53.クマを持ち上げる聖女
「えへへっ♡ がんこじ~♡」
「なんだ?」
「よんだだけ~♡」
「ま、まったく……用事が無いのに話しかけてくるな」
「ぬへへ~♡ ごめーん♡」
……とまあ、桃色空間を作り上げている、デッカーちゃんとガンコジーさん。
付き合いたての若いカップルなのだから、いちゃいちゃしたいのだろう。
うんうん。
「あ、ごめん! 説明の途中だったね!」
「説明……?」
「おらたちの国の状況」
そういえばそうだったわ。
デッカーちゃんが教えてくれたことによると……。
ここ、氷の国カイ・パゴスには巨人と山小人とが暮らしていた。
でも二種族は仲がとても悪いらしく、かつて大きな戦があってからは、お互い冷戦状態が続いていた。
ところが……。
「わしらの国に、腐姫のやつが、不死の軍勢を引き連れてせめてきよったのじゃ」
「おらたちは山小人と巨人、それぞれ別で立ち向かおうとしたんだけど……」
結果、駄目だったらしい。
「力を合わせて敵と戦えばいいのに……」
「それができぬから、我らは窮状に追い込まれておるのじゃよ」
「そんな……窮地にこそ、手を取り合うべきでしょ?」
「理想はな。じゃが、二種族の溝は深いのじゃよ」
なんだか悲しいわ。
ケンカなんてしても意味ないのに。
だって種族が違っても、こうしてデッカーちゃんとガンコジーさんは仲良くできてるのに……。
「このままでは手を取る前に、屍姫と不死の軍勢にせめられ、国は滅んでしまうのじゃ」
「そこで、ガンコジーが神器を作ろうとしたんだべ!」
神器……。
そういえばさっきも出てきたわね、その単語。
「神器というのは、神のごとき力を発揮する、凄まじき武具のことじゃ」
「なるほど、ノアール様ってことね」
「だれじゃそいつ」
まあなんてことを。
神と言えばノアール様。
山と言えば川のように、決まっていることだというのに。
「キリエの嬢ちゃんがやったように、この世に奇跡に近い現象を起こす凄いアイテムということじゃ」
「なるほど、ノアール様の奇跡を再現するアイテムってことなのね」
「だからだれじゃそいつ」
解せぬ。
ノアール様のすごさは、ふたりがよくわかってるだろうにっ。
「ともあれ、この状況を打破するため、わしは神器を作っておった。じゃが……まだ核心をつかめておらぬでな。完成前に国が滅びそうじゃ」
「そんなときに、キリエ様があらわれたんだべ!」
デッカーちゃんがわたしの手を握って、頭を下げてくる。
「お願いだべキリエ様! どうか、おらたちの国を救って欲しいんだ!」
そんなの、わたしの答えは決まっているわ。
「もちろん、微力ながら協力させてもらうわ」
ここに呼ばれたのは神の思し召し。
神の使徒として、神に代わって、人を救う。
それが聖女の使命だものね。
「しかし……嬢ちゃん。どうやって不死の軍勢を倒すんだい?」
「わたしにできるのはお祈りすることくらいだわ」
「祈り……あの恐ろしい光の魔法か」
ナニヲイッテルノダロウカ……?
「大丈夫、祈れば、神は願いを聞き届けてくれるわ。地上に光をもたらしてくれます」
「う、うむ……つまり、嬢ちゃんはこれから、祈りの力で、国にはびこる不死の軍勢を撃退する……と?」
「撃退というか……これ以上山小人さんたちを傷つけないでとお願いするだけね」
そのときだった。
「ぐうう……」「がうう……」「ぐるうぅ……」
どこからか、獣のうなり声が聞こえてきた。
それはこちらに近づいてくるわ。
「が、ガンコジー……野生の獣だ……どうしよう……」
「わしの作った魔道具がある」
彼はその手に、剣を取る。
だが……わたしは彼の手に、自分の手を重ねた。
「暴力はよくないわ」
「しかしの……相手は飢えた野獣である可能性が」
「だとしても、この世界に生きる命です。むやみに傷つけるのはよくありません」
アトリエの壁から……ぬうぅ……と狼の群れが現れる。
ガンコジーさんがわたしたちの前に立ち、剣を構えようとする。
そのときだ。
ぺたん……。
「「へ……? ふ、伏せた……?」」
狼さんたちがわたしの前で、伏せの状態を取っていた。
いったいどうしたのかしら……。
『あー! ねーちゃーん! めっけたー!』
「キリエおねえちゃんっ、みーっけ!」
狼さん達の後ろから、見慣れた子らが現れる……!
「くま吉君! それに……緋色ちゃん!」
友達の熊のくま吉くん、そしてその背中には、妹鬼の緋色ちゃんが乗っていたのである。
『わー! ねーちゃーん! しんぱいしたんだぞー!』
どどどっ、とくま吉君が走ってきて、びょんっとダイブしてくる。
わたしは正面から受け止めて抱っこした。
「ごめんね、急にいなくなって」
『もー! おいらほんとびっくりしたんだからね!』
ぷんすこ、と怒ってる。
やっぱりそうよね、もうしわけないわ、急に消えて……。
でもしょうがないの。
神さまのお導きなのだから。
「じょ、嬢ちゃん……? その1メートルサイズのくまを、よく持ち上げられてるな……?」
「え? なんで? くまの子供よ? だっこしてあげてもいいじゃない?」
赤ちゃん扱いしてるのが、よくないってことかしら……?
「お、おらでも持つの大変そうな、でっかいくまさんを、こうも軽々もちあげるなんて……キリエ様は腕力もすごいんだべな……」
? へんなの。
くま吉君はまだまだ、生まれたばかりの小熊なのにね。
持ち上げるのが大変?
そんな馬鹿な……。
「それであなたたちどうしたの? それにこの狼さんたちは?」
『話せば長くなるんだけどね、途中で姉ちゃんたちを探してるこいつらを見かけてさ、一緒にここに来たってわけ』
なるほど……じゃあ狼さんたちも、友達って訳ね。
よかった、争わずに済んで。
「お、おらたち……やっぱとんでもない人を、味方にしたんじゃないんだべ?」
「そうじゃな……獣を従え、熊を持ち上げる少女なんて……神じゃなまさに」
「神が居れば国も救われるべ!」
だから、神じゃ無いんだってば。
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