第36話 海の世界 その2
タンカーに乗りながら、真美が歌を口ずさむ。
「丘を越え行こうよ~♪口笛吹きつつ~♪」
「先輩それ海の歌じゃないですよ!?」
「空は澄み青空~♪ 牧場をさして~♪」
「聞けよ!!そろそろやめて貰えますか!?」
テンションの高い瞬と真美とは裏腹に、城田は甲板から顔を出し、水面に向かって俯いている。
「おい城田、何してんだ?魚でも見てんのか?」
「オロロロロロロロロ!」
「船酔いだった!!神なのに!?」
「すまぬ、船酔いが酷くてな。ちょっと足の裏を撫でてはくれぬか?」
「ビリケンさんか!!絶対背中摩った方が良いだろ!!」
相変わらずのやり取りを繰り広げる三人に向かって、双眼鏡で海を見ていた膿野が大きな声を上げる。
「皆!この辺にクジラはいないみたいだ!もう少し沖へ行くことにするけど大丈夫かい?」
「俺は大丈夫だけど城田と真美先輩は……」
「すまぬ。どうやら我はここまでのようだ。最期に全力ソーラン節を見せてくれ」
「嫌だわ!!お前船酔いぐらいで人生諦めんなよ!!」
「歌おう~ほがらかに~共に手をとりランララランラン ララララ♪」
「まだ歌ってたのかよ!!まあ先輩は大丈夫そうだな……」
「よーし!じゃあ沖へ進むよ!」
どうやっているのか分からないが、どうにかしてタンカーを操っている膿野は、少し船の進路を変えた。
タンカーが曲がっていくのに合わせ、城田の吐瀉物が綺麗な曲線を描いて海に向かっていく。
「汚ねえな!!ちゃんと後でモザイク加工しとけよ!?」
「瞬くん、私はありのままを伝えるのがマスメディアの義務だと思うの!」
「フリーライターみたいなこと言わないで貰えます!?」
30分ほど静かな時間が続き、城田が吐く音だけが船内に響き渡る。
そんな中、膿野がまた大きな声を上げた。
「大変だ!吐瀉物に反応して、サメが集まって来たみたいだ!今から旋回するから、絶対に落ちないように捕まっているんだ!いいね?」
「わお!サメの群れなんてワクワクするね!同じ目線でゆっくり瞬きしたら友達になれるかな?」
「先輩それ猫の扱い方!!友達になろうとしないで逃げてください!?」
「瞬よ、サメ如きに怯むとは情けない男だな。我はサメなど自分に直撃するルートで向かって来る隕石ほどにしか思っていないぞ」
「じゃあめちゃくちゃビビってんじゃねえか!!そもそもサメが集まって来たのお前のせいだからな!?」
「は、はは。元気なことで何よりだよ……。じゃあ旋回するよ?捕まって!」
この状況でもいつものペースを貫く三人に呆れながら、膿野がタンカーを操り、方向を大きく変える。
「オロロロロロロロロ!!」
城田の吐瀉物が弧を描いてサメの群れに飛んで行き、サメたちは雛鳥の如く口を開けて上を見上げた。
「ナイスだよ城田!君のおかげでサメの注意を逸らせた!」
「うむ。我にかかればこれぐらい、針の穴に糸を通す程度のことだ」
「まあまあ苦戦してんだろそれ!!めちゃくちゃ情けない解決法だったぞ!?」
なんとかサメの群れから逃げおおせた四人は、再びクジラの姿を探す。だが……。
「うーん、今日はクジラはいないみたいだね。一旦ビーチに戻るかい?」
あまりの見つからなさに、膿野は引き返すことを提案する。
「それは嫌かなー。ここで引き返したら男が廃るもん!」
「先輩女ですよね!?」
「うむ。それならクジラを誘き寄せれば良いのではないか?」
「わお!ナイスアイデア!じゃあクジラが寄ってくるようなことをしないとね!ハカとかで良いかな?」
「ラグビーニュージーランド代表か!!それで来るのは相手チームでしょ!!」
「では我のポールダンスで誘き寄せようではないか。セクシーさでは負けないぞ」
「どこに需要あるんだそれ!!気持ち悪いからやめろ!!」
あまりに話が進まない三人を見かねた膿野が口を挟む。
「君たちは不思議な力が使えるよね?さっきこのタンカーを出した時みたいに、クジラを出すことはできないのかい?」
「おお膿野、それ良い考えだな!お前だけだよマトモなのは!」
「わーい!じゃあ私の魔法でクジラを出してみよー!海底に眠る古の捕食者よ、我の呼びかけに答え、その姿を現せ!サモン!!」
真美が詠唱すると共に、真美がどこからか取り出した杖の先が光り出す。
すると水中に巨大な影が現れ、城田と瞬は歓喜する。
「おお最近先輩の魔法調子良いじゃないですか!」
「うむ。流石は我が育てただけあるな」
「お前は吐いてただけだろ!!」
「瞬くん!早速潜って写真撮ろーよ!私がカメラマンやるから、一緒に泳いで来て良いよ!」
「まじですか!ありがとうございます!」
瞬と真美はウエットスーツに着替え、タンカーから海に飛び込んだ。
二人の脳内に、城田の声が響く。
『お前たちは水中でも話せるようにしてあるぞ。ただし、戻って来たらしばらくは真美の話す言葉が沖縄弁になるぞ』
「なんだその微妙なデメリットは!?」
「ほら瞬くん!クジラ来たよ!」
「おお本当だ!あれ?でもなんか歯が鋭くないですか……?」
瞬の目の前に現れたクジラは、明らかに捕食者の歯をしていた。だがマッコウクジラではない。それよりももっと頑丈な顎が付いている。
「わお!あれはリヴィアタン・メルビレイだね!史上最大級の捕食者って言われる、古代の肉食クジラだよ!」
「待ってください、それってめっちゃ危険なやつじゃ……」
焦る瞬のほんの数ミリ先で、ガチンと歯がかち合う音がした。
瞬が振り返ると、ガチガチと歯を鳴らしながら、ゆっくりとリヴィアタン・メルビレイが近付いて来るところだった。
そして瞬と目が合った瞬間、リヴィアタン・メルビレイはスピードを上げた。
「うわああああああ!!助けて!!先輩助けて!!」
「良いよー瞬くん!もっと笑顔で写って!」
「写真撮ってる場合か!!おい城田!!助けろ!!」
『仕方ないやつらだ。我の力でそのクジラを小さくしてやろう』
城田が右手を上げたのだろう、リヴィアタン・メルビレイはみるみる小さくなり、金魚のようなサイズになってしまった。
真美がそれを捕まえ、そのまま二人はタンカーに戻って来る。
「ふう~!うかーさるとぅくるたんやー!」
「本当に沖縄弁になってる!!」
真美は小さくなったリヴィアタン・メルビレイを指しながら、笑顔を見せる。
「くんなまぎさるグジラん、くーくなれーうじらーさんやー!」
「もう何言ってるか分からないんでスルーしますね。膿野、これで海の世界はクリアだよな?」
「そうさ!おめでとう皆!」
「良し、では次の世界へ行くぞ。次はバイキングの世界だ」
「バイキングって……海賊的なやつか?また海関係かよ!」
「いや、食べ放題の方だ。白い食べものをいくらでも食べられるぞ」
「そっちかよ!!またえらく平和だな!!」
「かみ放題ってぃじょーとぅーやさやー」
「早く標準語に戻って貰えます!?」
こうして三人は、海の世界から脱出することに成功したのだった。
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