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35.偽の聖女は、王都に溢れたゾンビを前に情けなく泣き叫ぶ



《ハスレアSide》


 モーモック王太子が、屍魔王・腐姫くさりひめの手によってゾンビ化した、一方その頃。

 王太子をはめ、そしてキリエに酷い目に遭わせる元凶となった女……ハスレア。


 彼女は獣人国での軟禁を解かれて、ゲータ・ニィガ王国王都へと戻ってきていた。

 モーモックに責任の全てを押しつけることで、彼女は難を逃れたのである。


 さて。

 ハスレアが自室で惰眠をむさぼっていると……。


「せ、聖女ハスレア様! 大変でございます! 魔物の群れが!」

「はぁ……? 魔物ぉ?」


 彼女を呼びに来た、教会の神官をにらみつける。


「そんなの、町を守る結界が行く手を阻むでしょ?」

「それが、結界を突破してきたのです。易々と、まるで紙を破るかのように」

「は……?」


 なんだそれは……?

 町を守る結界を、突破してきただと……?


「う、嘘つくんじゃ無いわよ。アタシの張った結界を?」

「ほ、本当です! 異形の化け物達による被害を受けて、王都は大変なことになっているんです!!!!!!」


 にわかには信じられなかった。

 魔物よけの結界を、魔物が突き破ってくるなどありえない。


「聖女ハスレア様! どうか、お力を!」

「ったく……仕方ないわね。雑魚どもが、力貸してやるわよ」


 ハスレアはそう言いつつも、内心ではチャンス到来だと思っていた。

 どんなモンスターか知らないが、魔物を追い払ったとなれば自分の株も上がるだろう。


 ハスレアは獣人国でやらかした(国王の病気を治せないものだとわかったうえで、だらだらと無駄な治療をしていたこと)。

 そのせいでハスレアに対する民衆の不信感がつのっていた。


 ハスレアよりも、キリエの方が凄い聖女だったのでないかという汚名を、返上するチャンスであった。


「ふん……キリエ。獣人国ではあいつのほうが凄いとかなっちゃったけど、でもアタシは認めてないわ! だって実際に治したところを見たわけじゃないんだし……!」


 とまあ、あれだけのことがあっても、ハスレアは自分がキリエよりも優れていると信じて疑っていなかった。


 ややあって。

 彼女は王都の入口へと向かう……。


「な、なに……これ……?」


 そこには惨状が広がっていた。

 王都の人たちはみな傷付き、倒れ伏している。


 あちこちで悲鳴と、子供の泣き叫ぶ声が響き渡る。


「あ、あなた……大丈夫……?」


 近くで倒れていた、商人らしき男に話しかける。

 だが既に事切れていた。


 周りに居る人たちもそうだ。

 しかも、死体は激しく損傷している。


 腕がない、足がない死体。

 首の部分を大きくえぐられていたり、頭がかけている死体もあった。


「うぐ……うげぇえええええええええ!」


 思わずハスレアは吐いてしまう。

 目も当てられない状況を前に、彼女は何もできなかった。


「なん……なの……」

「聖女様ぁ……」


 腕を失った騎士が、こちらにやってきていう。


「おねがい……します……どうか……治療を……。おれは、どうでもいいんで……街の人たちを……どうか……」


 腕を失った騎士が近づいてきて言う。


「む、無理……」

「そん……な……どうして……?」

「どうして? 見てわかるでしょ! 全員死んでるじゃない!!!!」


 倒れ伏してる全員、死体の損傷は激しく、完全に事切れている。

 いくら聖女の治癒力であっても、死者までは復活できない。


「でも……」

「無理、無理なものは無理なの! 死人なんてほっときなさい! それより、魔物はどこなの!? 結界で追い返してやるから!」


 そう……不自然だ。

 これだけ死体があちこち落ちているのにも関わらず、この悲劇を引き起こしただろう魔物の姿がないのである。


「まも……の?」

「そうよ! 魔物! どこにいるの、早く案内しなさいよこのグズ!」


 腕を失った騎士の顎が……。

 ぼとり……と地面に落ちた。


「ひっ! ひぎゃああああ! あ、あ、あああ、顎が! 取れた……!!! なにこれぇええええええええ!」


 よく見ると目の前に居るのは……生きている人間では無かった。

 目は白濁としている。


 顔のパーツは腐り落ち、うなり声を上げるその様は……人外のそれだ。


「ば、化け物……!!!! こっちくんな!」


 バッ、ハスレアが手を前にだして、神聖なる魔法を発動させる。


「た、死霊送天光ターン・アンデッド!」


 それは死霊系《幽霊やグールなど》のモンスターを滅する、聖なる光の魔法だ。

 聖女ハスレアが使える、最大級の光魔法。


「消え去れ化け物ぉ! あたしの聖なる光を前になぁああああああああ!」


 まばゆい光が周囲を包み込む……。

 だが……しかし。


「うぐううう! くるしいぃい! くるしいいょおおおおおおお!」

「な、なんで!? なんで消えないのよぉおおお!」


 ハスレアが自信満々に放った魔法を受けても、ゾンビとなった騎士はぴんぴんしていた。

 それどころか……。


「ぐるしいい! だずげでええ! せいじょざまぁああああああ!」


 ゾンビが泣き叫ぶと、倒れていた死体たちが一斉に起き上がった。


「聖女ぉ……」「聖女がいるのかぉ……」「おれたちをなおしてくれよぉお……」


 騎士や王都の人たちが、みなゾンビになっていた。

 そして聖女を求めて、近づいてくる。


「いぎゃああぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」


 おぞましい化け物の群れを前にハスレアは泣き叫ぶしかなかった。 

 きびすを返して、街の中心へと向かって走る。


「あ゛ー……」「う゛ー……」「うああー……」


 大量のゾンビ達が襲いかかってくる。

 しかも、全員が凄い速度で走ってくるのだ。


「きゃあ!」


 ゾンビに腕を捕まれたハスレア。

 一斉に、残りのゾンビ達が押し寄せてきて、彼女は捕縛されてしまう。


「いやぁ! いやぁあああああ! 離してえええええええ! 離してよぉおおおおおおおおおお!」


 ゾンビの群れはハスレアを捕まえ、みながこぞってハスレアの体に触れる。


「いたいよぉ……」「くるしいよぉ……」「たすけてぇ……せいじょさまぁ……」



 王都の民達はみな、聖女がいかに凄いかを知っている。

 どんな怪我も病気もなおす、凄まじき存在だと。


「なおしてよぉ……」「ゾンビはやだよお……」「聖女様ぁ……」

「治せるわけないでしょ! あんたらみんな死んじゃったんだから!!!!」


 ハスレアが声を荒らげると、ゾンビ達の動きが止まる。

 そして……さっきまでの救いを求める姿から一転して……。


「なおせえ……」「治せないなら殺してしまえ……」「おまえもこっち側にしてやるぅう……」


 ハスレアはゾンビ達に地面に押し倒される。


「いやあ! いやぁあああああああああ! やめてえええ! やめてよぉおおおおおおおお!」


 彼女は顔から汁という汁をふきだし、みっともなく泣き叫ぶ。

 この世のものとはおもえない化けものに囲まれ、動けなくされて、そして全員から憎悪を向けられて……。


 彼女は涙とともに失禁しながら……。


「いやぁあああああああああ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ゾンビの群れに飲み込まれて、恐怖のあまり絶叫するのだった。

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