第2部 第8話
元宰相が、罪状を読み上げ始めた。
「リリアナ・フォン・クライネルトの罪状」
「第一、アウレリア・フォン・ローゼンハイムに対する冤罪の捏造」
「第二、国家の守護者たる真の聖女を追放に導いた罪」
「第三、聖女を詐称し、民衆を欺いた罪」
「第四、国家の財産を私的に流用した罪」
「第五、民衆扇動により暴動を引き起こした罪」
「第六、アウレリア・フォン・ローゼンハイムに対する殺人未遂罪、複数回」
「第七、ローゼンハイム公爵殺害の教唆罪」
最後の罪状が読み上げられた瞬間、広場が大きくどよめいた。リリアナの顔から、完全に血の気が引く。
罪状が読み上げられるたびに、民衆の怒りの声が高まっていく。
「続いて、アルフォンス・フォン・クライネルトの罪状」
「第一、国家の守護者たる聖女を、十分な調査なく追放した罪」
「第二、国王としての統治能力の欠如」
「第三、民が飢餓と疫病に苦しむ中、城内で宴を続けた罪」
「第四、リリアナの犯罪行為を黙認、あるいは承認した罪」
「第五、国家を滅亡の危機に陥れた罪」
元宰相が、厳かに続ける。
「証人を召喚する」
次々と、証人たちが前に出てきた。
暗殺を命じられたと証言する刺客。
金貨をもらって扇動したと証言する民衆。
リリアナの贅沢三昧を証言する元侍女。
アルフォンスの無能さを証言する元騎士。
証言が重なるたびに、二人の罪は明白になっていく。
リリアナは、もう何も言えずに泣き崩れている。
アルフォンスは、蒼白な顔で震えているだけだった。
「被告人らに、最後の弁明の機会を与える」
元宰相の言葉に、アルフォンスが震える声で言った。
「お、俺は……俺は騙されていただけだ……リリアナに……!」
しかし、その責任を逃れようとする卑怯な言葉に、民衆は怒号で応えた。
「恥を知れ!」
「王の器ではない!」
「責任を取れ!」
アルフォンスは、その怒号に耐えきれず、地面に座り込んだ。
「リリアナ・フォン・クライネルト、何か言うことは?」
リリアナは、震える声で言った。
「私は……私は、ただ……愛されたかっただけ……」
彼女の声は、か細かった。
「アルフォンス様に愛されたくて……認められたくて……だから、邪魔な人を……」
「それが、罪のない人を陥れる理由になると思っているのか」
元宰相の厳しい声が、響く。
リリアナは、もう何も言えなかった。
「では、判決を下す」
元宰相が、厳かに宣言した。
「リリアナ・フォン・クライネルト」
「罪状、全て事実と認められる」
「判決——全財産没収、貴族位剥奪、平民への降格」
「刑罰——辺境の鉱山における終身強制労働」
リリアナが、悲鳴を上げた。
「いや……いやああああああ!!」
しかし、誰もその悲鳴に同情しなかった。
「アルフォンス・フォン・クライネルト」
「罪状、全て事実と認められる」
「判決——王位継承権剥奪、全財産没収」
「刑罰——辺境への永久追放」
アルフォンスは、もう何も言えずに崩れ落ちた。
民衆が、歓声を上げた。
「正義が下された!」
「これで、国が救われる!」
「聖女様、万歳!」
私は、その光景を静かに見つめていた。
(これが……復讐の終わり)
胸の奥が、複雑な感情で満たされる。
満足感、達成感、そして……わずかな虚しさ。
その時、オリヴァーが私の隣に立った。
「終わったな」
「ええ……終わりました」
私は、彼を見上げた。
「ありがとうございます、オリヴァー様。あなたがいてくれたから、ここまで来られました」
「俺は、お前の望む道を支えただけだ」
彼は、私の手をそっと握った。
「でも、アウレリア。復讐は終わった。だが、お前の使命は、まだ終わっていない」
「……使命?」
「この国を、立て直すという使命だ」
オリヴァーの言葉に、私は広場を見渡した。
そこには、希望に満ちた民衆の顔があった。
彼らは、私を見つめている。
何かを期待して。
「アウレリア・フォン・ローゼンハイム様」
突然、元宰相が私の名を呼んだ。
私は、彼の方を向く。
「はい」
「アルフォンス・フォン・クライネルトの王位継承権が剥奪されました。これにより、クライネルト王国は、正統な後継者を失いました」
元宰相の言葉に、広場がざわめく。
「しかし、我が国には、まだ希望があります」
元宰相は、私を見つめた。
「ローゼンハイム公爵より、重大な情報がもたらされました。ローゼンハイム家は、古代クライネルト王家の直系の血を引く、最も高貴な血統であると」
民衆が、驚きの声を上げる。
「そして、古代の法典には、こう記されています。『現王家が正統な後継者を失いし時、古代王家の血を引く者がこれに代わる』と」
元宰相は、私の前に歩み寄った。
「アウレリア・フォン・ローゼンハイム様。あなたには、王家の血と、聖女の力、そして——」
彼は、広場を見渡した。
「民衆の、心があります」
民衆が、口々に叫び始める。
「アウレリア様を、女王に!」
「聖女様こそが、この国を救える!」
「お願いします、私たちをお導きください!」
「貴族評議会と民衆代表が集まる緊急議会において、アウレリア・フォン・ローゼンハイム様を、クライネルト王国の次期女王として推戴することが、満場一致で可決されました」
元宰相は、私の前に跪いた。
「アウレリア・フォン・ローゼンハイム様。どうか、この国の女王となり、我々を、この国をお導きください」
静寂が、広場を包む。
全ての視線が、私に注がれていた。
私は、しばらく黙っていた。
(私が……女王……?)
一年前、私はこの国から追放された。絶望の森で死にかけ、それでも生き延びて、新たな居場所を見つけた。
そして今、再びこの国に戻り、かつて私を捨てた人々から、女王になることを求められている。
なんという、皮肉な運命だろう。
私は、ポケットの中の王権の指輪に触れた。
父が、贖罪の証として私に託したもの。
(お父様……)
私は、深く息を吸い込んだ。
そして——。
「……お待ちください」
私の言葉に、人々が驚きの表情を浮かべる。
「私は……」
私は、広場を見渡した。
「私は、復讐のためにこの国に戻ったのではありません」
民衆が、静かに耳を傾ける。
「ただ、苦しむ人々を救いたい。罪のない子供たちを守りたい。その想いで、ここに来ました」
「ですから……」
私は、一度言葉を切った。
「女王になることは、私が望んでいたことではありません」
人々の顔に、失望の色が浮かぶ。
「でも……」
私は、オリヴァーを見上げた。彼は、優しく微笑んで頷いた。
「でも、もし私が女王になることで、この国が救われるのなら。もし私が立つことで、人々が幸せになれるのなら」
私は、王権の指輪を取り出し、それを右手の薬指にはめた。
指輪は、眩い光を放ち始めた。
「私は、その責任を受け入れます」
民衆が、息を呑む。
「私がこの国の女王となり、皆さんと共に、祖国の夜明けを築くことを、ここに誓います」
その瞬間——。
「「「アウレリア様万歳!!」」」
広場全体が、歓声に包まれた。
人々は立ち上がり、手を振り、涙を流し、私の名を叫んだ。
「聖女女王万歳!」
「我らが希望、アウレリア様!」
「クライネルト王国に、夜明けが来た!」
歓声が、広場に響き渡る。
私は、その光景を見つめながら、静かに涙を流した。
(やっと……やっと、ここまで来られた)
背後から、温かな気配を感じた。振り返ると、そこにはオリヴァーが立っていた。
「おめでとう、アウレリア。いや——女王陛下」
「オリヴァー様……」
彼は、私の前に片膝をつき、私の手を取った。
「俺は誓おう。あなたが民を救うという使命を果たすなら、俺はあなたを守るという誓いを、命ある限り果たし続けると」
その真摯な蒼氷色の瞳が、真っすぐ私を見据えている。
「ずっと、あなたの隣にいる。それが、俺の望みだ」
私は、彼の手を強く握り返した。
「はい。ずっと、一緒に」
そして、二人で民衆を見つめた。
「でも、オリヴァー様」
私は、彼を見上げた。
「私は、ただの優しい女王にはなりません」
「……?」
「民には慈悲を。でも、私を、この国を、二度と裏切る者は——」
私の瞳が、鋭く光る。
「容赦しません」
オリヴァーは、驚いたような顔をした後、満足げに微笑んだ。
「それでいい。それが、お前だ」
新しい時代の幕開けを告げる、歓声の中で。
私は、慈悲と峻厳、二つの顔を持つ統治者として、この国に君臨することを決めた。
空では、黒竜のジルが、まるで私たちの誓いを祝福するかのように、高らかに咆哮を上げた。
追放された令嬢は、自らの手で、この国の女王となった。
そして、新たな物語が、今始まる。




