィスに瞬のツッコミが大きく響き、スーツの男女は驚いた顔でこちらを見つめている。
その中の一人が立ち上がり、カウンターまで歩いて来た。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなお部屋をお探しでしょうか?」
「えーっとテーブルを挟んでソファがあって、テーブルの真ん中にロースターが着いてて……」
「焼肉屋か!!どこに住もうとしてんですか!?」
「我は庭付きの広い家が良いぞ。美術館なども付いていて、庭にヴィクトリア記念碑があるものが希望だ」
「バッキンガム宮殿住もうとしてる!?」
城田と真美の希望物件を聞いてあからさまな苦笑いをしながらスーツの男が話し出す。
「ええー、できるだけご希望に添える物件をお探ししますので……。まずは自己紹介させて貰ってもよろしいでしょうか?」
「どちらかというと事故紹介して欲しいかも!大入道が出るとか無いの?」
「でかい部屋だな!!天井吹き抜けじゃないと無理だろ!!」
「では我が大入道を中入道くらいにしてやろう。それとも吉入道くらいの方が良いか?」
「お前入道のことおみくじだと思ってない!?」
「あの……すみません……。私にも話させて貰えないでしょうか……」
今にも泣き出しそうな男が、か細い声で三人に話しかける。
「ほら瞬くんが騒ぐから!この人が話せなくなっちゃったじゃん!永遠に」
「俺こいつの舌引っこ抜いた覚え無いですけども!?」
「まずはこやつの話を聞いてやろうではないか。この流れを遮って、どんなに面白い話を繰り広げるのか楽しみなものだな」
「試すのやめて差し上げて!?」
「それではお話させていただきますね」
「お前すげえ根性してんな!!」
城田の発言が無かったかのように、さっきまで半泣きだった男が話し始める。
「私は不動産屋の世界の管理人、佛健です」
「物件じゃねえのかよ!!」
「この世界は今皆さんがいるオフィスを起点として、たくさんの物件に直接繋がる構造になっております。皆さんにはその物件に内見に行っていただき、理想の住まいを探していただきます。その理想に私が納得すれば、この世界はクリアとなります」
「わお!じゃあもうクリアだね!私の理想はイケボ子泣き爺だから」
「今回それで押し通すんですか!?俺たちにも選ばせてくださいよ!!」
「うむ。我はイケボ一反木綿がいる物件が良いぞ」
「とりあえず妖怪が出ない部屋から選べる!?イケボ一反木綿にどんな需要あんだよ!!」
「ええー、皆さん。内見をしていただくこともミッションに入っておりますので……。ここで決めていただいたとしても、クリアにはなりませんよ?」
佛健が勇気を出して三人の会話を断ち切る。
だが真美はその説明に不満顔だ。
「えー?なんで?私は妖怪じゃないと満足できない体になっちゃったんだからね?」
「語弊のある表現やめて貰えます!?」
「しかも子泣き爺なんて最高じゃん!一回しがみついたらどんどん重くなるんでしょ?私ちょうど漬物石を探しててさ」
「素直に漬物石用意すればいいでしょ!!なんで子泣き爺使うんですか回りくどい!!」
「漬物と言えば、我はパーカーを漬けていてな」
「何してんだ!!匂い強い上にビシャビシャじゃねえか!!」
「失礼な。ちゃんと絞って水気を取って着るに決まっているだろう」
「じゃあ漬けなくて良いじゃねえか!!なんで無駄な作業入れた!?」
「あの……皆さん……内見は……」
佛健は今にも泣き出してしまいそうだ。
「もー、仕方ないなー。じゃあ一応内見は行ってあげるけど、私はそう揺らがないよ?」
「我もそう簡単には揺らがないぞ。まるで蜃気楼のように」
「めちゃくちゃ揺らいでんじゃねえか!!」
「今の締め方、詩的だとは思わなかったか?流石は我。まるで神のようだ」
「実際神だろ!!自覚持て!?」
「ねえ佛健さん、あのチラシって何枚でも貰って良いの?最近ティッシュ切らしちゃってさ」
「頼むからこれ以上そいつに無理強いするのやめてくださいね!?」
「ああ……とんでもない人たちが来た……」
情けない顔になっている佛健が先導し、三人は内見に向かうべく出発した。




