36.王都蹂躙、聖女降臨
《イオンSide》
キリエの所属する教会の司祭、イオンは王都の惨状を前に茫然自失していた。
突如王都に出現した謎のゾンビども。
彼らはものすごい早さで王都の民を、そして町を蹂躙していく。
「いやぁああああああ!」「たすけてえええええええ!」「痛いよぉおおおおおおおおおおおお!」
ゾンビに噛まれ、肉体を欠損するものたちで、阿鼻叫喚の地獄を作り出している。
また彼らに噛まれたものたちはみな歩く屍となって、さらなる仲間を増やすために徘徊する。
「司祭様!」
ハッ! とイオンが我に返る。
聖職者たちがイオンに指示を仰いでいる。
「どうすればよいでしょうかっ?」
……どうすればいいか。
そんなのイオンもわからなかった。
聖女の結界が突破された今、ゾンビの流入を止める術はない。
街の人たちは次々ゾンビになっていく。
怪我人を治療しようとした聖職者も、返り討ちになって、ゾンビになってしまう。
「…………」
治療もできない、ゾンビを追い返すこともできない。
街の冒険者たちや騎士達も苦戦している様子から……。
もう、あとは神に祈ることしか……。
キリエがいれば、おそらくは全て解決しただろう。
だが彼女はもう新しい生活を始めている。
彼女を、頼るわけには行かない。
追い出したガワなのだから、ここは。
「逃げ遅れた人たちのシェルターとなるよう、神殿の警備を固めるのです! 外へ行ってはゾンビの餌食! 防御を固め、中にゾンビどもが入ってこれないようにするのです!」
「「「了解!」」」
イオンの指示で神父や他の聖職者達が動き出す。
バリケードを作り、ゾンビどもが入ってこれないように聖水をまく。
逃げてきた無事な人たちは奥へと匿い、籠城戦の構えだ。
「司祭さま……これで助かるのでしょうか……?」
不安げな王都の民達。
現状、自分たちは引きこもっているだけで、何の解決にも至っていない。
今はただ、嵐が去るのを待つだけだ。
しかし……。
「ぎゃああああああ!」
神父のひとりが悲鳴を上げる。
バリケードから顔を伸ばしたゾンビに、肩を噛まれていた。
「い、イオン司祭……ぼくはもうだめです……」
「しっかりなさい! 今すぐ治療を……」
だが噛まれてしまった若い神父の肌が、みるみるうちに腐っていく。
「ぼ、ぼくを……ころ、ころして……みんなに……め、め、迷惑かけたく……」
「くっ! 諦めてはいけません……!」
イオン司祭は光魔法での治療を試みる。
聖女ほどではないものの、上位の治癒魔法を使えるのだ。
しかし怪我した神父の状態は一向に良くなることはない。
やがて……。
「う、うがぁああああああああああ!」
完全にゾンビとなった神父が暴れ出す。
ばきぃ! とバリケードが今ので破壊されて、ゾンビどもが一気に流れ込んできた。
「いけない……! 後ろには、王都の民達が……!」
イオン司祭は両手を広げて、ゾンビ達を抑えようとする。
手足をがぶりと噛まれる。
次々とゾンビ達のえじきにされる、イオン司祭。
「私は……守る……無辜の民たちを……!」
窮地に至ってもイオン司祭は、神に祈らなかった。
神では無く、己の体で、みんなを守ろうとする。
ゾンビ達に噛まれて……やがて自分も意識を失い、さまよい歩く死人となろうと……。
最後の最後まで、彼は守人であろうとした。
だが……限界というものはある。
圧倒的な物量の前に、イオン司祭はゾンビに押し倒されてしまう。
目の前には格好の餌があるということで、ゾンビ達はよだれを垂らしながら彼の肉体を噛む……。
だが……。
「あ、あれ……? 私は生きてる……? どうして……」
そこでイオン司祭は気づいた。
自分の体に、虹色の膜が張ってあることに。
「この聖なる波動……まさか! 聖女キリエ!」
そう……こないだ、イオン司祭がモーモックとともに奈落の森へ行ったとき……。
帰り際に、キリエから祝福をもらっていたのである。
イオン司祭に宿りし聖なる力が、ゾンビ達の猛攻を抑えているのである。
「これなら……うぉおおおおおおおおおおおお!」
イオン司祭が気合いを入れると、彼を包んでいた聖なる結界が、その範囲を広げていくではないか。
ゾンビ達を、押し返す。
「よ、よし……いける……! いけるぞ……!」
だが、しかし。
その淡い希望を、打ち砕くものがあった。
『ギッシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
どがぁあん! という激しい音とともに……神殿の壁が破壊される。
そこに居たのは……。
「ど、ドラゴン……!? いや、あれは屍竜!?」
ただれ、腐った肉体を持つ、巨大なドラゴンがそこにいたのだ。
屍竜は神殿の分厚い壁を、まるで紙のように打ち破った……。
「くそ! 最悪だ! こんなときに……屍竜が襲ってくるなんて!!!!」
イオン司祭が結界で抑えられているのは、あくまで相手が元人間だからだ。
ゾンビとなったとはいえ、人間の膂力などたかが知れている。
しかし今目の前には、人間を遥かに凌駕するパワーを持ったドラゴンがいるのだ。
「ギッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
屍竜は雄叫びを上げながら、その巨体でタックルしてくる。
「ぐぅうう……!!!! 結界が……もた……ない……!」
司祭の奮闘を、背後で民や聖職者達が見守っている。
「がんばれイオン司祭!」「司祭!」「負けないでー!」
だが、しかし。
彼らの祈りが届くことは無かった。
ばきぃいん! という大きな音とともに結界が破壊される。
「ぐわぁあああああああああ!」
イオン司祭は屍竜に吹き飛ばされて、地面に転がる。
腕が、曲がってはいけない方向に曲がっている。
片足はねじれ、まともに立てていない。
「ギシャアア!」
「がぁ……!!!!」
屍竜はイオン司祭を踏みつける。
じゅうう……とドラゴンの体表からしたたり落ちる腐肉が、彼の体を溶かす。
「もう……だめか……」
キリエからせっかく力をもらったというのに、結局守ることはできなかった。
もう……終わりだ。
いや……まだだ。
まだ……できることが、ある。
「……主よ、どうか……か弱き民たちを……お救いください……」
残された道は、神に祈ることだけだった。
そして……その祈りは神では無く……別のものへと届く。
「ギシャアアアアアアアアアア!」
「だめだ! 司祭様! 逃げてぇえええええええ!」
ドラゴンが、ブレスを吐き出そうとしたそのときである。
「ハァッ……!!!!!」
という気合いの声とともに、屍竜が吹き飛んだのだ。
まばゆい光が目の前で発せられている。
上空を見上げると……。
「あ、ああ……」
イオン司祭は、涙を流す。
そこにいたのは、光の翼を生やした、美しい女……。
「聖女……キリエ……様……!」
天から舞い降りた神の使い……。
キリエ・イノリが、か弱き民の祈りを聞き届けて、目の前に顕現してみせたのである。
【★読者の皆様へ お願いがあります】
ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります!
現時点でも構いませんので、
ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂けると嬉しいです!
お好きな★を入れてください!
よろしくお願いします!




