第32話 花見の世界 その2
「よし、では鬼ヶ島へ向かうぞ」
「待て待て!!本当に行くの!?」
「当然だ。次回予告を見ていないのか?」
「見たけど!!あれ嘘予告じゃねえの!?」
困惑する瞬を横目に、真美は黙々と何か作業をしている。
「ちょっと先輩も何か言ってやってくださいよ!さっきから何してるんですか!」
「え?鬼退治に使う包丁研いでるだけだよ?」
「山姥か!!ちゃんとした武器使えます!?」
「我はちゃんとバズーカを持って行くぞ」
「そんな桃太郎見たことねえわ!!武力高過ぎない!?」
必死に止めようとする瞬だが、城田と真美は着々と鬼ヶ島へ行く準備を進める。
彼らはもう完全にこの世界でのミッションを履き違えてしまっていた。
そんな時、一度どこかへ行っていた佐倉木が走って戻って来る。
「ああ良かった、これで二人がミッションを思い出してくれる……」
「皆さん!私も装備を固めて来ましたよ!どうですかこの鎧兜は!」
「お前も乗り気なのかよ!!え、前話まで止めようとしてたよね!?」
「ええ、でももう話を聞いて貰えないので諦めて乗っかろうかと」
「やべえ、ボケが増えた!!」
「佐倉木よ、良い鎧兜だな。どこで手に入れたのだ?」
「なんかよく分からないんですけど、買った時のタグには「ノブナガ・オダ」ってブランド名が入ってました」
「ああ絶対服の世界で買ったやつだ……」
唯一の味方だった佐倉木がボケに回り、いよいよ本当に鬼ヶ島へ向かいそうになっている一行。
だが思い出して欲しい。この世界でのミッションは、ひときわ大きな桜の木に最も合う団子を見つけること。
そのミッションをクリアしなければ、花見の世界から出ることはできない。
例え鬼ヶ島で鬼退治をしたとしても、花見の世界に取り残されることに違いは無いのだ。
「その通りだよ!珍しく地の文がマトモだな」
「瞬よ、何をしているのだ?そろそろ出発するぞ。お前も準備をしろ」
「お前まだ言ってんの!?地の文見ただろ!?」
「瞬くん、私たちが鬼ヶ島へ行くのはもう決定事項だよ!ちゃんと着いてきて!先輩命令だよ!」
「どこで先輩命令使ってんだ!!嫌ですよ絶対!ここ出たいですもん!」
鬼ヶ島へ向かおうとする三人と、未だにそれを否定する瞬。もう多勢に無勢。瞬の方が悪者に見えてきた。
ということで、地の文の特権を利用して鬼ヶ島への道のりを端折り、鬼ヶ島へ着いたところから始めよう。
鬼ヶ島に着いた一行は
「こらこら待て待て!!勝手に鬼ヶ島行かすな!!」
まだ言うの?もうそろそろしつこいよ?
「しつこいのはこの桃太郎ネタだろ!!どんだけ引っ張るんだよ!?」
だってもうそういう流れになってるでしょ?空気読も?ね?
「地の文がキャラに屈したらもう終わりだよ!!頼むからちゃんとミッションをやらせてくれ!?」
「ほら瞬くん!しつこいよ!早くこのカピバラの着ぐるみを着て!」
「待って俺あのカピバラ軍団の一員扱いなの!?」
こうしてカピバラの着ぐるみを着せられた瞬は、仕方なく鬼ヶ島へ向かう一行に加わった。
「納得いかねえ……。なんで俺カピバラ扱いなんだよ……」
「だいじょーぶだよ瞬くん!私だって城田さんのお供扱いだから!」
「先輩はちゃんと人間としてでしょ?だって着ぐるみ着てないじゃないですか」
「何を言っているのだ瞬よ。真美はお供の金星人だぞ」
「地球に存在しない生物だった!!俺の方がマシかもしれねえ!!」
「あのー、じゃあ私は何扱いなんでしょうか?」
もう完全にお供として着いて来ている佐倉木が、己の存在を確かめんと神に尋ねる。
「表現の仕方!!これそんな重大なシーンじゃねえだろ!?」
「佐倉木よ、お前は我の召使いだ。身の回りの世話をしてくれ」
「一番重装備なのに!?絶対こいつ戦わせろよ!!」
城田の答えを聞いて何故か満足そうな佐倉木は、意気揚々と城田に足並みを合わせる。
「あ、良いんだ……。もう良いなら何も言わないけどさ……」
「日本一」のハチマキをした真っ白な神、女子高生、カピバラの着ぐるみを来た男子高校生、鎧兜を着た成人女性、カピバラの群れ
という異常なメンバーの一行は、ずんずんと桜並木を進んで行く。
そんな一行は、当然ながら周りで花見をしている集団から奇異の目で見られている。
「なんであの人たちは私たちを見てるんだろうね?顔にもう一つ顔でも付いてるかな?」
「どういう状況!?コラージュみたいになってんの!?」
「いや、これは我のオシャレなセンスに目を引かれているのだろう。この重ね着を見よ」
「お前はずっと上裸コートだろ!!桃太郎が裸の王様すんな!!」
騒ぎながら進んで行くと、ふと城田が立ち止まった。
一行が立ち止まった場所を見ると、そこには佐倉木が最初に指差した、ひときわ大きい桜の木があった。
「どうしたの城田さん?足が止まってるよ?脚気?」
「じじいじゃねえか!!そんな理由で止まったの!?」
「脚気もあるが、少し試したいことがあってな」
「脚気あるのかよ!!」
城田は少し考えるような素振りを見せ、それから右手を上げた。
佐倉木が不思議そうに城田に尋ねる。
「何をしてるんですか?」
「いや、この大きな木をお供にできればと思ったのだ。我が今からきびだんごを出す。それをこの木に投げ、動くようにしてみようかと思っているぞ」
「まだお供で遊ぶのかよ!!木は無理だろ!!」
瞬の叫びを無視して、城田は右手からぽこぽこと幾つもきびだんごを出す。
「では真美よ。お前にきびだんごを託そう。桜の木に投げてみよ」
「分かったよ城田さん!いくよー!必殺!カミソリシュート!」
「だからなんで変化球なんだよ!?」
ギュインと右に曲がりながら、きびだんごたちが桜の木に命中する。
すると桜の木はきびだんごを吸収してしまった。その瞬間、桜の木が眩い光を放ち始めた。
そしてまだ五分咲きだった桜は満開になり、その華やかな姿を見せる。
「……は?何が起こってんだ?花さか爺さんみたいなことか……?」
自分の理解を超えた現象に、瞬は戸惑いを見せる。
そんな時、鎧兜を脱ぎ捨てた佐倉木が、満面の笑みで瞬の前に出た。
「おめでとうございます皆さん!この桜の木に最も合うお団子を選ばれましたね!これでミッションはクリア!皆さんは花見の世界から出ることができます!」
「ええ!?ええ……?」
「え、もうこの世界終わりなの?鬼ヶ島は?」
「なんで鬼ヶ島に未練あるんだよ!!」
「我も鬼ヶ島に未練があるぞ。ビーチで水着美女をナンパしたかったのに」
「お前鬼ヶ島のことハワイだと思ってた!?」
「まあ良い。次はトレジャーハントの世界だ。そろそろ賄賂用の金が無くなってきたから調達したいところだな」
「もう賄賂やめろ!?」
こうして三人は花見の世界から脱出することに成功したのだった。




