128.猿は仲間と再会する
《サーティーンSide》
逢魔の血を受けて、サーティーンは暴走したうえ、死ぬはずだった。
……しかし、彼は意識を取り戻していた。
『あ、れ……ここは……おれは一体……?』
「目が覚めたかの?」
サーティーンの目の前には、翡翠の髪をした美女が立っている。
『な、なんだよおまえ……? だれだよ……?』
「わしはマーテル。もとは樹木王じゃったが、進化して世界樹の精霊となったものじゃ」
マーテルと会話するうち……。
意識がハッキリとする。
『! お、おれは死んだんじゃあなかったか……!?』
「うむ、おぬしは死んだ。じゃが、仮死状態じゃ」
『仮死状態……?』
マーテルは足下を指さす。
そこには、サーティーンの肉体が横たわっていた。
今の自分は魂だけの状態ということだ。
『生きてる……のか?』
「キリエが治癒し、ヴァジュラが時間停止の能力を解けば、魂は肉体に戻ることじゃろう。しかし問題がある」
『問題……?』
正直問題だらけだ。
どうして自分が今ここに居るのかもわからない。
「おぬしの魂は、肉体に戻るとまた逢魔の血で暴走を始めるのじゃ」
『! ……そうかよ』
サーティーンはぼんやりと覚えていた。
黒猿という異形のものとなって、あばれ回っていたときのことを。
……逢魔は、イイ上司だと思っていた。
だが結局は裏切られてしまった。
負けた物に価値はないと、切り捨てられてしまった。
「どうする? このまま天へ送ることもできるし……復活させることもできる」
『なんだって……? 復活だと……?』
「うむ。我らが聖魔王様のお力があれば、おぬしは再び生きることができるのじゃ」
マーテルの隣に、あどけない少女が立っている。
キリエ・イノリ。聖魔王。
命を狙った……相手。
……是非もない。
『このまま死ぬよ、おれは』
「どうしてですか?」
『! あんた、おれの姿が見えるのか……?』
「はい。マーテルさんのスキルを借りて」
マーテルには精霊の目があり、常人では見えないものを見通すことができる。
かつてキリエは、死者となった先代聖魔王、エレソンと会話することができた。
それはマーテルの力を借りていたからだ。
「サーティーンさん、本当に、死んでいいのですか? この世に未練はないのですか……?」
『……ねえよ』
即答だった。
『……おれは、もう生きてる理由なんてねえ』
「嘘です」
キリエも、即答した。
サーティーンは、キリエのあまりの即答っぷりに驚く。
『どうしてそう思うんだ?』
「あなたは、とても悲しい目をしております」
キリエが近づいてくる。
魂だけのサーティーンの頬に、ひたり……と触れる。
温かい。とても、温かな気持ちが流れてこんでくる。
肉体で、魂に触れることは不可能。
だからこの暖かさは、キリエの魂が持つ温度なのだ。
彼女は、本気で、サーティーンに同情していた。
「話を、聞かせて。何か心残りが、あるんでしょう?」
……キリエの温かな魂の波動を感じ取り、サーティーンが、心を開く。
『おれは……猿山の大将だった。白猿。それが進化する前のおれだ』
サーティーンという名前がまだないころ、彼は仲間たちと一緒に、円卓山で楽しくくらしていた。
しかしある日、逢魔とよばれる魔物が、彼らの生活を侵害してきた。
武力を持って、無理矢理、円卓山を奪おうとしたのである。
サーティーンは立ち向かおうとした。
だが、逢魔の持つ絶対的な力を前に、敗北を認めざるをえなかった。
サーティーンは、仲間を逃がすために、命乞いをした。
どうか仲間だけは助けて欲しいと。
すると逢魔は、サーティーンが自分の仲間になるのなら、他の連中は逃がしてやると言った。
……彼は仲間のため、仕方なく、逢魔の仲間になったのだった。
『……なんで、そのこと、忘れちまってたんだろうな』
サーティーンは、そう過去を語ったあとに驚く。
死ぬ前まで、その大事な記憶を忘れてしまっていたのだ。
「恐らくじゃが、記憶を制限されてたのじゃろう。魔王種には、配下に無理矢理命令を下す権限が与えられておる」
『! 逢魔の、野郎……!!』
自分の大切な、仲間たちとの記憶を、逢魔によって封じられていたのだ。
それを忘れて、逢魔の手下として働かされていた。
そして、いらなくなればポイ捨て。
……あまりの理不尽な逢魔の振る舞いに……。
サーティーンは、怒りを覚え……。
キリエは、泣いていた……。
『な、なんで泣いてるんだよ、あんた……?』
「ごめんなさい……だって……あまりに、あなたが、可哀想で……」
なんて、優しい人だろうか。
この少女は見ず知らずの自分のために、泣いてくれている。
命を狙っていた相手を、同情してくれている。
「サーティーンさん……死んではいけません。あなたには、あなたの帰りを待ってる友達がいるのですから」
友達。
自分を慕う、仲間たちのことだ。
逢魔に仲間を殺させないため、サーティーンは自らが犠牲となった。
『おれのこと……みんな、待っててくれるかなぁ?』
今までずっと、彼らのことを忘れていたのに。
するとキリエは微笑むと、目を閉じて、祈りを捧げる。
「神さま……。サーティーンさんと、お友達とを、再会させてあげてください」
そのとき不思議なことがおきた。
カッ……! とキリエの体から光る翼が発生する。
そしてその光がより強く輝くと……。
「う、うき……?」「うきょ?」「うきゃきゅ?」
そこには……見知った白猿の群れがいた。
サーティーンの仲間たちだ。
「みんな……」
「「「うっきー!」」」
気づけば、サーティーンは肉体に戻っていた。
仲間たちがすぐに、サーティーンに気づくと、抱きついてきた。
仲間たちは、この姿が変わった自分に、気づいてくれたのである。
「お、おまえら……どうして……?」
「わかりますよ。友達なんでしょう? たとえ、姿が変わっても、心は昔のままなのですから」
キリエが微笑む。
仲間たちも何度もうなずいていた。
「う、うう……うわあああああああああああああん! おまえらぁああああああああああ! 会いたかったよぉおおおおおおおおおおお!」
サーティーンはうれし涙を流す。
その様子を見て、マーテルが感心したようにうなずく。
「記憶を辿り仲間を召喚、肉体に宿った呪いをとき、さらに死者蘇生まで……。この凄いことを同時に行ってしまう。まさしく奇跡のような手腕。やはり……キリエは凄いのじゃ……!」
サーティーンは仲間たちとの再会に喜んだあと、キリエに向かって、深々と頭を下げる。
「ありがとう、キリエ様……!」




