第29話 運動会の世界 その2
「いやー勝った勝った!圧勝だったね!」
りんごを握り潰して直でジュースを飲みながら、真美が綱引きを振り返る。
「そりゃ実質ゴリラ三頭もいるチームですからね。人間じゃ太刀打ちできないですよ。ていうかその飲み方やめられます!?」
「真美よ、その飲み方はワイルドで良いな。我もこのみかんでやってみるぞ」
「みかん潰すのにゴリラの握力いらねえだろ!!汁飛び散るぞ!?」
「そんなことより、次の競技を決めようよ!」
りんごジュース(物理)を飲み終わった真美が競技順の書かれた紙を取り出す。
「どうする?私的にはこの温帯低気圧の目っていうのが良いかな〜って!」
「台風じゃなくて!?なんでちょっと勢い弱まってるんですか!?」
「いや、それだと全員参加の競技になるから我々の活躍だけでは得点に繋がりにくいだろう。ここは応援合戦でどうだ?」
「それこそ全員参加じゃねえか!!俺らがどう頑張っても関係ねえだろ!!」
「いや、そんなことはないぞ」
城田は大真面目な顔で瞬を見つめる。
「な、なんだよ気持ち悪いな」
「瞬よ、体育倉庫の裏で二人っきりで話さないか?」
「ほんとに気持ち悪いわ!!なんで告白するみたいになってんだよ!!」
「仕方ない。ではここで言おう。応援合戦のポイントは、声量が大きいこと。瞬、お前の声量なら応援合戦で確実に勝つことができると、我は踏んでいるぞ」
「は、はあ……?」
困惑する瞬の背中を、真美がバシッと叩く。
「それ良いじゃん!確かに瞬くん、最近ツッコミの機会が多過ぎてどんどん声大きくなってるし!もう私最近耳栓してるもん」
「そんなに!?俺の声耳栓貫通してます!?」
「我はノイズキャンセリングイヤホンをしているぞ」
「何してんだ!!外せ!!」
「これでスクランブル交差点の音を聞くのが至高なのだ」
「ノイズキャンセリングイヤホンでノイズ聞いてんの!?」
何はともあれ、三人は応援合戦に参加することを決めた。
白組の面々が並ぶ中、瞬は先頭に立ってハチマキを巻いた。
「じゃあ皆さん、行きますよ!!フレー!フレー!し・ろ・ぐ・み!」
「「「フレーフレー白組フレーフレー白組!!」」」
「城田さん、瞬くん頑張ってるね。私たちも頑張らないと!」
「そうであるな。我々も声を出すぞ」
真美は白組の最後尾から、思いっきり声を張り上げた。
「走れ疾風のように 全速力で
砂塵巻き上げて 走れイチロー!
イチロー!イチロー!かっ飛ばせーイチロー!」
「おい誰だイチローの応援歌歌ってるやつ!?」
先頭にいる瞬からツッコミが飛んで来る。真美との距離は20mほどあるが、余裕で届く声量だ。
「よし、次は我の番だ。我も瞬に負けない声量を見せてやるぞ」
そう言って城田は深く息を吸い込み、口を開いた。
「Oh, say can you see,
by the dawn's early light
What so proudly we hailed
at the twilight's last gleaming?」
「一人アメリカの国歌歌ってるやついるな!?」
またしても先頭にいる瞬からツッコミが飛んで来る。応援をしながらのツッコミだが、器用にこなすものだ。
『応援合戦は……白組の勝利です!』
アナウンスが応援合戦の結果を告げる。疲れ果てた瞬は、その場でへたりこんでしまった。
「つ、疲れた……!いつの間にか応援団長にされてたし……」
「おつかれ瞬くん!すごい声量だったね!私たちも後ろから頑張ったよ!イチローの応援歌とか歌って!」
「やっぱあれ先輩ですよね!?やめてくださいねふざけるの!?」
「我のアメリカ国歌はどうであった?」
「やっぱりあれお前か!!一番意味分からなかったわ!!」
「ウガンダの国歌と迷ったのだが、アメリカで良かったか?」
「知らない国歌やめてくれる!?」
なんとか応援合戦に勝利した三人は、最後の競技に向かった。
『リレーに参加する選手は入場門に集まってください』
アナウンスを聞いて、三人は入場門に向かう。最後の競技は、リレーだ。
「真美先輩が一走、俺が二走、城田がアンカーで間違い無いですか?」
「おっけーだよ!最初に私が差を付けてくるから、安心して走ってね!」
「頼りになります!でもアンカーが城田って大丈夫かな……」
「何を言うのだ。我神ぞ?リレーぐらいすぐに終わらせてやる。我神ぞ?」
「腹立つな。まあいいや。先輩と俺で圧勝すれば良いんですもんね!」
瞬が真美に話しかけると、既に真美はスタート地点へ向かっていた。その目はらんらんと光り、クラウチングスタートの姿勢を取っている。
「すごい気合いの入り方だ……!」
「うむ。我も気合いを入れるぞ。ちょっとここの空気穴から気合いを入れてくれるか?」
「浮き輪か!!そんなシステムで入るもんじゃねえだろ!!」
二人が気の抜けたやり取りを披露していると、いよいよスタートの時間になった。
ジャージを着た男性が、スタート地点に立ってピストルを上に向ける。
「位置について、よーい……」
ドッゴオオオオオオオオン!!
ピストルの音が鳴り響き、リレーがスタートした。
「今大爆発起きなかった!?」
「ああすまぬ。我が用意した拡声器がピストルに付いていたようだ」
「何してんだお前!?」
真美はスタートダッシュに成功し、先頭を走っている。
そのスピードは圧倒的で、10mほどの差を付けて帰って来た。
そして真美はバトンを持ったままロンダートバク転を決める。
「先輩それやるとしてもアンカー!!早くバトン渡してください!!」
「はい瞬くん!頼んだよ!」
バトンを受け取った瞬は勢い良く走り出す。だが応援合戦で体力をかなり使ってしまった瞬は、トラック半周ほどで限界が来てしまった。
「まずい……このままだと走り切れない……」
チラりと二人の方を見ると、城田が瞬に向かって右手を上げているところだった。
すると瞬の体に力が漲り、瞬はまた猛然と走り出した。
「うおおおお!!ナイスだ城田!!」
「うむ。感謝するが良い。これは体力を一時的に回復する代わりに、三時間は逆立ちでないと移動できなくなるという力だ」
「おいやってくれたな!!」
文句を言いながらも瞬は城田にバトンを渡す。まだ二位との差は5mほど。余裕の一位だ。
「では行くぞ」
城田は再び右手を上げた。すると城田の目の前にタクシーが現れ、ドアが開いた。
「すみません、このトラック一周でお願いします」
「おいそういうズルはマラソンでやるんだよ!!誰がリレーでやるんだ!?」
そのままタクシーは走り出し、圧倒的な差を付けてゴールイン。
財布を持った城田が誇らしげに降りて来た。
『優勝は……白組です!!』
リレーにも勝ったことで白組の優勝が決まり、三人は運動会の世界から出られることとなった。
ゴールテープの切れ端をボンネットに乗せたまま、タクシーが退場して行く。
「やったー!これで次の世界に行けるね!」
「うむ。これも我の財力がなせる技だな」
「お前困ったら金出すのやめろ!?」
逆立ちの瞬が、顔を真っ赤にしながらツッコミを入れる。
「なあ、ほんとにこれ三時間戻れないのか?」
「戻れないぞ。なんなら実際は三時間と十八分だ」
「アディショナルタイムが微妙に長ぇ!!」
「さあ、次は花見の世界だ。団子を用意しないとな」
「私は肉団子が良い!」
「団子違い!!ていうか早く戻してくれええ!!」
こうして三人は、運動会の世界を後にしたのだった。




