26.死者の魂を呼び出す
わたし、キリエ・イノリは、北の山脈に封印されていた、暴虐竜アニラさんを解放した。
アニラさんを連れて一度、旧楽園の教会へとやってきた。
そこで教会の中にあった服を、アニラさんに着せる。
「なんだか窮屈だなこれは」
シャツにズボンという、簡素な出で立ち。
全裸の美女から、服を着た美人へと早変わりだわ。
それで、これからのことなのだけど……。
アニラさん、あなたどこかへ行きたいって言ってたわね。
「ああ……。エレソンのさ、墓参り行きたくてよ」
初代聖魔王エレソン様。
最初にこの奈落の森を治めていた、女性……らしい。
会ったことはないけど、度々話題に出てくる。
「気づいたらエレソンは、死んじまってただろ? だから……おれさまは、ちゃんとお別れしたいんだ」
ふたりは友達だったっていっていた。
そうよね、お別れ言えずじまいだったのなら、言っておきたいわね。
本当に、心の優しい女性なのね、アニラさんって。
「ありがとよぉキリエ! ん~好き♡」
ま、また心の声が聞こえてしまったわ……!
わたしは事故のトラウマから、声が出なくなってしまってるのよね。
でも神さまのお力で、心の声を、こうして相手に伝えることができる。
便利だけど、全部筒抜けって言うのは、ちょっと気恥ずかしいところもあるのよね。
どうにかできないものかしら……。
「おい駄犬、エレソンの墓はどこにあるんだ?」
いけませんよ、アニラさん。友達のチャトゥラさんを、駄犬なんて酷いあだ名で呼ぶのは。
「良いのです。所詮は爬虫類。他者を思いやるという心がないのですから」
「あんだと犬?」
がるるる……とふたりがにらみ合う。
ケンカは仲良しの印だけども、今は大事な話の最中でしょ?
「キリエ様の言うとおりです。……それでエレソン様の墓ですが、キリエ様と最初にあった庭園を覚えておりますでしょうか?」
ああ、たしか神の像に祈りを捧げたとき、飛ばされた先にあった場所のことね。
最初は枯れ果てた庭園だったけども。
「あそこが、エレソン様の墓所でございます」
「おう。じゃあ駄犬、そこへおれさまを連れてけや」
「お断りです」
チャトゥラさん。
「……かしこまりました」
わたし、チャトゥラさん、アニラさんは教会へと移動。
そして、あの庭園へとテレポートしてきたわ。
「ここが……エレソンの墓、か。綺麗なとこじゃねえか……。花好きだったもんなあいつ……」
昔を思い出して、アニラさんは涙目になっていたわ。
お友達の死を悼む、本当に優しい心の持ち主なのよね……。
どうして暴虐竜なんて酷いあだ名がついたのかしら。
少しばかり気が荒いだけで、いい竜なのに……。
「キリエ~~~~~~~~~! おれさまのこと、そんなに褒めてくれるなんて~~~~~~~~! 好きー!」
ま、また心の声が筒抜けになってしまったわ……。
恥ずかしい……ほんと、どうにかしたい。
そんなこんなありながら、わたしたちは庭園の奥へとやってきた。
そこにはお墓があって、【最高最善の聖魔王エレソン・イノリ、ここに眠る】と彫ってあった。
「エレソン……」
アニラさんの手には、途中で摘んできたお花が握られていた。
彼女はお墓の前に花を置いて、つぶやく。
「なに……勝手にいっちまってんだよ……さよならも、言わずによ……」
うっ……うっ……と彼女が涙を流す。
そうよね、最後の言葉くらい……言いたかったわよね。
「ああ……お別れ、言いたかった……ちゃんと……。もう……絶対叶わないだろうけど……」
そんなふうに、弱々しくつぶやいてるアニラさんを、見てられなかった。
こんな心の清らかな竜の願いが、届けられないなんて……あり得ない。
……いいえ。アニラさん、諦めるのは早いわ。
「どういうことだ……キリエ?」
神さまに、お祈りしてみます。
どうかアニラさんの願いを、かなえてくださいと。
「キリエ様……さすがにそれは不可能です。死者をよみがえらせることはできません。第一、肉体がもう消滅しています」
いいえ、チャトゥラさん。
肉体は滅びようとも、彼女の魂は神の御許におわすはずです。
どうか……神さま。
少しだけでいいのです。
エレソン様と、アニラさんに、最期のお別れを言う時間を……。
と、そのときだった。
「!? こ、これは……! キリエ様の体から、いままでにないまばゆい光が!」
「お、おいチャトゥラ! これはなんだ!」
「まさか……失われし古代魔法、【死者召喚】!?」
わたしは必死に祈った。
どうか……エレソン様へのアニラさんの思いが、届きますように……。
『聖女キリエ』
そのとき、頭上に一人の女性が現れる。
体は透けていることから、魂だけの存在であることがわかった。
『チャトゥラ。それに……アニラも……』
ふたりが、ずしゃ……とその場にひざまずく。
じゃあ……この、綺麗な方が……。
「「エレソン様!!!!!!!!!」」
初代聖魔王エレソン様なのね。
わあ……なんて、きれいなかたなのかしら。
ふわふわの髪の毛。
背が高く、そしてほっそりしてる。
儚げな印象を与える、美人だった。
『ふたりとも……久しぶりね』
「「う、うぐう……うわぁああああああああああああん!」」
チャトゥラさんとアニラさんが、エレソン様の前で大泣きしてる。
『そう長くここにはいられない。手短に話すわ。二人とも、よくお聞きなさい。まずは……チャトゥラ』
「ハッ……!」
エレソン様が頭を下げる。
『ながく、この墓地を、そして森を守ってくれて、ありがとう』
「も、もったいなき……お言葉……」
『でも、わたくしのせいで、この森にあなたを縛り付けてしまったわ。ごめんなさいね』
「そんな……! 謝る必要などございません! 私は自分の意思でここを守っていたのです!」
エレソン様の気にしてることは、わかるわ。
自分のせいで、彼をここに縛り付けてしまってるって思って、心を痛めてるのね。
「そういうことでしたか……ありがとうございます。ですが、私はもう大丈夫です。新たなる主人のもとで、彼女とともに、新しい生を歩んで参ります。誰でもない、自分の意思で!」
エレソン様は満足そうにうなずくと……次は、アニラさんを見やる。
『アニラ。あなたを地下に閉じ込めるようなマネして……』
「ごめんよ……! エレソン!」
エレソン様がいいきるまえに、アニラさんが遮って言う。
「もう、あんたの意図は、あいつらから聞いた。おれさまを守るための結界だったんだよな……」
大粒の涙を流しながら、アニラさんは頭を下げる。
「おれさま……もう理不尽な暴力は絶対振るわない! ムカついても……我慢する!」
エレソン様は目を丸くしたあとにほほえんで、頭をなでる。
魂だけだから、触れることはできない。
それでも、アニラさんは安堵の表情を浮かべていた。
『成長しましたね、アニラ。キリエとの出会いが、心の成長を促したのでしょう』
わたしが……?
「ああ。キリエに出会っておれさまは、変わった。今度は、キリエを守る……! あんたにできなかったぶん……この力で、新しい聖魔王を守る!」
エレソン様は満足そうにうなずいた。
『それが聞けて安心しました。アニラ、わたくしはもうあなたを一人前と認めます。今までありがとう』
「うぐ……エレソン……おれさまも、ありがとう……」
そして最期に、エレソン様がわたしのもとへやってくる。
『ありがとう、キリエ。この子ら、そして森の民達をまとめあげ、彼らを導いてくれて』
エレソン様が、申し訳ないような顔になる。
『突然聖魔王と言われても、困惑したことでしょう。ごめんなさい、あなたに、大きな使命を与えてしまって』
いいえ、エレソン様。
お気になさらないでください。
たしかに、最初は与えられて、やっていましたが……。
今は、わたしは森の仲間達のために、神さまに祈ることが……。
神さまがわたしに与えてくださった、生きる道なのだと理解しました。
自分でやりたくてやっておりますので、申し訳ないなんて思わなくて、大丈夫です。
『そうですか……ありがとう、キリエ。そして、これからも森の民達を……聖十二支の子らを、よろしく頼みます』
聖十二支。
かつてエレソン様の側近だった、12体の魔物達のことですね。
『ええ、アニラ、チャトゥラ、シンドゥーラ。そのほかに、あと9体。きっと、あなたに力を貸してくれることでしょう』
すぅ……とエレソン様の体が消えかかる。
『最期にキリエ……わたくしの魂の一部を、あなたに授けます』
! 魂の一部を……?
『あなたの魂には、今、ヒビが入っています。おそらく、子供のころに、なにか酷いトラウマになる出来事があったのでしょう?』
……はい。
盗賊に襲われ、ました。
『わたくしがその傷を、この魂をもって、癒やして差し上げます』
すぅ……とエレソン様が近づいてきて、わたしを、ふわりと抱きしめる。
ぱぁあ……! とわたしの体が光り出す。
『キリエ。心優しき聖なる魔王よ。どうかあなたの進む道に、光多からんことを……』
エレソン様は強く輝くと……。
やがて、消えてしまった……。
「逝って、しまわれましたね……」
「ああ……キリエ。改めて、ありがとう」
アニラさんと、チャトゥラさんが、そろって頭を下げてくる。
「良かった……です」
「「!? き、キリエ(さま)!?」」
「え? どうしたの……?」
二人とも驚いてる……?
「き、キリエ!」「お声が!」
「声……あ!」
うそ……そんな……。
今まで、どう頑張っても、しゃべれなかったのに……!
「声が、聞こえてる……?」
「はいっ!」
「それに、逆に心の声は聞こえなくなったぜ!」
……そうか。
今まで、神さまの力で、心の声を直接相手に、テレパシーで届けていた。
でもエレソン様のお力で、わたしはしゃべれるようになった。
その結果、テレパシーは使わなくてすむようになった……。
「ああ、ありがとうございます……エレソン様。それと……神さま……」
神さまが力を貸してくださったおかげでエレソン様と再会できた。
そして……こうして二度となおらないと思われていた、声を取り戻せた……!
すべては……神さまのおかげ。
本当に……ありがとうございます、神さま……。
「しかしキリエの声初めて聞いたけどよ、へへっ! ちょー綺麗な声だな!」
「まるで女神のごとく、耳に心地よい声です。ずっと聞いていたいくらいです」
うんうん、と二人がうなずく。
こうしてわたしは、アニラさんにちゃんとお別れさせることができ……。
そして、声を取り戻すことができたのだった。




