第27話 正月の世界
城田が白いドアを開けると、そこにはみかんが置いてあるこたつを中心に、小さな部屋があった。
テレビでは漫才がやっており、昔ながらの石油ストーブがゴウゴウと音を上げる。
「おお……なんか実家感凄いな」
「お正月って感じだね!あとはタイムズスクエアのミニチュアがあれば完璧なんだけど」
「アメリカへの憧れが抑えきれない人!?」
「我は新年を蕎麦屋で迎えるのが通例なのでな。こういう雰囲気は新鮮だ」
「年越しそば間に合ってねえじゃねえか!!さっさと食え!!」
三人がいつものように騒いでいると、部屋のふすまが開いて一人の女が入って来た。
「あらあら、賑やかねえ。みんな集まることは滅多に無いから、お母さん嬉しいわあ」
「お母さん……?城田さん、この母親を名乗る不審な人は誰?」
「辛辣!!もうちょっと受け入れてやってくださいよ!!」
「あれはこの世界の管理人、芯念明子だ。みんなのお母さんを自称しているらしいぞ」
「また新年じゃねえのかよ!!」
「そんなに興奮しないの良夫。ほら、温かいお茶を淹れたよ」
「誰が良夫だよ!適当に呼ぶな!?」
困惑する瞬の前に、湯のみから湯気を立てるお茶が置かれる。
「幸恵はお餅が好きだったわよねえ。今用意してあげるよ」
「わーい!お餅大好き!お餅と言えばわんこぜんざいだよね!」
「死ぬぞ!?ほぼ餅丸飲みしてんだろそれ!!」
「我はわんこグラタンが好きでな」
「火傷するわ!熱くて食えたもんじゃねえだろそんなの!!」
そうこうしているうちに、芯念が戻って来る。両手に持ったお椀には、さとうじょうゆに浸った餅が入っていた。
「はい幸恵。お餅だよ」
「さとうじょうゆかー。私的にはパプリカパウダーで食べるのが好きなんだけどなー」
「珍し過ぎません!?スパイスで餅いく人見たことないですよ!?」
「我はコーンスープに浸して食べるぞ」
「パンの食べ方!!」
とりあえず持って来て貰った餅はありがたくいただくことにした三人。餅を頬張りながら、瞬が城田に尋ねる。
「ところで城田、えらく平和そうな世界だけど、ここでは何をしたら良いんだ?」
「簡単だ。芯念からお年玉を貰うことができれば、次の世界に行けるぞ」
「お年玉貰えるの?わーい楽しみ!私の小さい頃はお年玉がどんぐりと葉っぱでね?」
「親タヌキだったりします!?」
「我は頭の上にバスケットボールを落とされていたな」
「本当のお年玉じゃねえか!!お前そんなことされてるからバカになったんだろ!!」
また騒ぎ出す三人を見て、芯念は一人笑みを浮かべる。
だが「お年玉」というワードには鋭く反応しており、しきりに後ろに隠した手を気にしているようだ。
「なるほど、子どもからお年玉を預かったところっていう設定なんだね!」
「そうだ。あの手この手で誤魔化してくるから、それをすり抜けてお年玉を手に入れるのだ」
「今のところ簡単そうだけどなあ……。じゃ、とりあえずやってみるか。芯念、お年玉くれよ」
早速瞬が芯念にお年玉をせびる。だが瞬の言葉を聞いた瞬間、芯念の表情はキリッと引き締まった。
「これはあんたの将来の為に取っておくんだよ。だから今は我慢しようね。あんたのことを思って言ってるんだからね」
「こういう感じで来るのか……。確かにうちの親もこんなんだったな」
瞬の場合は父親しかいなかったが、その父親がこんな風にお年玉を預かっていた。未だ瞬の手に渡っていないお年玉は、ちゃんと取ってあるのだろうか。バナナの特売に使われていたら大変である。
「うちの親チンパンジーだと思ってる!?バナナにそんな金使わねえだろ!!」
「瞬よ。ストレートにせびっては渡してくれないぞ。我が見本を見せてやろう」
城田はこたつから立ち上がり、スっと前に出た。
そして芯念の前で右手を上げると、ボワッと煙が上がり、分厚い札束が出現した。
「芯念様、どうかこれでお年玉を渡してはくれないでしょうか……」
「久しぶりに見たな賄賂!!水族館の世界の時と同じじゃねえか!!」
瞬は水族館の世界で「ペンギンと仲良くなる」というミッションをした際にも城田が賄賂を渡していたことを思い出していた。
「でもでも、発想が秀逸じゃない?確かに賄賂渡せばお年玉くらい貰えそうだし!」
「金額で言えばマイナスじゃねえか!!貰っても意味無いだろそれ!!」
札束を差し出して土下座している城田に向かって、芯念は厳しい顔をした。
「デラロサ、お母さんこんなことを教えた覚えは無いよ?なんでもお金で解決するような大人にはなっちゃいけないよ」
「こいつだけ外国人と浮気してできた子みたいになってる!!」
「失敗したようだ。だがトライアンドエラーを繰り返し、人間は成長していくものだからな」
「お前神じゃなかった!?」
ストレートに聞いた瞬、賄賂を咎められた城田と男勢が撃沈したのを見て、真美は腕まくりをする。
「よーし!ここは先輩である私の見せ場!絶対にお年玉をゲットしてみせるよ!」
「頼もしいです先輩!でも何か策はあるんですか?」
「もちろん、ここは魔法を使うよ!バフ系の魔法が良いかな〜」
「何をするつもりですか……?」
戸惑う瞬をスルーして、真美はどこからか杖を取り出す。
「優雅なる水の精霊よ、その流れから姿を現し、我に水の力を与えよ!ウォーターボール!」
真美が呪文を唱えると、身長は2m近くまで大きくなり、体格もどんどん良くなっていく。
そして気づいた頃には、真美は力士の姿になっていた。
「ああ……。大体何するか分かったから目つぶっておきますね」
「何が始まるのだ?コンサートか?」
「どういう思考プロセスでその結論に至った!?確かに力士って歌上手い人多いけども!!」
真美(力士の姿)はすり足で芯念まで近づいて行き、その腰を掴んだ。
そしてそのまま上手で後方に芯念を投げた。
「これぞ必殺!つかみ投げ!」
「結局力技じゃねえか!!」
真美は気を失った芯念を退け、お年玉が入ったポチ袋を掴んだ。
「やった!これでお年玉ゲットだよ!」
「素晴らしいぞ真美よ。見事な頭脳戦だったな」
「お前だけ探偵ドラマ見てた!?」
お年玉をゲットした三人はポチ袋を開け、中から一万円札を取り出した。
「これもいつか何かの役に立つのかな?私が持っててもいい?」
「先輩はすぐトカゲとか買ってくるからダメです。俺が預かっておきます」
「あーん!せっかくゲットしたのに!」
「さて、次の世界は運動会の世界だぞ。とりあえず白組で良いか?」
「どうでもいいわ!好きにしろ!!」
こうして三人は、正月の世界を後にしたのだった。




