183.生きてる
森の民達は、一瞬何が起きたのか理解できなかった。
目の前で愛しき聖魔王が倒れている。
切断された首から流れ出る赤い血を見て……。
「キリエ様!」
誰よりも速く動いたのは、彼女の眷属、わんこだ。
魔物の子供らはまだ事態を飲み込めていない。が、大人であるわんこはすぐに、危機を察知して動いたのである。
「ねえ……ちゃん?」「ぴゅい……そんな……」「うそだ……」
わんこはすぐにキリエの死体に近づく。
完全に事切れているキリエを見て、わんこは絶望する。
だが、すぐにきゅっ、と唇をかむと、ドワーフが作った魔道具を取り出す。
それは、モノを収納する特殊な布だ。
ばさっ、とわんこは布を広げて、キリエの死体を回収。
「かぐや様! 撤退しましょう!」
かぐやとゆらがうなずく。
魔物の子供らはわんこが抱きかかえる。
「まあいい、逃がしてやる。今は気分がいい!」
逢魔は愉快そうに笑う。
彼の目的である、邪魔者の排除はすんでいるからだろう、撤退を引き留めようとしなかった。
逃げながら、わんこは涙を流す。
キリエが死んでしまった……聖十二支たち、森の民たちになんといえばいいか……。
この子供らにも……。
ふと、わんこは気づく。
子供達が泣きわめいていないのだ。
大好きなキリエが死んだというのに。
「くま吉、大丈夫でさぁ?」
キリエが連れてきた魔物の子らの中で、一番の年長者である、くま吉に尋ねる。
「え、大丈夫だよ! だって……ねえ!」
「ぴゅい!」「きりえさまー」
……子供達がなぜか泣いていない。
虚勢? いや、違う。
この子供らには、自分が見えていない何かが見えているようだ。
いったい何が……?
そんな風に考えながら、封神の塔の出入り口まで到着する。
「わんこ!」
「アニラ様!」
キリエの左腕、ドラゴンのアニラが、空から降ってきたのだ。
「キリエはどこだ!? 急に、キリエとの魔力経路がキレたぞ!?」
アニラがわんこの肩を揺する。
「キリエ様は……死にました」
端的に、わんこは状況を報告する。
アニラはその場にへたり込んでしまった。
「またか……またかよぉ……おれは……また、大事な人を……守れなかったのかよぉ……」
アニラは先代聖魔王を守れなかった苦い経験があるらしい。
アニラも魔物のこらと同様に、キリエを愛していた。
愛するモノを失い、悲しいという気持ちはわんこも同様だ。
じわり……と目に涙が浮かぶ。
「ないちゃだめだぜ!」
肩に乗っていたくま吉が、ぴょんっと飛び降りる。
「姉ちゃんは……生きてる!」
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