第2部 第7話
「そ、それは偽造だ! そんなものは認めない!」
アルフォンスが叫ぶ。しかし、その声は震えていた。
「では、まだあります」
私は、オリヴァーに合図した。彼は、これまで集めた証拠の全てを、広場の中央に並べ始めた。
毒入りの菓子。
暗殺者から押収した金貨と手紙。
妨害工作の証人たち。
そして——私が「用意」した、決定的な証拠の数々。
「これらは、全て王城から出たものです。そして、その全てに、お二人の関与を示す証拠があります」
私の言葉に、リリアナの顔が蒼白になる。
「ち、違う……違うのよ……!」
リリアナが、金切り声を上げる。
「私は何もしていない! 全部、部下が勝手にやったことで……!」
「では、この署名は何ですの?」
私は、リリアナの署名が入った暗殺指示書を掲げた。それは、父を殺害した刺客から押収した本物の手紙を、アイスフェルトの職人に命じて寸分違わず模倣させ、そこにリリアナの名前を書き加えたものだった。オリジナルの手紙には、ただ『L』としか記されていなかったのだ。
「『アウレリアを確実に始末せよ。失敗は許さぬ。——リリアナ・フォン・クライネルト』」
民衆が、どよめく。
「これは……これは偽造よ! 私の筆跡じゃない!」
「では、筆跡鑑定をいたしましょう」
私は、元宰相の協力により事前に用意していた、リリアナが王城で書いた他の文書を取り出した。そして、アイスフェルトで最も腕の立つ職人が模倣した署名と並べてみせる。素人目には、いや、専門家でさえ見抜くのは困難なほど、二つの筆跡は完全に一致していた。
「これは、あなたが書いた他の文書です。筆跡を比較すれば、一目瞭然ですわね」
「……っ!」
リリアナは、言葉を失った。
「それだけではありません」
私は、次々と証拠を示していく。
「これは、あなたが私に渡るように仕向けた毒入りの菓子。幸い、気付くことができましたわ」
(本当は、誰が仕組んだのか確証はない。けれど、あなたがやったことにするのです)
「これは、あなたが雇った刺客たちが持っていた金貨。すべて王家の刻印入りです」
(これも、彼らが本当にあなたから直接受け取ったかは分からない。けれど、状況証拠は揃っている)
「そして、これはあなたが命じた妨害工作の証人たち。彼らは、すべてあなたから金貨を受け取ったと証言しています」
事前にオリヴァーの部下が捕らえた扇動者たちに、「リリアナの指示だったと証言すれば、罪を軽くする」と司法取引を持ちかけておいた。彼らは喜んでその取引に応じた。
証拠が、次々と積み重なっていく。リリアナの顔から、完全に血の気が引いた。彼女は、真実と嘘が巧みに織り交ぜられた「証拠」によって、逃げ場のない罠へと追い詰められていた。彼女が嘘の証拠で私を陥れた時と同じように——。
「そして——」
私は、最後のダメ押しとなる証拠を取り出した。
それは、三日前の襲撃で捕らえた刺客から押収した、本物の手紙だった。
「これは、三日前に私の父を殺害した刺客が持っていた手紙です。そこには、こう書かれています」
私は、手紙を読み上げた。
「『公爵領へ向かうアウレリアを、必ず始末せよ。今度こそ失敗は許さぬ。この手紙は証拠となるので、任務後は必ず焼却せよ。——L』」
私はそこで一度言葉を切り、悲痛な表情で民衆を見渡した。
「この『L』が誰を指すのか……そして、この手紙に書かれた筆跡が、先ほどご覧にいれたリリアナ様の署名と完全に一致することを考えれば、犯人が誰であるかは、もはや疑う余地もありませんわね」
民衆が、怒りの声を上げ始める。
「リリアナが、聖女様を殺そうとしていた……!」
「公爵様まで殺したのか!」
「許せない! あの女こそ、この国を滅ぼした元凶だ!」
リリアナは、完全に追い詰められた。
「ち、違う……違うの……! 私は……私は……!」
彼女の目が、泳ぎ始める。そして、突然アルフォンスに縋りついた。
「陛下! 助けて! 私は、私は陛下のために……!」
しかし、アルフォンスは彼女を冷たく突き放した。
「何を言っている。これらは全て、お前が勝手にやったことだ」
「え……?」
リリアナが、信じられないという顔でアルフォンスを見上げる。
「俺は何も知らない。お前が、勝手に暴走したのだ」
アルフォンスは、保身に走った。
「俺は、お前を信じていたのに……お前が聖女だと信じていたのに……! それなのに、お前は私を騙し、好き勝手なことをしていたのだな!」
「そ、そんな……! 陛下、陛下もご承認を……!」
「証拠はあるのか? 俺が承認したという証拠が?」
アルフォンスの卑劣な言葉に、リリアナは絶望に顔を歪めた。
「陛下……」
「お前が全て悪いのだ。この国を滅ぼしたのも、民を苦しめたのも、全てお前の仕業だ!」
アルフォンスは、完全にリリアナに責任を押し付けた。
リリアナは、その場に崩れ落ちた。
「嘘……嘘よ……こんなの……」
彼女の目から、涙が溢れる。
「私は……私は、あなたのために……!」
しかし、誰もその涙に同情しなかった。
民衆は、冷たい視線で二人を見つめている。
私は、静かに前に進み出た。
「リリアナ」
私の声に、彼女が顔を上げる。
「あなたは、一年前、私に何をしましたか?」
「……」
「私に濡れ衣を着せ、婚約者を奪い、家族から引き離し、国から追放した」
私の声は、冷たかった。
「そして今度は、私を殺そうとした。何度も、何度も」
リリアナは、震えながら私を見上げる。
「許して……許して、アウレリア……命だけは……命だけは……」
彼女は、這うようにして私に近づいてきた。
「お願い……私が悪かった……全部、全部私が悪かったの……だから、だから……!」
リリアナは、私の足元に縋りついた。
「助けて……助けて……!」
広場が、静まり返った。
全ての視線が、私に注がれている。
私は、リリアナを見下ろした。
かつて、私を見下ろしていた彼女が、今は私の足元で泣き叫んでいる。
(なんという、皮肉な光景)
私は、深く息を吸い込んだ。
そして——。
「あの日、あなたは私に何と言いましたか?」
リリアナが、震える。
「パーティー会場で、私が追放されるとき。あなたは殿下に守られながら、か弱い子鹿のように震えて、こう言いましたね」
私は、冷たく言葉を紡ぐ。
「『あの方は、本当は悪い方では……』そう言って、慈悲深いふりをしていました。まるで、私を哀れんでいるかのように」
リリアナの顔が、蒼白になる。
「でも、あれは全て嘘だった。あなたは、私を陥れることに成功して、内心では嘲笑っていたのでしょう?」
「ち、違う……」
「いいえ、違いません。私は見ていました。あなたの瞳の奥に浮かんだ、嘲笑の色を」
私の瞳が、氷のように冷たくなる。
「そして今、あなたは私に命乞いをしている。慈悲を乞うている」
リリアナは、必死に首を縦に振る。
「お願い……お願いだから……!」
私は、彼女を見下ろしたまま、静かに、しかし明確に言い放った。
「もう遅いですわ」
その言葉が、広場に響き渡った。
リリアナの顔が、絶望に染まる。
「そん……な……」
「あの日、あなたは私に慈悲を示しませんでした。私の言葉に耳を傾けませんでした。ただ、一方的に私を断罪した」
私は、一歩後ろに下がった。
「ですから、今更泣き叫んでも、もう遅いのです。あなたが私にしたように、あなたも裁かれるのです」
民衆が、歓声を上げた。
「正義が下された!」
「そうだ、もう遅いんだ!」
「聖女様、万歳!!」
人々の声が、広場を満たす。
リリアナは、その場に崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。
「では、これより公開裁判を開廷する」
元宰相が、厳かに宣言した。
「被告人、リリアナ・フォン・クライネルト。および、アルフォンス・フォン・クライネルト」
二人は、広場の中央に引き立てられた。
周囲を、無数の民衆が取り囲んでいる。
「これより、王国の名において、被告人らの罪を裁く」




