94.進化、世界樹マーテル
わたしの祈りで、水が噴き出した。
その水が奈落の森に行き渡った結果……。
樹木王さんは、世界樹へと進化したのだった。
「きれいな木ね」
『ぴゅー! ぴかぴっか~』『まぶしーい』
眼前にあるのは光る大樹。
見上げてもなお、頂上を見ることができない。
これが……世界樹。
「とんでもない事態になったのじゃ」
目の前に居るのは、緑髪の美しい、人間の女性……樹木王さん。
前は霊体みたいな姿だったのだけど、今は実体がある。
背は高く、緑の髪の毛はエメラルドのように輝いてる。
耳が少しとがってなかったら、きれいな人間に見えていたわ。
「そうね……大変だわ……」
「うむ……キリエ、わかるか?」
「ええ、とりあえず、お名前付けないと」
「わかっておらん!?」
樹木王さんが目をむいて叫ぶ。
「え、でもこうして人間の肉体があるのに、樹木王ってちょっと変じゃない……? 世界樹はこの木の名前なんだし……」
「い、いやそうじゃけども……もっと危惧するべきことがあるのじゃ……」
よくわからないけど、名前がないのはやっぱり不便だわ。
前から思っていたのよね。
「そうね……木だから……きっちゃ……ううん。もっとこの木みたいに、きれいな名前がいいわね……」
ふと、わたしは昔読んだ、天体の図鑑を思い出した。
「マーテル。どうかしら、マーテルはどうかしら?」
「たしか……冬に見える、翡翠色に光る星のことじゃった、かの」
「そう。マーテル。どうかしら?」
「ふむ……良い名前じゃ。気に入ったぞ。良い名前を付けてくれありがとうな」
いえいえ。
そのときだった。
ぱぁああ……!
『すげえ! 世界樹から光が降り注いでくるよぅ!』
『ぴゅいー! 星の雨みたーい』
『きらきらしゃわー』
まるで流星群のように、世界樹からはキラキラとした光が降ってきた。
「こ、これは……すごいぞキリエ!」
「え、どうしたの? マーテルさん」
「おぬしが名前を付けてくれたおかげで、わしは新たなるスキル、隠蔽を覚えたのじゃ!」
「いんぺい……?」
あ、そうだ。
名前を付けると進化するのだったわ。
「世界樹となったわしを、さらに進化させるとは。尋常じゃない魔力が消費されたはずなのじゃが……おぬし、平気か?」
「? 平気もなにも、なにかしたの?」
「そんな……すごすぎるぞ。大海のごとく魔力量が、身体から失われたはずなのじゃが……」
身体を気遣ってもらっておいて、あれだけど、別に体に不調は一切感じていない。
「それより、隠蔽って?」
「外敵からわしの姿を見えなくする、特殊な結界を張るスキルじゃ」
「結界……?」
「うむ。高度な隠蔽の結界じゃ。完全に外部の存在に認識されなくなる。対象は任意でオンオフできるようじゃ」
そうか。
たしかに、世界樹はこんなにおっきくて、さらにキラキラ光っているのだ。
目立って仕方ない。
「隠蔽スキルがあれば、森の周りに住んでいる魔物さんたちが、夜眠れなくて困ることもないわね」
「…………」
「マーテルさん?」
マーテルさんはなんだか、あきれたような顔で、はぁ……とため息をついた。
「キリエ……おぬしは、なんというか、大物じゃなぁ」
「え? そうかな」
「そうじゃよ。まったく……無欲というか、純粋というか。じゃからこそ、神は強大な力を与えたのじゃろうな」
何はともあれ、わたしが名付けたことで、マーテルさんは新しいスキルを身につけたようだった。
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