第41話 電車の世界 その1
城田がドアを開けると、そこにはホームドアがあった。駅のホームに出たようだ。
「もうすぐ電車が来るようだぞ。ホームドアの前にドアが来るな」
「お前の白いドアもあるからドアのマトリョーシカみたいになってるじゃねえか!!なんだドアのマトリョーシカって!!」
「私の家のドアはドアノブがスライムなんだけどね?」
「じゃあどうやって回すんだよ!!気持ち悪いドアノブ!!」
「我の家にはドアが無くてな。壁と天井も無くて柱だけがあるのだが」
「お前の家パルテノン神殿!?」
いつもの調子で三人が騒いでいると、制服を着た駅員風の男が歩いて来た。
「お客様、危険なので黄色い線の内側までお下がりください」
「あ、すみません。ほら城田と先輩も下がって!」
「なんか黄色い線ってダサいよね。他のデザインにしてみたくない?ボーダーとか」
「じゃあボーダーラインじゃねえか!!何のだよ!!」
「我は線に「空気」と書くのも良いと思うぞ」
「エアラインになるだろ!!なんで電車で飛行機の話すんだよ!!」
「飛行機と言えば左翼だな」
「誤解されそうな言い方やめて貰える!?」
そんな会話をする三人を、駅員風の男が注意に入った。
「お客様、あまりホームで大きな声を出さないでください」
「えー?なんで?ていうかあなたは誰なの?」
「私はこの電車の世界の管理人、哲堂です」
「鉄道じゃねえのかよ!!」
「私はこの世界の秩序を守る管理人。電車の運行やお客様の快適な空間を乱す方は、注意しなければなりません」
真面目くさった調子で話す哲堂に対し、こちらはボケが二人もいる。これは相性が悪そうだぞ、と瞬は少し不安に思っていた。
すると案の定、すぐに真美が哲堂に絡みにかかる。
「固い!固いよ!まるでダイヤモンドの原石のよう!」
「褒めてるのか貶してるのかはっきりして貰えます!?」
「そんな固くて人生楽しいの?哲堂さんにはもっと人生を楽しんで欲しいよ!私が今背中を押してあげる!」
「そのセリフ駅のホームでだけは言っちゃいけないですよ!?」
「駅という言葉の響きは素晴らしいな。「え」と「き」の間に「の」が入っている」
「じゃあえのきじゃねえか!!もう黙ってろお前!!」
ボケ倒す城田と真美に対し、哲堂は何も言わない。流石は駅員、理不尽なクレーム対応には慣れているのだろう。
「まあいいや。哲堂、この世界で俺たちが何をしたら良いか教えてくれよ」
「はい。皆様にこの世界でやっていただくことは、長距離の電車旅です。特急や新幹線もありますが、敢えて普通列車で旅をしていただきます。無事目的地に着けばこの世界はクリアとなります」
「なるほどー!電車の旅って楽しそう!目的地は私たちで決めて良いの?」
「はい。お好きなところを選んでいただいて構いません」
哲堂は真面目な調子を崩さず、丁寧に説明をしてくれる。
「わーい!でもここが何駅なのか分からないよね。哲堂さん、ここはどこなの?」
「はい。ここは高輪ゲートウェイ駅です」
「山手線だった!!もうこれこのまま帰れるんじゃねえの!?」
「瞬よ、忘れるな。この世界は電車の世界という異世界だ。日本の高輪ゲートウェイ駅とは違う。一味唐辛子と七味唐辛子くらい違うぞ」
「例えが分かりにくい!!」
そう。ここはあくまで「電車の世界」という異世界。日本に酷似しているが、決して日本ではない。駅の順番とかも一緒だが、決して日本ではないのだ。
仮にこの世界で瞬と真美の最寄り駅まで行ったとしても、そこに二人の家は無い。ただコインパーキングがあるだけだ。
「俺たちの家駐車場にされてるじゃねえか!!一回更地になってんな!?」
「落ち着いて瞬くん!それは私たちの家じゃないよ!私たちが住んでたのは電車の世界じゃない!日本だよ!ポセイドンとネプチューンぐらい違うよ!!」
「じゃあ同じじゃねえか!!」
「ポセイドンと言えば我の先輩でな。白の世界にも海を作ってくれようとしたのだが、我がどうしても海水の代わりに牛乳を入れてくれと頼んだら何故かどこかへ行ってしまったのだ」
「呆れられてんだろ!!なんだそのカルシウムしか泳いでない海!?」
「皆様、そろそろ行先を決めてはいかがでしょうか?」
確実に苛立っている哲堂だが、表情にはそれを出さない。プロフェッショナルだ。
「おっけー!じゃあ決めよー!品川で良い?」
「次の駅じゃねえか!!旅しろよ旅!!」
「ではガーナはどうだ?」
「電車で行けるとこ選べる!?」
「もー、埒が明かないよ!ほら、あそこに大きな路線図があるよ!私がこのまち針を投げて刺さったところにしよーよ!」
「なんでまち針なんだよ!!相場ダーツだろ!!」
「いくよー!必殺!ナックルカーブ!」
「だからなんで変化球なんですか!!」
真美が投げたまち針は、路線図の左下に向かって飛んで行く。
刺さったのは、豊橋駅だ。
「決定!豊橋駅まで行くよー!」
「よし。では我がプライベートジェットを出そう。豊橋までひとっ飛びだ」
「話聞いてた!?」
「パイロットは新卒で良いか?」
「せめてベテランにしてくれよ!!」
『まもなく2番線に品川・渋谷方面の電車が参ります。黄色い線の内側まで下がってお待ちいただけるとありがたいのですが、どうかそうしていただけませんか?』
「アナウンスがへりくだり過ぎだな!?」
三人は来た山手線に乗り、豊橋駅に向かって出発した。




