195.完敗
……逢魔は、無力感にさいなまれていた。
聖女キリエ。否、聖女神キリエライトは、人理を外れた力を持っていた。
青き星の街すべてに防御結界を張り、さらには、世界を一つ作ってしまう力を持っていた。
……翻って、自分はどうだ。
ノアール神の遺体をのっとって、この程度の力しか出せない。
……完敗だった。
「殺せ……おれの負けだよ……」
ノアールはキリエの前でうなだれる。
これだけ、色々やったのだ。キリエもさぞ怒ってることだろう。
敬愛するノアールの体をもてあそんだのだ。
さぞ、憎かろう。
さぁ……殺してくれ……。
すると、ふわり……と誰かに優しくハグされた。
顔を上げると、そこには、キリエが微笑んでいた。
「キリエ……」
「殺しませんよ」
……一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。
「バカな。おれは、敵だぞ? 世界に迷惑をかけた大犯罪者だぞ?」
するとキリエが笑って言う。
「ええ、そうですね」
「そうですねって……」
「わたしは、あなたの行いを許します」
「は……? なに、言ってるんだ……?」
許す?
世界規模で迷惑をかけたというのに?
「人は皆、過ちを犯します。それは人であるがゆえにです」
「…………」
この女は、敵である自分さえも、許すそうだ。
人は過ちを犯す。逢魔のやったこれもまた、過ちの一つだと言いたいらしい。
……そう、人だ。自分は人なのだ。
神には遠く届かない。その力も……そして、その器も。
……完敗だった。
逢魔は心から敗北を認めていた。そして、自分のやったことが恥ずかしくなった。
「ごめんなさい……」
「うん、いいですよ。わたしは全てを許します」
「おお……神よ……」
逢魔はすっかりキリエ信者となっていた。
が。
「すみません、キリエ様。おれは……あなたの大事な、敬愛すべきノアール神をけなしてしまいました。なんとお詫びすればいいか……」
するとキリエはあっけらかんと言う。
「あ、わたしもうそのノアール神、敬愛してないです」
「え、ええええええ!?」
あれだけ、ノアール様ノアール様といって、一生懸命に祈っていたのに!? と驚愕する逢魔。
「ノアール神は、ここにいます」
キリエが自分の胸に手を置く。
そして……片方の手で逢魔の胸にふれる。
「人の心には、誰だって神様がいるのです。他人に祈るのではなく、自分の中にいる神様の声に従い行動する……それが、人の道」
「キリエ様……」
「あなたの心は、これからどうしたいって、言ってますか?」
逢魔は目を閉じて、心の声に傾けてみる。……悪いことをした。反省してる。だから……。
「この世界の皆に、謝りたいです」
「よしっ、では……一緒にごめんなさいしましょう」
ぱぁ……! とキリエの翼が光り輝く。
逢魔たちは地上へと戻っていた。
上空から、キリエは言う。
「皆さん! 逢魔さんは、反省したようです!」
「迷惑をかけて、ごめんなさい……!」
すると……地上から人々の声が聞こえる。
「「「「もういいよー!」」」」
……逢魔は涙する。そして、気づいた。
ああ、そうだ。
自分が、あんな風にあばれたのは、誰かに認めてもらいたかったからだ。
誰かに、自分という存在を気づいて貰いたかったから。
……その思いが暴走して、世界を征服しようとなんてしてしまった。
でも、そんなことせずとも、こうしてこちらから心を開けば、人は自分を認めてくれる。受け止めてくれるんだ。
「ありがとう……キリエ様!」
そんな事実に気づけたのは、この心清らかなる聖女神のおかげ。
「どういたしましてっ」
……かくして、逢魔が引き起こした騒動は、無事終結したのだった。




